第35話 <extra edition1 絶望>

 半田ナオ。私は小さい頃から普通の女の子よりも勉強も運動もできた。転機と言えば、高校時代にひょんなことからディベート、ディスカッションに興味を持ち、クラブ活動で弁論部を選び入会したことだ。知的バトルに興奮し、持ち前の負けず嫌いも手伝って、父親曰く「口ばっかり達者」になり、妹のミオ曰く「面倒くさい女」になった。男女問わず一目置かれるようになり、周りから距離を取られることもあったが、幸いにも容姿に恵まれていたようで、男性からのお誘いはあったし、付き合った彼氏とは初々しい青春時代を過ごすことができた。もちろん私も高校時代からエッチにも興味があったが、家でそんなことする場所も時間も無かったし、自分で稼げるようになるまでは「守る」という漠然としたマイルールで、彼氏に懇願されても決して身体を許さなかった。もし子供ができたら自分が育てる責任を持たなければならないし、学生時代の彼氏とずっと関係が続いて結婚するなんて有り得ないとも思っていた。


 東京の有名私立大学に進学。親からの多額の仕送りのおかげで、講義のあと週2~3のペースでバイトする程度で一人暮らしができた。ワンルーム6畳と、小さいがプライベートな場所と時間を持てるようになっても男性と深い関係を持つことは無かった。大学でも彼氏はできるにはできたが、1ヶ月もしない内に男性は当然のように身体を求めてくる。私も相手に恋愛感情はあったが、マイルールに従いエッチに踏み切れなかった。彼氏は、口では「心を許してくれるまで待ってる」とか「ずっと一緒にいよう」と言うが、身体を許さないと男は薄情である。しばらくは惰性で連絡を取り合ったり、一緒に食事をするものの、急速に頻度が減っていき、ついには他の女に浮気をして去っていく。ケンカの時に弁論で身に着けたディベート力で彼を論破し、詰問し、言い負かしてしまうことも関係がギクシャクする事に拍車をかけた。

 また、大学時代に一人暮らしをするようになってから少しの違和感もあった。彼氏が私の身体を触ったり、エッチはしたがるくせに、なぜかキスを求めてこない。私からキスをしようとすると時々照れくさそうに避けたり、唇ではなく頬を出してきたりもする。私は相手へ気持ちを伝える手段は言葉とキスしかないのに、そのキスが相手に歓迎されないのだ。この時の私は、中々身体を許さないのを相手は怒っているのだろうと勝手に思っていた。

 同じゼミや講義を受けている友達が時給800円前後のバイト代でママゴトのような同棲や新婚ごっこを楽しんでいるのを横目に、私は勉強やインターンシップに励んだ。このおかげで、就職活動でも大した苦労をすることなく希望の会社から内定をもらうことができた。まだ駆け出しのIT中小企業だが、ITがこれから世の中をもっと便利に変えていくという確信があったし、もっと普及させるべきだという使命感にも似た感情があったので、私には大企業で事務仕事をするよりもこの会社の方が魅力的に思えた。


 東京に出て5年目、ついにプライベートな場所と時間、そして生活資金を自分で稼ぐ力を手に入れた。勝手に一人前の大人になった気になり、遅まきながら男性と大人の関係を受け入れる心の準備が整った。私はモテるという自信があったので、「これからいくらでもチャンスがある」と始めは思っていた。実際、社内の男性社員からチヤホヤされたし、通勤時や休憩時間に外を歩けば男性からの視線を感じる事も多かった。

 仕事はハードではあったが、そんな事はインターンシップの時点で気付いていたし、給与が高いので満足していた。入社してオリエンテーションがあり、その後は企画設計部、営業部、総務部の3部署を3週間くらいずつローテーションで回り、それぞれの部がどんなことをしているのか、仕事のお手伝いをしながら学び、自分に合った部署を選ぶ。もちろん、会社側も各部署での新入社員の動きを見て、配属を検討する。私は企画設計部を選び、会社側も企画設計部が良いと判断してくれた。

