第27話 うちは私の方がお姉さんなんだから。

 ホテル春山荘東京のブライダル担当からは、翌日のお昼には連絡先に指定したナオさんのスマホに電話があったらしい。さすがに直近の週末は予約が一杯だが、次の週末の朝一番の枠ならまだ空いているとのことで、土曜日の朝9時からナオさんと二人でホテルにいるのだ。バンケット棟3階のブライダルサロンを訪ね、予約をしていた者であることを告げると、4人掛けのテーブルに案内された。

 しばらく待っていると、年配の女性が「お待たせしました。本日担当させていただく藪と申します。」と名刺を出しながら挨拶してくれた。予約フォームに自分たちの年齢や連絡先、フォトウェディング希望であることを既に記入していたので話が早い。一通り簡単な確認だけして、プランの概要や必要な予算、日程を説明してくれた。ナオさんはチャペルでウェディングドレスを着たいという希望なので洋装プランになり、80カットの写真と二人分の衣装やメイク等を入れて30万程度からで、衣装の小物等のオプションや、お色直しは追加料金となるようだ。写真だけではなく動画撮影も可能らしい。

 藪さんは説明の後、会場下見としてまず庭園に出て、木々に囲まれた通路で撮った写真、ホテルの建物をバックに撮った写真等、過去の撮影例を見せてくれた。庭園は広く全てを見て回ることは出来ないので、過去例での説明とのことだ。そして、次が見学の目玉となるチャペル。白を基調とした部屋で通路の両サイドには木製の椅子が整然と並んでいる。正面には庭園の緑が見える背が高い大きな窓があり、光が差し込んで明るい。ナオさんは「ゼクシィに載ってた所だぁ。実物は広いね。…綺麗」と喜んでいる。藪さんはホテル館内も一部案内してくれて、シャンデリアがあるロビーや大理石の階段等、人気の撮影スポットを教えてくれた。最後にブライダルサロンに戻り、成約した場合の今後の流れとして、基本となるプランの選択、日程相談、衣装合わせにもう一度来てもらえれば、後は当日を待つだけとの説明だった。

 「私はここが良いと思うんだけど、ユウジ君も気に入ってくれた?」

 「はい。綺麗で広くて良い写真が撮れそうですね。」俺はナオさんさえ良ければどこでもいい。

 「よし、決まり。藪さん私達こちらでフォトウェディングをお世話になります。」

 「ありがとうございます。…半田様、刈谷様ご両家で、洋装プランで登録させていただきます。日程はお決まりですか?後日お電話でご連絡いただいても結構ですが。」

 「じゃあ、日程は一旦保留で。ただ、暑くもなく寒くもない時期が良いです。」

 「では、10月中旬頃はいかがですか。過ごしやすい時期ですし、ゲリラ豪雨や台風の心配も少ないですから人気ですよ。」

 「なるほど。参考にさせてもらいます。」

 「では、今日この後、もしお二人にご予定が無ければ、早速衣装合わせをされていきますか?今しておけば後日ご足労いただく必要がなくなりますし。」

 「ユウジ君、いい?」

 「もちろんです。」

 「承知しました。では、コスチュームサロンへ連絡しておきます。後は日時や衣装が決まればお見積りも提出します。」

 ナオさんの決断は早く、とんとん拍子に話が進んでいく。


 衣装合わせでもナオさんが主役で、俺はほぼサイズ確認だけだ。俺のタキシード姿など両親でさえあまり興味が無いはずだが、ナオさんはちがう。サロンの女性スタイリストの湯木さんとデザインが異なる何十というウェディングドレスの中から好みの一品を選び出し、それに合うメイクやヘアメイクをしてもらうのだ。もちろん今日はドレス選びと打合せのみだが、楽しそうなナオさんを見ていると女性がなぜウェディングドレスを着たがるのか少しわかるような気がした。ナオさんは比較的背が低くスレンダーなので、Aラインなるデザインのドレスから選んでいた。3着ほど大きな試着室に持ち込み湯木さんと笑いながら試着しているが、俺は蚊帳の外だ。ウェディングドレス姿を見るのは当日までおあずけらしい。

