第17話 放課後に会ったのは、一年ぶりの春風さん。


「先輩! あっちです! 私たち、あっちで見ました!」


 ぐいぐいと二人の後輩に手を引かれて、走り始める俺。

 どうやら彼女たちは、不審者を捕まえようとしているみたいだった。


 しかし……普通に危ないと思う。

 こういう時はまず安全な場所に避難して、通報するなり、学校の先生に報告して対処をしてもらった方がいいはずだ。


 ちょうど校門のところに、先生が立っていたし、あの先生は竹刀を持っていた。だから、今こそあの竹刀の出番だと思う。


 そして、彼女たちの頬は若干赤くなってもいて……。


「あ、あの先輩、これって私たち、一緒に下校してるってことでいいのでしょうか……」


「放課後デートです……。私たち、デートしてます……」


「あ、いや、放課後デートなのかな……」


 でも……そう思うことで、彼女たちが落ち着けるのならいいか。

 彼女たちはまだ少し不安定でもある。だけど、ようやく落ち着けてきたみたいだ。


「とりあえず、危ないかもしれないから、少し待った。こういう時こそ、冷静にならないといけない。それが一番大事なことだと思うしさ」


「「あっ」」


 俺は少し力を入れて、彼女たちの手を握った。

 そうすると、彼女たちは止まってくれた。


 頬を赤く染めて、なんだか照れたような感じになっていた……。

 でも、止まってくれたのなら、とりあえずは安心だ。


「ごめんなさい……先輩。私、舞い上がってしまっていました……。さすが海外留学をしていた先輩の言葉は重いです……」


「ええ……一年も本場に行っていたのですから、鋭い指摘が身に染みます」


「あ、いや、あの、それは……海外留学というのは……」


 俺は、しどろもどろになって焦ってしまった……。

 ……彼女たちは俺が海外留学をしたと思っているのだ。

 海外留学をしていたから、この一年間、ずっと学校を休んでいたと思っているのだ。


 ……でも、違う。本当は、物置に引きこもっていただけだ。

 だから、褒められたものじゃない。

 しかし、それを説明するのは……少し俺が恥ずかしい。


 後輩に、「俺……物置に引きこもってたんだよ……」だなんて、言えない……。俺はどうしようもないことに、見栄を張ってしまっていた……。

 人のこと言えない……。この後に及んで、しょうもないというのは、自分でも分かっている……。でも、言えないじゃないか……。


「「あぁ……先輩っ。泣かないでっ」」


「あ、いや」


 俺はハンカチを取り出すと、とりあえずサッと目元を拭った。


「「あっ」」


 その瞬間、ギョッとした顔で、こっちを見る彼女たち。


 ……く、くそっ。今朝、朝の通学路でも、こんなことがあった気がする。俺がハンカチで顔を拭くと、みんなギュッとしてしまう……。


 それでも俺は、首を振った。

 今は落ち込んでいる時ではない。


「とりあえず今は何よりも、二人の身が大事だ。それは絶対だ」


「「はいっ」」


「それで、君たちの、通学方法は……」


「あ、バス通です」


「分かった。それなら、バス停まで一緒に行こう。そして途中で怪しい奴を見かけたら、教えて欲しい。その時は、俺を盾にしてでも逃げるんだ。いいかな?」


「「先輩、ありがとうございます」」


 とりあえず、こういうことになった。


 ここからバス停までは、一番近いところで10分ぐらいのところにあったはずだ。

 近くには警察署もあるし、一応、何かあった時のための用心はできるようにして、俺は二人とともに、バス停に向かうことになった。


 その道中、俺は二人から改めて話を聞くことにもした。


「相手は、マスクをしている人です。帽子を被って、フードも被って、キョロキョロと挙動不審になりながら、私たちと目が合うとビクッとしていました」


「身長はそんなに高くなかったかもです……。女性かもしれません。猫背気味で、買い物袋みたいなものを手に持っていました。こそこそと電柱に隠れるみたいに動いていました」


「なるほど……。普通に目立つな……」


 だったら、見れば一発で分かるかもしれない。


 俺はそんな風に話を聞きつつ、周りを警戒しながら、二人とともに歩き続けた。



 そして数分後。



「「先輩、ありがとうございました!」」


 俺たちは何事もなくバス停に到着していた。

 まだバスは来ていないようで、あと少し待てば、そのバスも来るようだ。


 そのことにとりあえず安心しつつも、俺は周りの警戒を怠らずに、バスが来るのを一緒に待つことにした。


 ……しかし、そんな時だった。


「「あ! 先輩! あれです! いました!」


『!』


 ……本当にいた。


 遠くに見える電柱の所、そこでキョロキョロしている怪しげな人物を発見した。

 その人物は隠れるように日陰を歩き、挙動不審で、通行人とすれ違うたびに、ビクッとしていた。フードを被って、マスクをして、猫背気味だ。


 そして、こっちを見て……不意に俺と目が合うと、今までで一番ビクッとして、震えた後、一気に走り始めていた。


 ……明らかに俺を見て、逃げた……。

 反応が他とは全然違った。


「逃げてます!」


「どうしますか」


「あ、ここは、俺が行く。任せてほしい」


 俺は二人の手を握って、そうお願いした。


「「先輩っ」」


「もうすぐバスが来るから、あとは俺に任せて欲しいんだ。多分、もう大丈夫だと思う。だから、二人は気をつけて帰るんだ」


 俺は二人にそう言い残すと、走って逃げるマスク姿の人物を追って、走り始めるのだった。



 * * * * * * *



「ちょ、ちょっと、待っーー」


『!?』


 俺は走る。前を走る人物がギョッとした顔をして、マスクの下の目を大きく見開いていた。

 そして、がむしゃらに走り続けていく。というか、俺が追いかけ始める前から、走り方が危なっかしくて、あれは危険だ。


 このままだと、俺が追いかけなくても、慌てて道路にでも飛び出してしまいそうだ。

 だからとりあえず、落ち着かせないといけない。


 頭には帽子。白い大きめなパーカーを着ている。それでズッポリと顔を隠している。

 身長からすると、女性だ。そして、俺は彼女の正体がなんとなく分かった気がした。


「「!」」


 その時だった。


 ふいに、走っていた彼女のバランスが崩れ、彼女が転倒しようとしていた。

 しかも、そんな彼女の側にあったのは電柱だ。彼女は頭からそこに突っ込もうとしている。


「……ッ」


 ……このままじゃ危ない。


 俺は身を屈め、地面を蹴り、彼女との距離を一気に詰める。

 そして、


「ぐっ!」


「きゃ!」


 背中に激痛が走る。

 俺の体は、電柱と彼女の間に入りこんでいる。

 腕の中に、ぽすんと小さな体がぶつかるのが分かった。


 その衝撃で、彼女が被っていたフードが傾いた。頭にあった帽子が落ちて、顔が露わになった。


「か、か、かか、隠川くん……」


「やっぱり春風さんだった……」


 夕日が彼女の顔を照らし、彼女は潤んだ瞳で俺の顔を見上げていた。

 そんな彼女は、春風さんだった。


 一年前のあの時とは大分雰囲気が違う。それでも、彼女は春風さんで、彼女も俺のことを覚えてくれていたみたいだった。


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