買い物

 いつもより短めのお茶会が終わると、私はバーナードの付き添いで、帝都を案内することになった。

 昼は過ぎてしまったけれど、まだ日が暮れるのには間がある。

 バーナードはカジュアルなシャツとズボン。とはいえ、上等な布で仕立てもさりげに凝っている。

 とにかく背が高いこともあって、目立つ。年齢的に若い子にキャーキャー言われることは少ないけれど、やっぱり注目をあびるひとだ。

 高貴な人なのだから、できれば目立たないで欲しいけれど、このひとは昔からこういうひとだった。

 一対一なら敵はまずいない人だし、最近の治安は、悪くないから大丈夫だとは思うけれど。

「この辺りもずいぶんと変わったなあ」

 バーナードは興味深げに辺りを見回す。

「昔は、あの辺に蹄鉄屋があったはずなんだが」

「ああ、えっと。確か場所を移られたはずですよ」

 私は仕事で馬に乗らなくなったから、とんと縁が無くなったけれど、バーナードにとっては身近だ。気になるのかもしれない。

「蹄鉄をご覧になりますか?」

「何故?」

「ご覧になりたいのでは?  蹄鉄は魔除けにもなるから、プレゼントにできなくもないですし」

 言いながらも、愛しい人へのプレゼントには、向かない気がした。かなり目的から外れてしまっている。案内人としては、失格かもしれない。

「デートリットは、蹄鉄をもらってうれしいか?」

「……お土産程度には」

 そもそも、私は魔術師なので、魔除けを作る側なのだ。頂けるものは、とりあえず感謝して頂くとは思うけど。一般の女性だったら、私よりは喜ぶかもしれないが、やはり求愛のプレゼントにはならないだろう。

