第3話 あかいろのカサ

 次の日。今日もこの時期にしては珍しく天気は晴れ。

真っ青な空。梅雨明けはもう少し先だが、夏が近づいてきたといわんばかりもくもくと浮かんでいる入道雲が隣町の山に引っかかっている。手の届きそうなぐらい低い場所にあるその雲は、まるでお祭りのときの大きなわた菓子みたいだ。


「ただいまー!」

とは言ったものの共働きの両親はまだ家に帰ってきていない。

ランドセルを玄関に放り出し、あーちゃんたちとグリコをしながら小銭を片手に私たちはきーちゃんの店に向かっていった。

今日も暑いからアイスがたべたい!パイナップル味にしようかな?とかおしゃべりしながら。


私たちが着いた頃、店の前に人だかりができていた。そういえばいつも店の前に掛けてあるカキ氷の旗がない。


――店主不在のためしばらくの間お休みさせていただきます。――


店の戸の貼り紙が機械の文字で無機質にそう伝えていた。


店主とはもちろんきーちゃんのことである。きーちゃんのご主人は10年前外国の山に登った時に雪崩に巻き込まれてまだ帰ってきていない。以前は娘夫婦と孫が店を手伝っていたのだが、5年ほど前から旦那さんの転勤で海外で暮らしているそうだ。そうなると、店にいるのはきーちゃんだけになる。


時々近所のおばさんたちが手伝いに(というよりはおしゃべりをしに)来てるから、きーちゃんが居ない時でもそのおばさんたちが店番をしているので平日は誰かは居るはずなのに。


「昨日の救急車、喜久地きくちさんだったらしいよ」

「歩道橋の階段から転落したとか」

「意識まだ回復していないみたいなんだって」

赤ちゃんを抱っこしたママさんたちがそんな話をしていた。


キクチサン?って、もしかしてきーちゃんのこと?

イシキが回復していないって......?


「そういえば、私ちょうど救急車来た時に窓から見えたんだけど担架の横に骨の折れた子供用の大きさの赤色のカサが落ちてたのよ」

「あ!私も見たわ。うちの子のも赤色だからちょっと気になったんだけど、のところだけ黄色だったのよね。あれって確か......」


ふと1人のママさんと目が合った。そして、はっとしたような顔をして不自然に目線を反らされてしまった。赤色の生地に黄色の柄の傘の持ち主は私だ。私は近所で他にその珍しい色合いの傘を使っている人は知らない。


この町には傘作りの職人の工房がある。ここのほとんどの住民はそこのオーダーメイドで作られたものを使っている。それほど大きな町ではないので小学校の入学祝いとして『職人さんたちが一人ひとりにあったイメージの傘を作ってプレゼントする』という企画がたまたま私の世代から始まったのだ。少しずつ色の違うので地域住民からは傘が名札の代わりにもなると評判がいい。



......でも、昨日きーちゃんが私の傘をうちまで届けてくれたから、きっとそこにあったそれは私のではないはず。


それなのに、まるで私のせいだと言わんばかりのママさんたちが気まずい空気を作り出している。悪くない、私のせいではない、もしかしたら今年の1年生に同じようななのを使っている人がいるかもしれないし。心の中ではそう思っていても、耐え難いその雰囲気に私はひとりその場から逃げ出した。



さっきまで晴れていた空にずるずると入道雲が広がってきて、湿った空気が流れてきた。なんだか溶けたわた菓子みたいにベタベタしそうなかんじの気持ち悪い風まで吹いてきた。


早く帰って自分の傘がちゃんと家にあるか確認しなきゃ。


玄関が見えた。家まであと少し。

ぽつ、ぽつ、ぽつり、ザ――――――――


私が家に入る前、雨は降り出した。


急いで鍵をまわして玄関の扉を開ける。

靴箱の横にある傘立てに私の赤い傘は――






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