第22話 いえ、私、そんなつもりは……。

 実家にナオさんを連れて帰ってきた。俺は年末年始以来5ヶ月ぶりの実家だ。

 「まぁ、おかえりなさい。ひさしぶりねぇ。」母親が俺にチクリと嫌味を言う。

 「こちらが、半田ナオさん。」

 「初めまして、半田ナオと申します。本日はお時間を取っていただきありがとうございます。」いつもの美声で挨拶をする。

 「ようこそ。ユウジの母です。どうぞ上がってください。」ナオさんは俺の部屋ではたまにしかしない靴を揃えるという行為をやっている。相当気が張っているに違いない。和室に通され、そこには父も座っていた。一通り初対面の挨拶が済み、ナオさんがお饅頭を渡すとやっと座布団の上に座ることができた。我が家でももてなしはお寿司のようだ。


 「ユウジから久しぶりに電話がかかってきて「何事か」と思ったら、会って欲しい女性がいると言われて驚いたわよ。」

 「驚かせてごめん。」素直に謝っておく。

 「いやぁ、半田さんは落ち着いた感じで、ベッピンさんじゃないか。」

 「ねえ、お父さん。ユウジには勿体ないくらいだわ。ふふふ。」

 「いえいえ、そんな。」とナオさんは照れ笑い。両親ともナオさんへの第一印象は好印象のようだ。

 「二人はどこで知り合ったの?」母親が目をキラキラさせながら聞いてくる。

 「同じ会社の人なんだ。半田さんは職場の先輩で、一緒に仕事をしているうちに仲良くしていただいて、お付き合いするようになったんだよ。」俺から簡単な経緯を説明する。

 「先輩ってことは、失礼だけど、半田さんはユウジよりも年上?」

 「はい。31です。」ナオさんが答える。

 「31。…ユウジよりも5つ上か。見えないなあ。同じくらいだと思ったよ。」と父親が言う。

 「でも31って言ったら私は2人とも産み終わってるわよ。これからで大丈夫なの?」母親の言葉にナオさんは肩身が狭そうだ。

 「お母さん、半田さんに失礼だよ。」と言う俺を手で制止し、ナオさんが話しだす。

 「二人で相談して、子供は欲しいと思っています。…授かりものですので分りませんが、健康で元気なのが私の取柄ですので、ユウジさんとなら大丈夫だと思います。」

 「まあ、今と昔では初婚年齢も違うんだし、健康なお嬢さんなら良いじゃないか。」父親も俺達を応援してくれた。

 

 「半田さんはすごく仕事ができて、うちの会社で最速最年少でチーフ、つまり課長職になったんだよ。すごいでしょ。」年齢の話題から話を逸らすために、仕事の話を切り出す。

 「じゃあユウジ、お前は自分の上司に手を出したのか。」父親が冗談ぽく食いつく。

 「手を出すっていう言い方はアレだけど、美人で仕事ができる半田さんにずっと憧れてて、俺から思いを伝えて付き合うことになったんだよ。」少し自慢だ。

 「優しくて気遣いがきる子だったのに、ユウジがそんな大胆なことをするようになっていたなんて知らなかったわ。半田さんは迷惑だったんじゃない?」

 「迷惑だなんてとんでもありません。ユウジさんも一生懸命仕事をしてくれて、いつも助けてもらっています。それに、ユウジさんから気持ちを伝えてもらって、私も同じ気持ちだったからとても嬉しかったです。」

 「ずっとってどのくらいよ。一緒に仕事をするようになってから長いの?」

 「3年以上だよ。残業したり出張したり、一緒に頑張ってきたんだよ。ずっとそばでお互いフォローし合ってきたから、半田さんのことをよく理解しているつもりだし、好きになったんだよ。」母親にナオさんの良さを分かってもらいたい。

