告白

 バーナードの言葉の意味を私は頭の中で咀嚼する。

「つまり……リドメードは私をバーナードさまの想い人と勘違いしたということですか?」

 その結論ならば、今日のリドメードの言動と一致する。

「違う」

 バーナードは首を振る。

「奴はどうしようもない悪党だが、非常に優秀で鋭かった」

 どういう意味だろう。

「はっきり言おう。デートリット、私はずっと、お前が好きだった」

「え?」

 思ってもみなかった言葉に、意味が頭に入ってこない。

「冗談、ですか?」

 冗談だとしたら、笑えない。バーナードは、そんなことを言うひとではない。わかっているけど。

「冗談では無い。リドメードは、それを知っていたから、お前を狙ったのだ」

「でも」

 バーナードを信じてる。冗談でこんな事を言うはずは無いとわかってもいる。でも、その言葉は、にわかには信じ難い。

「奴は私の気持ちを完全に見透かしていた。だからこそ、奴を告発するだけの証拠を集めるまでは、私と距離を置いた方が安全だと思った。そして隊に置いておくのは危険だと感じて、お前を研究室に推薦した。私の気持ちが離れたと奴が感じたなら、デートリットを諦めるかもしれない。実際、研究室は、軍でも特殊だ。そう簡単に手は出せなくなった。告発後、私自身が砦に飛ばされたのは、完全に計算外だったが」

 バーナードはそっと肩をすくめた。

「こんな状況で、こんなふうに伝えたくはなかった。デートリットが私のことをなんとも思っていないのはわかっている。私のせいで、辛い目に合わせて本当にすまなかった」

 少し前の私なら自分の気持ちがわからなくて、戸惑ったかもしれない。でも、今なら受け止められる。素直に嬉しい。そして熱いものが込み上げてくる。この気持ちは、きっと幸せというものなのかもしれない。

「デートリット、泣いているのか?」

 私の頬に触れていたバーナードが私の顔を覗き込む。

 私は、大きく息を吸った。

「私の初恋は、レイモンド・ルイズナー公爵でした」

「兄上?」

 私は頷く。

「はい。でも、それはただの憧れでした。バーナードさまにお会いしてから、私は何度もバーナードさまと公爵を重ねていると思い込んで、初恋が忘れられないのだと思い込み、本当の自分の気持ちを誤魔化していました。もう二度と恋を失いたくなくて恋を認めるのも怖かったのです」

 思えばずっと、気持ちはバーナードに向いていたのだ。バーナードに心惹かれるたびに、初恋を思い出していると言い聞かせて、恋をしている事実を否定して。

 初恋はとっくに整理がついていた。それは自分でも本当はわかっていて。ただ、再び恋をしたら、また失うかもしれないことが怖かった。

「私は平民の出身で、魔術の他には何の取り柄のない女で、もう若くもありません」

 私は、バーナードの顔を見上げる。

「そんな私でよろしければ、バーナードさまのおそばに置いていただけませんか?」

「デートリット?」

「好きです」

 バーナードの目が大きく見開かれた。

「本当に?」

「はい」

 私は頷く。今なら誰よりもバーナードのことが好きだとはっきり言える。

「いいのか? そんなことを言ったら、私は二度とお前を離さないが」

 バーナードの腕が私の肩に回されてた。

「離さないでください。私も離したくありません」

 私もバーナードの身体に身を寄せる。

「デートリット」

 甘く私の名を囁いたバーナードの唇が、私の唇に触れた。

 身体が甘い痺れとともに熱くなる。

 馬車はゆっくりと、夜道を走り続けていた。




 慰労会から十日ほどが過ぎた。

 あのあと。職場復帰もしたけれど、周囲の目が好奇に満ちていて、非常にやりにくかったけれど。

 私を襲ったリドメードは、おそらく実刑になるだろう。

 私を襲ったという罪だけではなく、結界を意図的に破壊したことも大きな罪だ。

 オーズロワ侯爵家は、特にお咎めはなかったが、タロス・オーズロワは自主的に領地を一部返還すると皇帝に名乗り出た。

 ブルーム・オーズロワは、心労激しく、寝込んでいるという。

 私としては、リドメード本人には厳しい実刑が下されてほしいが、オーズロワ家の人々は、心健やかに過ごしてほしいとは思う。

 今日は、バーナードとともに、ルイズナー公爵家に挨拶だ。

 気持ちを確かめ合って、まだ十日しかたっていないけれど、私たちは婚約した。その報告である。

 私はいつものように黒のドレス。バーナードはグレーのスーツ。

 婚約の報告なのに、いつものお茶会と変わらない服装なのは、本当に申し訳ない気がするけれど、レイラのお茶会に来ていく服が私にとって一番の服なのだから仕方がない。

 それに、すべての展開が早すぎて、準備が全然追いついていないのだ。

「まあ、よく来てくれたわね」

「レイラさま」

 馬車から降りると、レイラが迎えに出てきてくれた。

「大変だったわね、デートリット」

「はい」

 私は頷く。

 いいことも悪いことも含め、激動の十日間だった。

 人生で一番変化した十日間かもしれない。

「バーナードから、ベッドはプレゼントしてもらったの?」

 くすくすとレイラが笑う。

 この前、私がベッドが欲しいと言ってしまったことを覚えていたのだ。

 いろんな意味で自分の鈍感さが丸出しだった。いろいろ恥ずかしい。

「いえ。ベッドは私のものを一緒に使うことにしましたので、要らなくなりました」

 くそ真面目にレイラに返答するバーナードの腕を、私は思わず軽くつねる。

 そういうことは、真面目に答えなくていいと思うのに。

「はいはい。ご馳走さま」

 レイラは肩をすくめてみせる。とてもチャーミングだ。

「夫は、奥で待っているわ。どうぞこちらへ」

「はい」

 レイラに案内されて、私たちはゆっくりと後に続く。

「兄上には、あまり会わせたくないな」

 レイラに聞こえないくらいの小声で、ぽつりとバーナードが呟く。

「……バーナードさまが一番ですから」

 私は口をとがらせる。初恋は、とうに想い出になっていて。

 これから会うのは、私にとって、バーナードの兄で、レイラの夫でしかないひとだ。

「デートリット。今日の髪飾りとネックレス、ヒスイなのね。あなたの目の色と同じで、とても似合っているわ」

 振り返ったレイラが、優しい目で微笑む。

「ありがとうございます」

 私はレイラに礼を述べて、バーナードの腕をとる。

 開け放たれた窓から、柔らかな日差しが差し込んでいた。


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初恋と就職を天秤にかけて不惑まで独り身ですが、何か? 秋月忍 @kotatumuri-akituki

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