 2着目のカラードレス選びには俺も意見を求められた。鮮やかなオレンジ色から薄いカーキ色まで様々なカラーバリエーションがある上、デザインも何たらラインといくつもあり、肩を出す出さない、生地、装飾の多少と他にも違いがあり、ウェディングドレスよりも選択肢が多そうだ。湯木さんの助言でAラインとは異なるエンパイアラインという胸下からスカートが広がるが、裾の広がりが小さいドレスデザインから選ぶことにした。ナオさんはしばらく悩んだ末、ブルーを基調にほんのりグリーンがかった色のドレスを選んだ。

 試着室から出てきたナオさんはとても綺麗で、高いヒールを履いているせいもあるだろうが、スラッと足が長くスマートに見えた。上品で変に子供っぽくないところがいい。

 「何か恥ずかしいけど、どうかな?」

 「とても綺麗です。」

 「ありがとう。でもうちの人、私が何を着ても褒めてくれるんですよー。あんまりアテにならないんですよね。」

 「まあ、のろけですか?本当に仲が良いんですね。でも、新郎様がおっしゃるとおり、Aラインとはまた違う感じがして綺麗ですよ。裾の広がりが控え目で軽い感じですし、実際お庭も歩きやすいですよ。」湯木さんがナオさんの周りを360度回りながら評する。

 「ほら、言ったじゃないですか。」

 「ゴメンゴメン。へへへ。…ねぇユウジ君、近くに来て傍に立ってよ。」

 「どうしたんですか?」二人が正面の大きな鏡に映る。

 「ユウジ君はタキシードからもう着替えちゃったけど、私達こんな感じで写真に残るんだね。」

 「新郎様のタキシード姿もそうですが、新婦様の方もメイクやヘアメイク、衣装小物でまだまだ綺麗になってもらいますよ。」と湯木さんが笑いながら言ってくれた。

 その後、ナオさんのメイクなど美容関係の打合せを少しして、俺達はホテルを後にした。


 その晩もナオさんはご機嫌だった。二人ベッドで寝そべっていると

 「ねえ、今日のスタイリストさん、私たちの事を「新郎様」や「新婦様」って言ってたね。まだちょっとくすぐったいね。」

 「ははは、ナオさんも湯木さんと話している時に、俺の事を「うちの人」って言っていたじゃないですか。」

 「うん、言った。変だった?」ナオさんは子供の様な邪気が無い笑顔で聞いてくる。

 「ううん、変じゃないけど、4月まで外でデートしたことが無かった俺達がホテルで結婚式の打合せしているのって、すごい変化だなぁって思ったんです。」

 「確かにそうだね。…嫌だった?プロポーズが早すぎたかもって後悔してる?」ナオさんが俺の腕に抱き着く。

 「そんなことないですよ。本当にナオさんと結婚するんだなーって、漠然と思っていたのがドンドン現実になっていくのに少し戸惑っているだけです。」

 「いわゆるマリッジブルーってやつかな。」

 「かもしれないですね。」

 「多かれ少なかれみんな不安になるらしいよ。私は今のところ迷いも躊躇いも無いけど。」ナオさんは俺の腕から離れて上に覆いかぶさってくる。

 「不安になったら私に頼って、私に付いておいで。男だからって一人で背負い込むことないよ。うちは私の方がお姉さんなんだから。」

 「じゃあ、不安になったら甘えさせてもらいます。」

 「うん。とりあえず今は、ユウジ君のモヤモヤした気持ちを少しの間だけ忘れさせてあげる。」今晩はナオさんの優しい口づけから始まった。俺の上に乗っていたナオさんの右手が俺のパジャマとトランクスの中に滑り込んできて、まだ柔らかいモノを軽く握りゆっくり擦ってくれた。しばらくすると「大きくなってきたね。」とナオさんがにっこり笑い、俺達は今晩も愛し合った。

 ナオさんは迷いも躊躇いも無いと言う。俺もナオさんが好きだし、他に好きな女性がいるわけではない。自分からプロポーズをして踏ん切りをつけたつもりだったが覚悟が足りなかったのだろうか。漠然とした不安と急激な変化への戸惑いは否定できない。


 7月、今度は両家の顔合わせである。忙しい。

 新幹線の駅で言えば、ナオさんの実家、半田家は博多にあり、俺の実家、刈谷家は名古屋だ。だいぶ名古屋寄りで中間とは言えないが、俺達が東京から出向くことも考慮に入れて、間を取って大阪で顔合わせをすることになっている。俺達が会場として選んだのは大阪の「リーガロイヤルホテル」だ。大阪に土地勘が無い俺達だが、ナオさんが過去に出張で使ったことがあって、良いホテルだったからという理由で選んだ。新大阪からタクシーで20分くらいの位置にある。土曜日の昼御飯で顔合わせをしてそのまま宿泊し、日曜日の朝にそれぞれ解散という予定だ。レストランだけではなく、それぞれの実家と俺達の3室をナオさんが予約をしてくれた。