「うん。やめておこう」

 バーナードは苦笑する。それはそうかもしれない。

「どちらへ参りますか?」

 そもそも案内するといっても、私が行く店では、庶民的すぎるのではないだろうか。

「そうだな。菓子屋かな」

「わかりました」

 私は頷く。最初のプレゼントは確かにお菓子とかの消えもののほうがいいかもしれない。

 意識をしてもいない相手から最初にプレゼントされて、遠慮なくいただけるとなるとやっぱりお菓子だなあって思う。

「どんな感じのお菓子が好きな方なんですか?」

「ええと」

 私の問いに、バーナードは私の顔を見て考え込む。

「手に入りにくい銘菓がいいですか?」

 行列をする店のお菓子なら、相手のひとも喜ぶかもしれない。求愛のプレゼントとしてもかなり優秀と言える。

「デートリットはどんなお菓子が好きなんだ?」

 困ったようにバーナードは私に問いかけた。

「私は『月見亭』のスコーンですかね。カフェにもなっていて、そこで食べると、マーマレードをつけてくれるんです。とても美味しくて大好きですね」

「へえ。じゃあそこへ行こう」

 バーナードが微笑む。優しい笑みだ。

「……でも、スコーンは素朴で、プレゼントには向かないかも」

「デートリットは好きなのだろう?」

 私の好みは、重要ではない気がするのだけど。

「わかりました」

 とりあえず、カフェもあるから、デートコースくらいにはなるかもしれない。

 実際にプレゼントするかどうかは、バーナードが決めればいいのだから。

 『月見亭』は決して大きなお店ではなく、失礼だけれど大人気というわけではない。

 小さくて、ちょっと隠れ家的な、お茶とスコーンのお店である。

「とりあえず、カフェで食べてみますか?」

 お茶会の後ではあるのだけれど。

「そうだな」

 私はバーナードと共に店内に入った。

 店内はちょっと暗め。窓は開いているけれど、それほど大きくなくて、ランプが昼間だというのに灯されている。

 入り口近くのカウンターは持ち帰りの人用。カフェはその奥になっていて、テーブルは五つくらい。今日は、それほど人はいなくて、私たちの他は、もう一組いただけだ。

「いらっしゃいませ」

 店員に導かれ、私たちはテーブルについて注文を終える。

「デートリットは、いつもは誰とくるんだ?」

「魔術師の部下たちとか、後は一人ですけど」

 答えながら、ふと見るとバーナードの視線の先にカップルがいた。まだ若い二人だ。顔を寄せて仲睦まじく談笑している。

 そうか。確かにこの店はカップルが多い。気にしていなかったけど、四十の私が一人で来るという感じではないのかもしれない。

「そうですね。どちらかと言えばカップル向けのお店かもしれませんね」

 薄暗いっていうだけで、なんとなく二人きりの気分になれるのかもしれない。

 そう思ってから、ふと向かい合わせに座っているバーナードの顔を見ると、思わず鼓動が早くなった。

 昔からこのひとに見つめられていると思うと、心がざわつく。初恋のひとに似ているからなのだろうか。

 それにしたって整理のついた気持ちで、公爵本人と話していても、平静でいられるのに。

 もっとも、バーナードから見たら、私はかつての部下でしかないだろうし、私とバーナードをカップルだと思うひとはいないだろう。

 あくまで、私だけがこの状況に動揺している。

「少し若い人向けですけれど、私、お酒が飲めないんで、こういう店の方がいいんです」

「そうだったな」

 バーナードは頷く。

「隊で飲むときも、全く酒を飲んでなかった」

「飲むと、テンション下がっちゃうから、迷惑なんですよ」

 私は苦笑する。

 飲むと沈んでいくタイプなので、場を盛り下げるひとなのだ。

「スコーンとハーブティのセットでございます」

 店員がそっと注文の品を運んできてくれた。

 焼き立てのスコーンに、甘いマーマレードが添えられている。バターのかおりが漂う。

「へえ。うまそうだな」

「はい。大変美味しいですよ」

 スコーンはやはり温かい方が美味しいと思う。もちろん冷めても食べられるけれど。

「そう言えば、デートリットは酒に弱いから、なんとか酔いつぶそうとしていた輩がいたな」

 思い出したようにバーナードが呟く。

「ガードが固くて、結局デートリットは一滴も飲まなかったけど」

「いや、私、本気で飲めないんでガードとか関係ないんですが」

 酔いつぶして単純に一晩よろしくしたかったというのは、確かに女の少ない軍隊なら、あるのかもしれない。全く記憶にないけれど。そんなもの好きがいたら、私はこの年まで独りじゃなかった気がする。

 男所帯でも恋愛に縁遠い私だった。周りが究極の紳士だったというより、私がモテなかっただけだろうと思う。

「一度だけ酔いつぶれて眠ってしまったとき、隊長、バーナードさまが部屋まで送ってくださいましたね」

「……ああ、そんなことがあったな」

 珍しくつい酒を飲んで、居眠りしてしまって。家までバーナードに送ってもらったことがある。

 あまり記憶はないのだけど、何の間違いもなく我が家までたどりつけたのは、バーナードのおかげだと、あとから同僚に聞いた。それほど、無防備に寝てしまったらしい。

 よく考えたらそんな無防備な状態でも、何ごともなく部屋に送り届けてもらったということは、私はバーナードにとって、困った部下でしかなかったのだろうとも思う。

 同僚から話を聞いたとき、ほんの少しだけ胸が痛かった記憶だ。

 そんなことがあってから、私はそれまで以上に、人前で酒を飲むのをやめた。

「あの時は、本当にご迷惑をおかけいたしました」

「迷惑とは思っていない」

 バーナードはその時のことを思い出したのか、少しだけ私から目をそらした。

 つまり、ちょっと迷惑だったのだろうな、と思う。

「むしろその、変な噂になってすまなかった」

「いえ、私は全然大丈夫でしたけど、こちらこそ、すみませんでした」

 私を送っていったせいで、一時期、バーナードと私が男女の仲になったという噂が流れた。

 事実無根で、隊長であったバーナードの経歴に傷がつくのではと危惧をした。

 もっとも。本当は何もないのだから、噂もすぐに消えた。

 私とバーナードではどうみても釣り合いが取れない。当たり前だ。

 甘いマーマレードのほんのりとした苦みが、口の中に広がる。

「バーナードさまと一瞬でも噂になれたのは、とても光栄でした」

「デートリット……」

 バーナードの目が私を見つめる。

 胸が苦しい。

「スコーンを食べると、喉が渇きますよね」

 私は無理やり話をそらして、ティーカップに手をのばした。

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