家族サービス

 四月三日 日曜日 十五時五分――


 飯島聡からの通報を受けて、捜査三課の大田原と牧瀬が飯島宅に到着したのは、通報から三十分後のことであった。妻の飯島優梨愛は、ショックのため、息子の愛翔と自室で休んでいた。


 飯島聡は、見るからに休日のパパという姿で、ネイビーのVネックのスプリングニットにベージュのチノパンを着ている。セットされていないナチュラルな髪形に、眼鏡もプライベート用のものであった。大田原は、リビングダイニングルームの中央で立ったまま、飯島聡の話に質問を始めた。


「今日は、お仕事はお休みですか?」

「はい」

「どちらかへお出かけを?」

「ええ。普段平日は、仕事で遅くて家族サービスができないので、日曜日はいつも駅前にランチを」

「ランチ、ですか。何時ごろに外出されましたか?」

「十三時過ぎです」

「ランチにしては随分遅いですね」

「休みの日くらいゆっくり眠りたいですから」

「なるほど」

「それで、帰宅したのが十四時半で――」

「この現状であったと」


 大田原が顎で指したのは玄関に散らばった無数の靴に、リビングダイニングルームの床に出されたテレビ台の引き出しの中身や壁のアートパネルは無残にも切り裂かれ、キッチンにまき散らされたキャットフードや割れた食器が散乱していた。

 飯島家の間取りは、一階がウォークインシュークローク、リビングダイニングルーム、キッチン、洗面所、浴室。二階が子ども部屋と家族の寝室、書斎として使われている飯島聡の部屋となっており、二階も同様に荒らされていた。


「それで、無くなっているものは?」

「まだなんとも」

「現金や預金通帳などは」

「寝室ですが、手つかずでした」

「なるほど……」


 先に到着していた警察官からも話を聞いたが、散らばった靴も、家族の寝室のバッグや服もブランドものであったが盗まれた形跡はなかった。なにが目当てであったのか。物色したが、見つけられる前に諦めて帰ってしまったのか。


「おじちゃん」

 考え込む大田原のスーツを引っ張ったのは、小さな男の子であった。飯島家の長男である愛翔は、Tシャツに短パンというラフな格好であった。愛翔は、大田原の強面に臆することなく話しかけている。

「おじちゃん、あぽろ、さがしてくれるの?」

「こら、愛翔」

 飯島聡が、息子を抱き上げる。

「お父さんたちは大人の話をしているから、お母さんのところにいなさい」

「いえいえ、飯島さん。いいんですよ」

「すみません……帰って来てから、猫の姿が見当たらなくて」

「猫のアポロですか」

「はい。以前もいなくなったことがあったので、空き巣が連れて行ったわけではないと思うんですが」

「ああ……もしかして、以前、探偵にご依頼を?」

「私ではなく、うちに出入りしている家事代行サービスの方が気を利かせてくれて」

「『家事代行サービス』ですか」

 ここ数日でやけに何度も聞く言葉である。大田原は、メモ帳にボールペンで書き殴る。

「まさか、立花恵里という方ですか?」

「いいえ。立花さんではなく、折原玲子という人です」

「そうですか。それは良かった」

 別の人物であると安堵した大田原であったが、飯島聡の次の言葉にため息を吐いた。

「立花さんは火木土に来てもらってますけど」

「二人の人に頼んでいるということですか?」

「はい、妻の希望で週六日、家事代行サービスに来てもらっています」

「そんなに」

「立花さんは、火木土。折原さんは、月水金でどちらも時間は十四時から十七時でお願いしてます。原則的にはですが」

「えっと、原則的には、というと」

「妻が折原さんのことをとても気に入っていて、無理言って延長してもらう日が多いんです。立花さんと違って歳も近いから、友だちのような感覚なのかもしれません」

「なるほど。奥様はおいくつですか?」

「妻は二十六歳です。折原さんは二十四? 二十五になったんだったかな?」

「ちなみに、あなたはおいくつですか?」

「僕ですか? 僕は三十二です」

 ふむふむ、と大田原がメモをする。

「それで、週に六回も来てもらっているということですが? 失礼ですがなにかご事情が?」

 今までスラスラと説明してきた飯島聡が、初めて言葉に詰まった。

「ああ……えっと」

「空き巣事件とは直接関係ないかもしれませんが、言える範囲で教えていただけますと。なにが事件解決につながるか分かりませんから」

「ええ、そうですよね……」

 飯島聡は悩みながら、意を決したように言う。

「実は、妻の父が半年ほど前から認知症で介護付き老人ホームに移り住んでいまして。妻はそれの見舞いのために週六日、老人ホームに通って、子どもの世話を家事代行に頼んでいるんです」

「それは……親孝行な奥様ですな」

「ええ、まあ愛翔には少し寂しい思いをさせてしまっているかもしれませんが」

 そう言って、飯島聡は抱き上げている息子を見た。


 愛翔は父親と目が合って嬉しかったのか、飯島聡にぎゅっと抱きついた。

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