 試用期間が終わって10月から本採用。異動で企画設計部への配属が決まり、鈴木チーフとペアを組むことになった。鈴木先輩は優しく丁寧に仕事を教えてくださり、私にIT知識が足りない不勉強な点は、自習に適した本を紹介してくれた。私なりに努力して足りない知識を補い、鈴木先輩と仕事をこなしていくなかで少しずつ経験も増やしていった。この時はまだ体力があったので、唯一の不満と言えば時間が無い事だ。長時間残業に遠方への長期出張、男性でも女性でも関係なく業務上必要になった。加えて私は家でも鈴木先輩に教えてもらった本で勉強をしていたので、“寝る・食う”以外の時間は仕事の事ばかり考えていたし、仕事をしていた。後で反省することになるが、不摂生で女磨きに程遠い生活をしていたので、いわゆる出会いも皆無だった。


 そうこうしているうちに、あっと言う間に時間が経ち、1年が過ぎた頃には地元福岡でJAに就職した友達や、東京の信用金庫に就職した友達から「結婚する」という報告を聞いた。「すごい」というのが、「おめでとう」よりも真っ先に思い浮かんだ言葉だ。就職して職場で出会った人と約1年間お付き合いをし、結婚をすると言うのだ。私の今の状態から考えると「あなた達はいつ恋愛する時間があったの?」と聞きたいくらいだ。私はまだ処女で、この時は一人エッチすらしていなかったから随分友達に差をつけられた感じがした。

 2年目のゴールデンウィークを過ぎた頃、やっと私にも彼氏ができた。仕事の取引先の一つで、県庁の公務員、鬼沢だ。総務システム開発の仕事で、何回か打合せで会っているうちに食事に誘われ、デートをすることになった。2~3度デートをして、4つ年上で穏やかな彼の“大人の余裕”が魅力的に感じて、付き合うことにした。そして、付き合うようになってからさらに3度目のデートで、食事の後ホテルに誘われた。ラブホテルでもビジネスホテルでもない。家族旅行や友達との卒業旅行で使ったような、いわゆる良いホテルである。私は未経験ではあったが彼の考えは分かる。言われるがまま着いて行き、ついにその時を迎えた。

 私、鬼沢の順にシャワーを浴び、バスタオルを身体に巻いた状態で、二人でダブルのベッドに横たわる。

 「半田さん、緊張しないで。中々会う時間が取れなかったから、誘うの早かったかな?」鬼沢が優しく気遣ってくれる。お互い、特に私が仕事で忙しく、毎週デートというわけにはいかなかったからだ。

 「いえ、早いってことはありません。大丈夫です。」

 「よかった。」鬼沢が私を優しく抱きしめておでこにキスをしてくれた後、私の身体に巻いていたバスタオルをゆっくりと外し、私の裸が露わになった。男性に裸を見られたのは初めてである。裸を見られた事に対して特に何の感情もわかなかったが、理想を言えば灯りを消してほしかった。

 「可愛いね。」そう言いながら鬼沢が私の小さい胸を中心に身体を優しく撫でてくれ、さらに私の乳首を舐めたり吸い付いたりしてきた。初めての事であり、くすぐったいだけで何が良いのか分からなかったが、これで男が喜んでくれるならと思い、身体をモゾモゾさせながら我慢した。

 鬼沢の手が下半身にも伸びてきた。陰毛をかき分け、指で私の割れ目を探しているのが分かる。今にして思えば恥ずかしいが、当時は誰にも見られることが無く、VIOの毛を整えるという発想が無かったので、毛が無造作にボウボウと伸びていたのだ。鬼沢も「あれ?」と顔をしかめていたが、無事に割れ目にたどり着き、優しく愛撫してくれた。ここもくすぐったい感じがしたが、徐々に今まで感じたことが無い奇妙な感覚も覚えた。

 「気持ち良い?濡れてきたよ。」と鬼沢が言ってくれて、やっとこれが“感じる”ということなのだと知った。私の身体を撫でたり舐めたりしている間に鬼沢の腰に巻いていたバスタオルも外れて、既にベッドの隅の方へ追いやられている。男性の勃起したチンチンを見たのも初めてだ。黒みがかった茶色いモノが斜め上に伸びている。亀頭部分が身体から飛び出た内臓のようで生々しく、気持ち悪いと思った。