 「ふーん。ところで半田さんはご立派な経歴のようだけど、結婚後や出産後は仕事はどうするの?辞めるの?」母親の言うことはイチイチ棘がある。

 「結婚した後も今の仕事を続けたいと思っています。…もちろん家事もしっかりやるつもりです。」

 「“つもり”ねえ、実際大変よ。毎日の事なんだから。」

 「分担して俺も家事するから大丈夫だよ。」

 「あんた、家では手伝いなんてしてくれたこと無いじゃない。」

 「お母さん。俺だって東京の大学に行かせてもらってから一人暮らししているんだから、ある程度できるよ。今だって…」ナオさんもマズイ空気を感じとったのか、俺の話を遮りアピールを頑張る。

 「まだ未熟ですが料理は勉強中ですし、私も一人暮らしですので、掃除や片付けも一通り出来ているつもりです。結婚した後も二人で支え合って頑張ります。」

 「子供ができたらどうするの?夜泣きしたり、急に熱が出たり大変よ。ユウジだってそうだったんだから。」

 「会社は産休、育休もありますので、当面それを活用しながら子育てをして、保育園もしっかり探します。」

 「あら、子供を保育園に預けて働くの?寂しくなぁい。」

 「それは、……」仕事も子供も大事だというのが本音だが、理解してもらえそうにない。俺もナオさんも言葉に詰まる。

 「いいじゃないか、今時っぽくて。俺達の時代とは違うんだよ、母さん。」父親がまたフォローしてくれる。


 「半田さんは、うちの息子のどこを気に入ってくれたんだい。ユウジもそこそこモテるみたいだが、半田さんもモテるだろう。」父親はナオさんが気に入ってくれているようだが、答えるのが難しい質問だ。真に受けて「モテます」とは言えないし、男性経験が豊富と誤解されたらイメージが悪い。

 「私は人並みにしか男性とお付き合いしたことがありませんが、ユウジさんはお母様がおっしゃったように優しくて、機転が利いて、一緒に居て気持ちが楽と言うか、安心できる初めての男性でした。」ナオさんの切り返しが上手い。乗ってきたようだ。

 「ユウジは優しすぎて八方美人に見えたり、優柔不断に見えたりして頼りないこともあるだろう。」

 「お父さん。頼りないって…」俺は言いよどむ。

 「他の人からはそういう誤解を受けることがあるかもしれませんが、私は、ユウジさんは芯がしっかりしていて信頼できる男性だと思っています。」

 「ほぉー、良いじゃないか。」父親は箸も進みご機嫌だ。

 「良くありません!さっきからあなた何なの。ユウジが話そうとするのを手で止めたり、遮って自分が話しだしたりして。仕事では上司なのかもしれないけど、家でも尻に敷くつもりなの。」母親がナオさんに怒り出す。

 「いえ、私、そんなつもりは……。」ナオさんもびっくりして動揺している。

 「ユウジは優しいから、家でも半田さんが言うことを何でも「はい」、「はい」聞いているんじゃないの?うちの大事な長男を顎で使うような女性に一緒になってほしくありません。」

 「そんな、…誤解です。私はユウジさんにそんな風に接したことありません。」

 「お母さん、一緒にデートしている時も半田さんはそんなことしたことがないから、大丈夫だよ。」

 「最初だけかもしれないじゃない。結婚したらこれから何十年も一緒に居るのよ。仕事でも家でも“いいなり”じゃあ心が休まる暇がないじゃない。」母親の言葉に、俺も同じことを心配しているとは今は言えない。


 雰囲気が完全に悪くなった中、「お茶を変えてきます」と母親が席を立ち台所へ向かう。俺も空気を換える糸口を掴むために湯飲みを持って母親の後を追う。ナオさんは俺が席を立つのを狼狽しながら見上げた後うつむくと、父親が小声でナオさんに話しかけていた。

 「ナオさん。あと二つ湯飲みを持ってきてください。」と台所から声をかける。焼け石に水かもしれないが、半田さんとよそよそしい呼び方よりもナオさんと呼んで親近感を出す作戦だ。

