真実

「うおおおー! 俺たち、飛んでるー⁉」

 オストロの叫び声で、リックは我に返る。掴めなかった固く握り、後ろ髪が引かれる想いを振り払って前を向いた。隣にはエドガー、リリア、シエラの姿もある。眼下には、所々から火の手が上がった王都の街並み。

「飛んでるっていうか、吹き飛ばされてる⁉ これ、落ちない⁉ 大丈夫⁉」

 シエラもパニックになっているようで、必死に手足をばたつかせていた。リリアに至っては全身を強張らせ、今にも気絶しそうだ。エドガーだけはまだ冷静で、三人を落ち着かせようと叫ぶ。

「これは風の長の魔法だ! 安心していい! 魔力が続く限りは、きっと大丈夫―」

 声を張り上げたエドガーの言葉が、途中で止まった。五人の前方に、巨大な時計塔が迫ってきている。しかし、彼らの速度は一向に落ちる気配がない。

「―じゃないな、前言撤回! リック! 僕らで風をコントロールするしかない!」

 エドガーの言葉に、リックは意識を集中しようとした。しかし、急に視界が歪み、全身の力が抜けそうになる。レジスタンスのアジトからこれまで、碌に休むことも出来ずに魔法を使い続けていたため、彼の疲労は相当なものになっていたのだ。

「ちょっと、全然速度落ちてないっすよ⁉ このままじゃ、ぶつかる!」

 オストロが悲鳴を上げた。エドガーも必死に減速しようとするが、一人の力では上手くいかず、時計塔はどんどん近づいてくる。もうダメかと思ったその時、突然下から風が吹き上げ、五人の身体を絡め取った。そのままゆっくりと下降していく。

「何をしとるんだ、まったく! もう少し気付くのが遅かったら、お前さんたち、時計塔のになるところだったぞ。リックもリザも、まだまだ修行が足りん!」

 地上に降り立った瞬間、聞き覚えのある怒鳴り声がリックの耳に響いた。彼らを待ち構えていたのは、腕組みをして、仁王立ちしている人物。

「し、師匠⁉ なんでここに⁉」

 リック以外の四人も、突然の対面に言葉を失っている。エビナンスは、呆けている場合か、と五人に言うと、ふと安堵のため息を吐いた。

「とにかく、今は安全な場所に移る。説明はそれからだ。…怪我人もいることだしな」

 エビナンスがそう言って、後ろを振り返った。リック達も釣られて視線を移すと、彼の背後には頭から血を流しているマキナと、彼女の背におぶさり、意識を失っているエレナの姿があった。



「リック様! ご無事でしたか!」

 エビナンスに案内され、リック達が辿り着いたのは、懐かしいムーギーの家だった。玄関で一行を迎え入れたムーギーの声を聞いて、奥からモーイも顔を出し、安堵から涙を滲ませる。リックも、嬉しそうな声を上げた。

「ムーギーさん、モーイさんも! 無事だったんですね⁉」

 再会の感動もそこそこに、リック達はリビングに通された。意識の戻らないエレナは、奥の部屋で寝かせてもらい、マキナが付き添うという。他の皆がソファや椅子に腰を下ろすと、エビナンスはやれやれとため息を吐いた。

「事前に風の魔法で防壁を張っていて、正解だったな。ラルゴの忠告があったとはいえ、まさか本当に生命の魔法を手に入れるとは。宮廷魔法使い風情が、大それたことをする」

 沈み切った部屋の雰囲気には、場違いなほど落ち着いた物言いだ。それに、こうなることを知っていたかのような。リックはたまらず、逸る気持ちを吐き出した。

「師匠、一体どういうことですか? それに王都もこんな状態だし、一刻も早く奴を止めないとまずいんじゃー」

 しかし、エビナンスはあくまでも冷静に、そう慌てるな、とリックを窘める。

「冷静さを欠けば、勝てるものも勝てなくなる。わしがマキナという娘から聞いた話は断片的なものだから、まずはお前さんの方から、式典で何があったのかを話せ」

 リックはエビナンスに言われた通りに、レジスタンスのアジトに囚われてからのことを話し出した。途中、リリアの話をするか迷ったが、それに関しては、彼女自身の口から語られた。彼女が話している間、エドガーたち三人は何も言わず、ただ黙って聞いていた。きっと、思うことはたくさんあるのだろうが、ここで深掘りして、話の流れを止めてしまう事の方が憚られたのだろう。

「―そういうわけで、ルーインはカイの身体を乗っ取り、雷の魔力と、生命の魔法の力も手に入れました。長たちは僕らを逃がすために、スロウト王と一緒に残って…」

 最後は言葉を詰まらせながらも、リックは今までの出来事を話し終えた。エビナンスはしばらく考え込み、なるほどな、と眉間に皺を寄せた。

「わざわざ兵士を操ったということは、恐らく、奴の体はまだ完全な状態ではないのだろう。それに、常人より魔力の量が多い長たちも、すぐには殺さないはずだ。となれば、時間は長くはないが、まだ残されているし、手詰まりではない。単純に、その装置を壊しつつ、奴を叩けば即解決だ!」

