刑事は尋ねる

炬燵

 三月三十日 火曜日 十時――


 グレーのスーツに幾何学模様のネクタイを締めたいかつい男と、ネイビーのスーツにストライプのネクタイを締めた優男風の若い男が『佐々木』と表札に書かれた一軒家の前で立っている。


 男は見たまま警察官であり、捜査三課の人間である。

 ちなみに、テレビドラマで警察ものといえば、捜査一課がモデルになるケースが多い。 強行犯を扱う捜査一課、知能犯を扱う二課、そして盗犯を扱う三課、暴力団等の取り締まりを担当する四課と続く。捜査三課は、空き巣、ひったくり、すり、自動車盗等の窃盗事件を解決するため日夜身を粉にして働いているのである。


 いかつい男は、喫茶メアリでサンドイッチを食べていた大田原裕樹おおたわら ひろき。優男が、カレーライスを決めきれない牧瀬翼まきせ つばさ。彼らは、今まさにこの地域で頻発している連続空き巣事件の聞き込みを行っているところである。


「佐々木さん、めっちゃ俺らのこと、煙たがってましたね。先輩」

「犯人は見つからねぇわ、金は返って来ねぇわ、警察の人間には何度も同じことを聞かれるわ。やってらんねぇだろうよ」

 大田原は「世知辛いねぇ」と言いながら、ポケットをまさぐる。

「先輩、路上喫煙ダメです」

「……分かってるよ。癖だ癖」

「はいはい、えっと――」

 牧瀬は、先ほど連続空き巣事件最初の被害者であると言われている佐々木良子ささき りょうこの証言をもう一度書き留めた。


 佐々木良子、七十二歳。一人暮らし。


 二月二十七日、土曜日、朝のゴミ出しのため八時にゴミ集積場へ。ネットを外し、ゴミ袋を置き、ちょうど同じくゴミを捨てに来た近所の住人と挨拶をし、自宅へ戻る。時間にして五分から十分。なお、家の鍵は掛けていなかった。

 居間に入り、椅子に掛けてあったはずの鞄がテーブルの上に移動しており、不審に思った佐々木良子が鞄の中身を改めると、財布が消えていた。家の中には土足で上がったのだろうか、庭の土らしきものが散見されたが、奇妙なことにゲソ痕――足跡は見当たらなかった。


「せめて、ゲソ痕さえ残っててくれれば、犯人のヒントになるんですけどね」

「指紋も残してない。時間も短時間で、無理はしてない」

「プロの犯行ですね」

「ああ、厄介だ。次行くぞ、牧瀬」

「はい」


 次の現場は、佐々木家から一本先にある立川昭たちかわ しょうぞう三の家であった。牧瀬は、インターホンを鳴らす。数分して、中から白髪の男性が現れた。牧瀬が一礼をする。

「先ほど、お電話した牧瀬です」

「ああ……ご苦労さん」

 男――立川昭三は、大田原と牧瀬を招き入れた。立川の家はこじんまりとして、かなりの築古物件であるのが伺える。一歩踏み出すたびに軋む廊下の板を慎重に歩きながら、畳六畳ほどの居間に通された。春だというのに未だに炬燵こたつが出されており、立川は膝が悪いのか、低いリビングチェアを使用しているようだった。

「好きなところにどうぞ。私は椅子で失礼」

「ええ、ええ。もちろんです――改めまして、捜査三課の牧瀬と大田原です」

 牧瀬はここで初めて警察手帳を見せた。

「立川さんは、こちらにお一人でお住まいでしたっけ」

「そう。五年前に女房に先立たれてからね」

「空き巣に入られた時のことをもう一度聞かせていただけますか?」

「あれは……いつだったか」

 立川は考え込むようにして、俯いた。時間が止まる。

「いつだったかな」

 ついには牧瀬に聞いてきたので、牧瀬はこれくらいは、と日付を教える。

「三月三日の水曜日ですね」

「ああ、そう」

「その日は朝から膝が痛んでね。ずっと自分の部屋でテレビ見てたんだ」

「その部屋は――」

「一階のね、玄関入ったとこ。膝が悪くなってからは二階は誰も出入りしてないよ」

「なるほど」

「それで……お昼前……十二時くらいかね、電話があったのよ」

「電話ですか」

「そう」

 そう言って、立川は居間の一角にある高さ五十センチほどの籐でできた収納台を指差した。最上段に今やあまり見かけなくなったファックス付きの固定電話が置かれ、下の段にはタウンページや店屋物のチラシなどが無造作に入れられている。その下は引き出しのようになっており、かなり年代を感じる。

「立花さんからのね、電話だった」

「立花さん、捜査資料によると家事代行の方でしたか」

「家政婦さんだな。町内会長の紹介でね、週に二回家の掃除と料理頼んでんだ」

「曜日は決まってるんですか?」

「カレンダーに書いてある」

 そう言われて、牧瀬は居間の壁に掛けられたカレンダーを見る。火曜日と金曜日に赤いマジックペンで丸が付けられている。それを見ながら、「火曜日と金曜日、と」と牧瀬は手帳にメモをしていく。立川は頷く。

「そう。火曜と金曜に来てもらってる」

「それで、電話の内容は?」

「猪瀬さんとこに空き巣が入ったらしいが、俺んとこは大丈夫かって心配して掛けてきてくれたんだ。いやあ、俺ぁ家政婦ってのは要らないと思ってたけど、ホームヘルパーなんかよりは気が利くね」

「はあ」

「主婦がやってるからかね」

「ええっと、それで――」

「ああ。俺んとこはいつも出前取る時用に電話台の一番下に金入れてんだ」

「はい」

「それが、無くなってたんだ」

「いくらほどでしょう?」

「五万くらいじゃねぇかな。なんにせよ、空き巣と鉢合わせてたら、こんな膝だ。取っ組み合いもできやしねぇからな。運がよかったと思うよ」

 そう言って、立川昭三は、深く頷いた。つまり、立川家に入ったのは空き巣ではなく、在宅中の犯行『居空き』であったわけだ。


 だが、運がないのは警察の方だった。立川昭三の家では、立川昭三と立花恵里の指紋以外は、ゲソ痕はおろか、外から出入りした時に落ちそうな、土もなにも発見できなかったのだ。尚、侵入口と見られているのは二階。誰も出入りしなくなった部屋の窓は鍵が掛かっていなかった。

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