 「はい。」とナオさんは素早く立ち上がり、自分と母親の湯飲みを持って台所へ持ってきてくれた。

 「私も何かお手伝いさせてください。」ナオさんはブラウスの袖をまくりやる気を見せる。

 「ユウジ、お客様を使うんじゃありません。」母親は遠慮しようとするが、

 「運ぶだけでもさせてください。」とナオさんも頑張った。

 「そう?ごめんなさいね。」母親はお湯が沸く時間を居心地が悪そうに待っている。

 「ナオさんは、時々俺の部屋に遊びに来てくれて、ご飯を作ってくれるんだよ。それが結構おいしくてさ、毎回作ってくれるのが楽しみなんだ。」

 「あら、勉強中って言っていたのに。謙遜だったの。」

 「スマホのレシピサイトを見ながら作っていますので、まだ得意と呼べるものが無いですし、時間もかかってしまっています。でも、ユウジさんが気に入ってくれているなら良かったです。」

 「今は便利な物があっていいわね。ユウジは外食で油物ばっかり食べているんじゃないかと不安だったのよ。」

 「ナオさんのおかげで、野菜も摂るようになったし食生活は改善したよ。特に野菜たっぷりのカレーが美味しいんだよ。」

 「そうなの?半田さん、ありがとうね。私もスマホでそのページが見れるのかしら?」

 「はい。「Dishes Kitchen」と言いまして、どなたでも見ていただけます。」母親は沸騰したお湯を少し冷ましている間にテーブルに置いてあったスマホを取りに行き、ロックを解除する。

 「どれどれ、どうやって見たらいいの?ユウジ、やって。」googleで「Dishes Kitchen」のサイトを開く。

 「へー、動画で作る手順が見れるの。…すごいわね。」

 「これはホームページだけど、ここのアプリは俺とナオさんがアップデートのお手伝いをしたんだよ。」

 「アップデート?」母親が困り顔だ。

 「アップデートっていうのは、不具合を修正したり、新しい機能を追加したりしてアプリを見やすく、使いやすくすることなんだよ。」

 「へー、よく分からないけど、あんた達すごいことをやっているのね。」

 「ナオさんが見やすく使いやすくを心がけて作り込んだから、すごく好評なんだよ。ダウンロードしておこうか?」

 「ちょっと待って。お茶がはいったわよ。熱いからお盆に乗せて持って行ってね。」

 「はい。」ナオさんが率先して湯飲みをお盆に乗せ、和室へ運ぶ。

 「あと、ユウジはおやつも持って行って。」

 「はーい。」ナオさんが買ってくれたお饅頭も忘れずに持っていく。


 「ちょっとお父さん、見てください。ユウジ達はこういうページを作る仕事をしているんですって。」それはホームページで、俺達がやったのはアプリだと言いたかったがどちらでも良い。たぶん分かっていない。

 「ほぉー、立派じゃないか。苦労しただろう。」両口屋さんの「ささらがた」を頬張りながら父親が答える。

 「納期ギリギリまでユウジさんにも残業に付き合ってもらって、頑張りました。」

 「このお饅頭美味しいわね。博多では有名なの?」菓子好きの母親がナオさんの手土産を口にしながら聞いている。

 「ありがとうございます。和菓子がお好きだとお聞きしていましたので、気に入っていただけて良かったです。「鈴懸」と言いまして、博多では誰でも知っているお店の1つだと思います。」

