第一部・その5

 ACRコマンドの詰所は、校舎とプール棟の間、校庭の側にある。そこから校舎の外側に向けて、広い通路がある。

 通路の壁はロッカーになっていて、パークバッジで認証して鍵が開く。ここに銃や装備を入れておくのだ。

「装備も返納したんだったな」ロッカーの鍵を設定しながらケンジロウが言った。

「ニーパッドとエルボーパッド、それと無線機は、前の学校から送られてきた。銃を決めたら、他も用意する必要がある」

 ロッカーの扉を閉めて、ミユが開けられる事を確認する。

「ブーツは私物か……いいものを履いているな。そのまま使える」

「よく近くの山まで、歩いて行ったんです。それで先生から、これを勧められて」

「土地勘があったわけか」

 通路の途中に、プール棟側に伸びる細い通路がある。入口は狭く、認証が必要だ。

「この先が射撃場と武器庫。射撃場には先客がいるよ」コノミが言った。

「マジもんの不良だから気をつけなよ」

 えっ。思う間もなく扉が開きナオが入っていく。

 射撃場への通路は細く短く、その途中に武器庫への道があるらしくナオはすぐに見えなくなった。

 ミユが武器庫への曲がり角に来たところで、射撃場の扉が開いた。

 殺気。硝煙の匂い。本能的に、体が警戒する。

 男子だがミユより背が低い。銃を持っている。ショットガン。背が低い分、銃が大きく見える。

 クラス55。着込んでいるボディアーマーの表面には、予備の散弾がびっしり並んでいる。

 背中や脇に、矢筒のようなものを装備している。よく見ると、ショットガンの弾を縦に並べたローダーのようなものが何本も入っていた。

 日焼けしているかのように肌は浅黒く、短い髪は金髪に染められていた。

 道を譲ろうとミユが脇の通路に飛び込もうとするが、殺気立った男子はそっちに曲がって来た。

「ふ……」殺気立った眼光。思わず不死兵と言いそうになる。

「……不良」

「なんだァ?てめえ?」

 内臓をえぐるナイフのような視線が見上げてくる。ミユが怯むと、すかさず間合いを詰めてくる。

「どこのANTAMか知らねえが、こんなとこでウロウロしてずいぶんな言いようだなァ!やんのかアァ?」

 えぐるような視線が遮られる。……ナオの背中。

「どうした洗足?虫の居所が悪いね?」

「知らねえっすよ姐さん。その女が道を塞いでいきなり不良とか因縁つけてきたんで」

「まあまあ、さっきコノミに脅されてたから。マジモンの不良がいるって」

 ナオが簡潔に説明する。六郷ミユ、転校生、以下同文。

「人違いじゃないんすか?こんなビビリが」

 ナオの背中越しにミユが見ている。にらみつけると、すぐに引っ込む。

「どうだろうね……どうしたの六郷さん?不死兵より不良が怖い?」

 狂犬のような視線から隠れながらミユが答える。

「転校するとき、みんなから散々言われたんです。馬潟は治安が悪いとか、不良やヤクザが多いとか……不死兵じゃないから、襲われても撃てないとか」

 ナオの苦笑いが、ナオの背中から伝わってくる。

「撃つもなにも、不死兵が出現しないと銃も持てないじゃない。ヤクザ相手なら、こっちからわざと手を出したんでない限り、正当防衛が成立するよ」

 じゃあ。ふっと目の前にナオの顔。ぶつかりそうなほど近く。いたずらっぽい笑顔。

 暗闇。ナオの手の感触。

「不死兵より不良が怖いなら、不死兵だと思って見てみてよ。不死兵と向き合った時どんな顔をするのか、見せてあげなよ」


 後頭部にぱっくり開いた大穴に、すでに根が張り巡らされて再生が始まっている。

 首に銃口を押しつけて三点射。激しい痙攣が止まった。

 この不死兵は銃に手をかけていない。容易に銃を奪える。

 銃はMP。使い方は、スカベンジャーの技能講習で習った。ボルトハンドルと安全装置を確認。

 最初に撃った順番を確認する。狙うよりも、走って、銃口を突きつける。

 神経がつながりだすと、大きく痙攣を始める。それが収まると、意識が回復する。

 立ち上がり、銃を構え……その前に撃ち倒す。捕虜を助けるには、もう少し時間がいる。

 もう立ち上がっている不死兵がいる。狙いが少しずれて、ダメージが少なかったのか。

 駈け寄るには距離がある。再生の途中から銃声を聞いていたのか、ミユに気付いてこちらを向いている、

 銃を手放していない。銃はStg。手練れに与えられる銃だという。そしてそれは、ミユに向けられている。

 頭でなければ、耐えられてしまう。 耐えて、撃つ気だ。

 捕まえて食べようとも思っていない、怒りと殺意がすでにミユを貫いている。

 MPの引き金がやけに重く感じる。フロントサイトに頭を、顔を重ねる。Stgの銃口が自分に向く前に。


 今すぐにでも噛み付こうとしていた視線が、一瞬怯む。持ち直し、角度を変えて迫ろうとする。

 逃がさない。眉間にぴったりと、意識を向ける。

 距離が詰まる。離れる。詰めようとして……離れる。

「……まるで別人じゃねえか」冷や汗を流しながらも、ぞっとするような笑顔が浮かぶ。

「やってる目だ……バカにして悪かった。俺は洗足ハルタカ。ここのアタッカーだ」

 ハルタカが手を差し出す。もう不死兵を撃つ目で見なくてもいいようだが、どんな目で見ればいいのかミユにはわからなかった。

 ナオがミユの手を取り、ハルタカの手まで持っていく。

「悪い奴じゃないんだ。悪そうな格好してるけど……仲間だよ」

 ハルタカの手を握ると、固く握り返してきた。ミユを見つめる視線は殺気が消えていたが、凶暴そうな顔つきは変わっていなかった。

 入口の方から笑い声が聞こえてきた。……ハルタカの後ろにケンジロウ。その後ろで、コノミが肩を震わせて笑っていた。

「洗足ぅ、ホラ怖い顔してるからルーキーが緊張してるよ?」

 凄みをきかせた顔でハルタカがコノミをにらみつける。その分ミユに向き直った時には、少し表情が和らいでいる気がした。

「取って食いやしねえから心配すんなや。……で、何しに来たんすか?」

 怖い顔はナオに向いていた。

「銃を選ぶのよ。前の銃は返納したんだって」

 言いながらミユの肩を掴んで通路の奥へ向かわせる。

「かくれんぼだけじゃなくて、にらめっこも得意みたいだね」

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