 俺達は土曜日当日の朝に出発して、ホテルには正午過ぎに着いた。すぐにフロントで荷物を預けレストランの場所を教えてもらい現場へ向かった。「日本料理なかのしま」、ホテルの高層階にある和食レストランで、6人用の個室を予約している。大きな窓から大阪市内が展望できた。もしかしたら名古屋の俺の両親が先についていたらどうしようかと思ったが、俺達が一番乗りのようだった。1時30分からとそれぞれの両親に伝えていたので、親達も1時頃にはホテル入りしていたらしいが、地下のショップ街をウロウロしたり、メインラウンジでお茶をしていたらしい。親は親で気を遣って時間ギリギリにレストランに上がってきてくれたようだ。


 新郎ということで俺が会を仕切る。ナオさんから婚約指輪のお返しでもらったスーツに身を包み、まずはそれぞれの両親に大阪まで出てきてもらったお礼をした後、早速自分の親を紹介する。続いてナオさんからナオさんの両親の紹介をしてもらい、全く打合せをしていなかったが俺から自分の父親に乾杯の音頭を振った。父親は「いきなりかよ」と言いながらも受けてくれて、一同食前酒で杯をあげた。

 先付けが運ばれ、食事が始まる。

 「ナオ、左手の指輪が婚約指輪?見せて。」とナオさんのお母様が会話の糸口を作ってくれた。

 「ユウジさんにいただいた婚約指輪です。」とナオさんが芸能人のニュースみたいに薬指に着けた指輪を披露する。「綺麗ね。」、「ユウジ、頑張ったな~。」等それぞれの親から賞賛や冷やかしを受けながら和やかに会が始まった。親達はそれぞれの子供の事、地元の事等を悲喜こもごも披露しあって、話に花を咲かせている。お互いがお互いの娘・息子を自慢し合い、俺ってこんなに大事にされてたっけ?と多少くすぐったい感じがした。ご飯物が出てくるころには日本酒が進み、親達は気分良くなっている。

 俺の父親は俺が女上司に手を出したというのが余程面白かったらしく、半田家のご両親と面白おかしく話をしている。

 「うちの息子が優秀なお嬢さんに手を出して、ご迷惑ではなかったでしょうか。」

 「いえいえ、いつまでも仕事、仕事って言っていないで、嫁に行ってもらわないとうちも困りますから、刈谷さんのような優しい方から声をかけてもらって本当に良かった。」

 「ははは、うちのは優しいだけが取柄で、ぼーっとした息子ですから、よく面倒を見てやってください。」

 「うちの娘は小さな時から外で遊ぶのが好きでよく運動もしていたし、大きなケガも病気もしたことがない。「健康」が服を着て歩いているようなものですから、仕事も家事もどうかご安心ください。」

 「これは心強い。良かったなぁ~ユウジ。」時々絡んでくるのが面倒くさい。

 この上、俺の母親は母親で、冗談だとは思うが「二人が共働きするなら名古屋で子育てしてはどうか?」とか、「東京で同居しましょうか?」と言い出して、ナオさんの表情が曇る。


 水物が出て約2時間の顔合わせもいよいよ終盤。今後のこととして、結婚式は東京でフォトウェディングにすること、新婚旅行はパリに、入籍は切りが良い来年元旦にする予定であることを伝えた。それぞれの両親共に、本人たちが好きなようにすればよいと理解を示してくれた。俺とナオさんは緊張したままで、時々絡んでくる親を軽くあしらうのが精一杯だったが、あっという間の2時間だった。


 会を終えてレストランを出た後、ナオさんが宿泊予約をしてくれているエグゼクティブフロアへ移動する。親達を連れてメインロビーまで一度降りた後、専用エレベーターで23階に上がり、フロントで3組のチェックインを済ませた。それぞれの部屋にはホテルの係の方が案内をしてくれたので、ここで一旦解散である。親達が部屋へ案内されるのを見送り、ナオさんと二人で「ふー」っと息を着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る