 「あの、鬼沢さん…、キスをしてください。」どうすれば良いのか分からず、くすぐったいのを我慢して仰向けに寝転んでいるだけだったが、やっと声が出せた。

 「もちろん。半田さんはキスが好きなんだね。」鬼沢が頬に一度、そして唇にも一度キスをしてくれた。私は鬼沢の背中に手を回し抱き寄せ、私からももう一度唇へ長めのキスをした。私から相手に好きな気持ちを伝える数少ない手段であり、彼の舌が入ってきてディープキスをした後、洋画のように情熱的な愛の言葉をささやかれるのを期待したが、鬼沢から舌が伸びてくることは無かった。むしろ愛の言葉の代わりにかけられた言葉が「半田さん、もしかして初めて?」である。

 「はい。…黙っていてすいません。」バレずに終わればそれで良いと思っていたが、入れる前にバレてしまったのが恥ずかしかった。素直に認めるしかない。

 「そんな、そんな謝らないで。…嬉しいよ。半田さんの様な可愛い子の初めての相手になれて。」

 「痛いのは恐いので、優しくしてください。」

 「分かったよ。ゆっくり、リラックスしてて。」鬼沢がベッドから立ち鞄からコンドームを出し、自分で装着した。私はボーっとその様子を見ているだけだった。鬼沢はゴムを装着した後、私の股の間に座り、毛を左右に分けてチンチンを割れ目に当てきた。

 「力を抜いて。」

 「はい。」私は答えるが、チンチンを割れ目に押し付けられると自然と力が入る。

 「力を抜いて、足をもっと広げて。」

 「はい。すいません。」

 「良いんだよ。ゆっくり、ゆっくり。」一旦身体を離し、私が濡れるように愛撫をしてくれる仕切り直しをしながら、さらに2度チャレンジをしたが、鬼沢のチンチンが私の中に入ることは無かった。


 1週間後のデートでも再度セックスを試みたがダメだった。私が「力を抜いて」と言われても力んでしまい、「少し強引に入れてみるけど、痛かったらすぐ止めるから」と言われチンチンを押し付けられたが、亀頭すら入りきらないうちに私が「痛い、痛い」と暴れて鬼沢は断念した。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいなのと同時に、捨てられる不安が大きくなっていった。何とか繋ぎ止めようと、こちらから積極的に気持ちを伝え、キスをしたが、次第に溝ができていくのが分かる。鬼沢からディープキスをしてもらうどころか、キスの時に彼が息を止めていることに気が付いた時はショックだった。キスの時に鼻から出てくるはずの鼻息を感じることが無く、キスの後にやや大きく呼吸をしているのを見て、初めて気が付いた。もちろん「なぜ?」と問い詰めたが、「何でもない」や「気のせいだよ」と言われて、私には意味が分からなかった。

 この後もメールのやり取りは辛うじて続いたが、ホテルやデートに誘われることは無くなり、受注した総務システムの納品が終わった後すぐに「新しい彼女ができました。これが最後のメールにしてください。」と、鬼沢から一方的なメールが届いて社会人になって初の恋愛が終わった。


 次の恋愛はすぐに舞い込んできた。同じ2年目の初夏である。県庁に納品した総務システムの評判が良かったようで、同じ県の第3セクターの総務システムでもプロポーザルの指名業者の1つに入れてもらうことができた。前回同様、鈴木先輩と私のペアが担当することになり、担当者と打合せをして仕様等を確認する。冷静に考えれば奇妙だったが、担当者の男性からやたら積極的にアプローチを受けた。1つ年上で声が大きく、明るい体育会系の男性、竹荘であった。これまでも男性から言い寄られることは何度もあったが、この竹荘は私のツボを知っているというか、気が合うと錯覚して、トントン拍子に話が進んだ。軽い気持ちでデートの誘いに乗ったつもりが、2度目のデートで竹荘から告白を受け、5度目のデートではビジネスホテルに連れ込まれた。

 またセックスに失敗したらどうしようかと思っていたが、竹荘はまるで私が処女であることを知っているように優しく丁寧に愛撫してくれた。そして私がキスを好きなのも知っているのか、竹荘からも積極的にキスをしてくれて、竹荘と初めてディープキスをすることができた。竹荘とは結果的に一度しかできなかったが、男性の舌が乱暴に私の口の中を舐めまわし、私の舌と絡みあって官能的な気持ちになった。竹荘はまるで最初で最後のように私の身体の隅々まで見て「綺麗だ」と褒めちぎり、全身を撫で回した。