 「ナオさんも優しくて色々気配りができる人なんだよ。」

 「それは良かったけど、あんたさっきから「ナオさん」って呼んで、失礼じゃないの。」

 「職場では先輩って呼んでいるけど、二人でいる時はいつもそう呼んでいる。」

 「そう言えばユウジ、半田さんのご実家に挨拶に行って来たんだろう。ちゃんと認めてもらえたのか?」と父親が水を向けてくれた。

 「うん。ナオさんと結婚させてくださいとお願いして、認めてもらった。」

 「そうか、良かったじゃないか。」ここでナオさんが結婚の挨拶といきたいところだったが、先に母親にクギを刺されてしまう。

 「うちはもう少し時間がほしいわ。急だったから冷静に考える時間が欲しいの。…半田さん、ごめんなさいね。」

 「…分かりました。」ナオさんは残念そうに俯く。

 「もうこの足で東京に帰るのか?」父親が聞いてくる。

 「いいや今日はこっちに泊まって、明日お昼の新幹線で東京に帰るよ。ナオさんに少し名古屋を案内しようと思って。」

 俺はタクシーを呼び、呼び鈴が鳴るとナオさんの手を引いて実家をあとにした。父親も母親も玄関まで見送りに来てくれた。


 走り出したタクシーの中でナオさんは大泣きする。

 「ゴメン、私、どうしよう。認めてもらえなかった。」泣きながら途切れ途切れに話す。

 「大丈夫ですよ。嫌われた訳じゃないし、後半大分いい感じだったじゃないですか。」

 「でもOK貰えなかった。…ゴメン、私が出しゃばったから。」

 「母親が誤解しただけですよ。もう一度会って、ちゃんと説明しましょ。」

 「まだチャンスもらえるかなぁ?ウザイ女って思われてたらどうしよう。」

 「時間をおいて、今晩でもうちに電話してみますね。」

 「こんなはずじゃなかったのに、…悔しい。」落ち込むナオさんだが、俺もこんなはずじゃなかった。要するに母親は、自分が弟を出産した年齢よりもナオさんの年齢が上で、無事に子供が産めるのか。上司であるナオさんが仕事でも家でも俺を尻に敷くのではないか。という不安があるようだ。

 しかし、年齢に関係なく子供ができるかどうか分からないし、結婚後のパワーバランスなんてやってみないと分からないという意味では理不尽だ。ナオさんじゃなくて他の女性でもOKを貰えなかったかもしれない。

 「ナオさん、俺の母親への第一印象は最悪だったかもしれないけど、“敵”だって思わないでくださいね。今は悔しいかもしれないけど、俺達家族になるんだから。できたら仲良くなってほしいです。」

 「敵だなんて思ってないよ。私は今日仲良くなるつもりだった。…なのに…。」また泣き出す。


 ホテルに戻ると掃除もベットメイクも終わっていた。ナオさんを栄や名古屋城に連れて行って案内するつもりだったが、ナオさんは憔悴しきっていてそれどころではない。着替えもせずメイクもそのままでベッドの上に倒れ込んだ。俺は傍らに座り、ナオさんの髪や背中を撫でてあげることしかできない。

 「私、もう一度チャンスをもらってもダメだったら、仕事辞めて博多に帰ろうかな…。」

 「弱気なこと言わないでくださいよ。」

 「だって私、ユウジ君だけだもん。プランBなんて無いんだから。…ダメだったら、東京にいる意味も仕事を続ける意味も無いじゃん。実家に帰って引き籠るよ。」

 「俺だってナオさんだけですよ。だからもう一度頑張りましょ。」

 「でも、もし結婚を許してもらえなかったら、別れる前に、…最後に私を抱いてね。前に約束した記念日。思っていたのとは違う記念になっちゃうかもしれないけど、最高の思い出にしようよ。」

 「何を言っているんですか。ちゃんと記念日をして、元気な子供を産んで見返してやりましょうよ。」

 「ふふふ、優しいね。」薄っすら笑ってくれたが、力が入っていない。


 ナオさんはしばらく目を閉じて考え事をしているようだったが、「やっぱり私こんな終わり方イヤだ。別れたくない!…私の事をちゃんと愛してくれる人にやっと出会えたのに。どうして私が身を引かなきゃいけないのよ。」

 また泣きだした。

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