お茶会 3

 レイラがテーブルに着くと、お茶会が始まった。

 お茶会と言っても、参加者は私とバーナードとレイラだけ。

 いつものにぎやかでかしましいお茶会と違って、非常に静かだ。

「どう? バーナード。言いたいことは言えた?」

「あ、義姉上あねうえ

 レイラに問われて、バーナードはうろたえる。

 言いたいことというのは、自白剤が欲しいということだろう。

 ということは、彼は恋愛相談をレイラにしていたに違いない。

「レイラさま。バーナードさまが、好きなかたにプレゼントを贈るそうなのですが、何かアイデアはないでしょうか?」

「……好きなかた?」

 レイラは不思議そうに首を傾げ、バーナードの方を見た。

 バーナードは、らしくもなくうつむく。

 どういうことだろう。レイラはバーナードの気持ちを知っていて、薬のことを話したのではないのだろうか。

「それは、えっと。デートリットが選んであげればいいんじゃない?」

 笑いをこらえるかのような笑みをレイラは浮かべている。

「いえ、私ではその……高貴なかたとは趣味も好みも違いますし。レイラさまの方が」

「ダメよ。私みたいに子供が三人もいると、価値観も変わってくるから」

 レイラは首を振る。

 そうだろうか? 平民で子育てに忙しい主婦ならわかるけれど、使用人が何人もいる公爵妃が主婦臭くなる部分は少ないと思うのだけれど。

「ちなみに、デートリットは何をもらうと嬉しいの?」

 レイラに問われて、首をかしげる。

 私は現状の生活に何も不満はない。物欲は人並みにはあると思うけれど。

「ベッドですかねえ。もう二十年近く使っているので、少しがたつきがでてきたので」

「ベッド?」

 バーナードが私を見て驚きの声を出した。

「すみません。あの、非常に個人的な話でした。一般的に他人から贈られたら、たぶんひくと思います」

 さすがにちょっと恥ずかしくなって、顔が熱くなる。

「えっと。アクセサリーとか食べ物や、お花が無難じゃないかと」

「無難ということは、デートリットは喜ばないのか?」

 バーナードが私に問いかける。

 この場合、私が喜ぶとか関係ないのではないかと思うのだけど。

「私の場合は軍勤めですので、アクセサリーはつける機会があまりありません。だから、ついもったいないなあとは思います。でも別に喜ばないわけではありません」

 社交界のパーティに参加するときだって、軍の制服を着ていくことが多い。それこそ、オシャレ必須なのは、レイラさまのお茶会くらいだ。

 デートとかする相手もいないから、する機会が少ない。だからやっぱりもったいないと思ってしまう。まあ、この基準、自分が『買う』こと前提なんだけれど。他人からもらうって経験が皆無だから、どうしても判断基準がそうなってしまう。

「食べものもお花も普通にうれしいですけれど」

 ただ、これも色気のある理由でもらったことは皆無だ。人に誇ることではないけれど。

「そうよ。キングサイズのベッドを買って、ついでにプロポーズしちゃえばいいんじゃない?」

 何をどう聞いていたのか、レイラがバーナードに提案をする。

「え?」

 バーナードの顔が真っ赤だ。

「レイラさま、それは無茶です」

 そもそもベッドを欲しがっている女はそんなにはいないし、私だって他人から贈ってもらいたいとか思っていない。

 突然ベッドをプレゼントされたら、逆に怖い。

「いい案だと思うけど。ねえ、バーナード?」

 レイラはどこか楽しそうだ。多分、バーナードをからかっているのだろう。

 コホン、とバーナードは咳払いをした。

「デートリットに選んでもらおうと思っているのです」

「そうね、それがいいわね」

 レイラが頷く。

「バーナードは、帝都に帰ってきてまだ間がないでしょ。三年も砦に勤務していたからこっちのお店とか、全然わかってないのよ。案内してあげて」

 そう言えばそうだ。しばらく国境線に緊張があって、バーナードは三年も砦に勤務していたのだ。ようやく、隣国との関係が落ち着いてこちらに戻ってこられた経緯がある。

 久しぶりの帝都は、珍しいものばかりだろう。

 本命のお相手とデートをするために、下見は必須かもしれない。

 お相手は、バーナードと年齢が近いということは、私とも年齢が近いということだ。

 バーナードは国を守ってきた将軍。だから、幸せになってほしいと思う。

「私でお役に立てることがあれば、ご協力したいですけれど」

 私は平民出身で、仕事で成り上がった女だ。

 女としては、初恋を捨てた時点で枯れている。そんな私でも役に立てるのだろうかとは思う。

「デートリットが協力してくれるなら、こんなに心強いものはない」

 バーナードがうれしそうに断言する。

 このひとは昔から私を褒めるのがうまかった。

 私がバーナードの下にいたのは、二十五歳から三十五歳まで。

 中堅の魔術師として仕事の責務も重く、また平民で女であった私は周りに侮られることも多かった。泣きたくなった時に、さりげなく私を褒めてくれたことを思い出す。

 今日の私があるのは、間違いなくこの人がいたからだ。このひとがいなければ、私は軍を簡単に辞めていたかもしれない。

「わかりました。おまかせください」

 恩返しではないけれど。想い人に心が届くといいなあと思う。

 ほんの少し苦いものが胸にひろがったのは、バーナードの目が、初恋の苦さを思い出させたのかもしれなかった。

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