 ゴムを着けていよいよ挿入である。竹荘は私の股の間に座り、私の陰毛を巻き込まないように丁寧に避けて、正常位でゆっくり体重をかけてきたが、やはり入らない。「大丈夫、俺のテクで絶対に入るようになるから」と、竹荘は慌てることなく乳首を口で、クリトリスを指で刺激して私を再度不思議な感覚にしてくれた。自分でも呼吸が荒く速くなり、汗をかき体温が上がっていることが分かる。

 アソコが再び濡れたことを確認して、竹荘は私に四つん這いになるように言い、私は良く分からずに言われるがままそれに従った。竹荘が今度は後ろから乱暴にモノをねじ込んでくる。私が「痛い」と手足をバタつかせても、両手でしっかりと私の腰をつかみ、強引に押し込まれた。私は痛みと恐怖で声をあげ、涙もこぼれたが、「ほ~ら、全部入ったぞ。」と竹荘は満足気だった。さらに驚いたのは、私が痛がっているのも構わず、竹荘が腰を動かしモノを出し入れし始めたことだ。私は痛みに耐えられず、必死に身体を捩って彼の身体から離れ、モノが抜けた後、渾身の力で彼のお腹を蹴って距離を取った。

 「何するんだよ。痛いじゃないか。」竹荘が怒っている。

 「すいません。でも、私も痛くて、…我慢できなくて。」

 「だからって蹴ることないだろうが。」

 「ごめんなさい。」

 「申し訳ない気持ちがあるなら続きをやるぞ。こっちはまだ全然イケそうにないんだから。ほら、もう一回四つん這いになれ。」

 「嫌です。向かい合って、優しく抱いて下さい。」

 「えー。正直言って、お前と向かい合ってヤルと萎えるんだよ。」

 「何でですか?あんなに優しく、キスもいっぱいしてくれたのに。」

 「じゃあ、もうセックスは良いよ。じゃあフェラで満足させろよ。」竹荘がゴムを外し、目の前で仁王立ちになる。私は勃起した生臭いチンチンを目の前に出されて、何をされているのか、どうすれば良いのか、分からなかった。

 「口に咥えろって言ってるんだよ。」竹荘が私の頭を両手で掴みチンチンを顔に押し付ける。横を向いてチンチンを避けたが、ヌメヌメ濡れた棒が頬に当たり、気持ち悪い。さらに股間の生臭い匂いとゴムの匂いが混ざり嫌な匂いもした。

 「嫌です。やめてください。」私は竹荘の手を払いのけてベッドから降り、泣きながら下着と服をかき集める。

 「おい、逃げるなよ。臭いのを我慢して抱いてやったんだから、最後までやらせろよ。」

 「臭いって何なのよ。変な事、言わないでください。」悔しくて涙が止まらない。

 「お前は汗かきでベタつくし、マンコは毛がボウボウで臭いんだよ。それに、お前の一番えげつないのは口だからな。近くで話されたり、キスされると口から腐った匂いがするんだよ。」

 「嘘言わないで。デートの時に何度もキスしてたじゃない。」

 「さっさと処女のお前とヤルために我慢してたんだよ。鬼沢さんが「アイツは口臭いくせにキスしたら喜んで、すぐその気になる」って教えてくれたからさぁ。」

 「え、鬼沢と知り合いなの?」愕然とする。

 「そう。俺、県庁からの出向なんだよね。だから鬼沢さんと面識があって、鬼沢さんから「業者に可愛い処女がいる」って聞いたから、一度お手合わせ願おうと無理したわけ。」

 「ひどい。私のこと「好き」って言ってくれたのも嘘ね。」この場から1秒でも早く出て行くために急いで服を着る。

 「まあ俺、他に本命彼女がいるしねぇ。…でも、お前も良かったじゃないか。俺で処女を捨てれて。」竹荘もこれ以上のセックスをあきらめたのか笑いながら下着や服を着ている。私はバックを持って大股で歩いて部屋から出た。この時にかけられた竹荘の捨て台詞が耳に残る。呪いの言葉だ。

 「いいか、一生男と恋愛や結婚ができると思うなよ。お前の口の臭いで一気に気持ちが覚めるから。」

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