 力強いエビナンスの言葉だったが、部屋の雰囲気は相変わらずだ。誰もが目を伏せ、口を閉ざしている。エビナンスは、まあいい、とため息を吐いてから、再び口を開いた。

「現状は理解した。それならリック、次はお前さんの疑問に答える番だ。十五年前、スロウトに何が起きたのか。そしてラルゴがなぜお前さんをわしに預けたのか、全て話そう」

 

 

 二十年前、レナを見初めたのはフレイルではなく、若くして国の外交を任されていたスロウトだった。当時のエビナンスは部隊の第一線は退いていたが、まだ王都に暮らしており、二人の話はフレイル王から直接耳にしていた。結婚に反対していたのはフレイルの方で、カイが生まれるまでの経緯は、ルーインが話していた通りだった。幾度となく衝突していた二人だったが、死の間際、フレイルも孫の顔を見たくなったのだろう。二人を王宮に呼び、結婚を許す気でいたらしい。

「―だが、その日の夜に二人を乗せた馬車が何者かに襲撃された。当時は、王族の体裁を気にする連中が多くてな。フレイルが亡くなったこともあり、騒ぎが大きくなるのを恐れ、捜査を続けることも出来なかったのだ。結局、野盗に襲撃されたのではないか、という結論に至った。スロウトだけは、事件の捜査を続けるように言っていたが、聞き入れられることはなかった。カイルの遺体が見つかっていなかったことからも、我が子は生きているかもしれないと、希望を持っていたのかもしれん」

 ぽつりぽつりと語るエビナンス。リックは、胸の奥が苦しくなった。ルーインの計画の所為で、カイは母を殺され、自分の父親を憎み続けることとなった。スロウトも、自分の息子と気付かないまま、レジスタンスを潰そうとしていた。ただ家族との幸せを願っていた彼らが、なぜそんな目に逢わなければいけないのか。

「これが、二人についてわしが知っていることだ。もう一つ、ラルゴがお前さんを預けた理由だが…、リック、あの短剣は持っているな?」

 不意にエビナンスがそう言って、手を差し出してきた。リックはすぐに、それが母の形見を指している事に気づき、腰から短剣を抜き、ごつごつした祖父の手に渡す。エビナンスは剣を鞘から抜き、刃を光にかざした。錆び一つない鋭い刀身が、淡い緑の光を放つ。

「前にも言ったが、これはリンデル、お前さんの母親の形見だ。初代風の長から、フォール家が受け継いだ。そして、もう一つ、この剣には、魔法を断ち切る特別な力がある。死の間際、リンデルは、お前にこの剣を託すように伝えたのだ」

 リックの母であるリンデル・フォールは、ラルゴ、リザと共に活躍した魔法使いの部隊ソル・セルの一員だった。魔法に関してはエビナンス譲りの天賦の才があったが、生まれつき病弱であるという欠点があった。そのため、同期であるラルゴと結ばれると、早々に部隊を退き、王都で暮らしていたという。

「わが娘ながら、よくできた子だった。第一線で活躍できなくとも、王国の平和を守る為に後進の育成に協力をし、訓練にも顔を出したりしてな。結婚から二年程して、お前さんを身籠ったんだがな…」

 当然、出産は彼女の命に危険が及ぶ可能性があった。しかし、彼女は頑として、愛する人との子どもを望んだ。結果、出産の末にリンデルはかなり憔悴し、任務から帰ったラルゴが病室に着いた時には、すでに意識も朦朧としていたという。ラルゴは彼女の手を握って懸命に治癒魔法を施し、妻の名を何度も呼び続けた。すると、彼女は一度だけ意識を取り戻し、夫に言った。


『この子が十五歳になる時に、この国に大変なことが起こる。断ち切るには、剣とこの子の力がいるわ。お願い、この子を守って。私たちの大切な、リッキンドル。リック、ラルゴ、愛してる―』


「それが、リンデルの最後の言葉だったそうだ。なぜそんなことを言ったのか、正直、わしには分からんし、最初は信じられなかった。しかし、風の魔法を極めた初代様は、風を読む、つまり、未来予知のようなことが出来たと言われているから、もしかしたら、風の魔力の導きかもしれん」

 それと時を同じくして、例の襲撃事件が起き、ラルゴも王宮内部に不穏な動きがあるのではないかと考えた。彼は妻の最期の言葉を信じ、時が来るまでリックに危険が及ばないよう、隠居していたエビナンスに幼い息子を託したという。そして、この話は彼ら三人だけの秘密となっていた。敵側への情報の漏洩を防ぐことと、関わった人間に危害が及ぶことを防ぐために―。

 エビナンスが語る話を、リックはどんな顔をして聞けばいいのか分からなかった。父が自分を遠ざけたのは、自分を守るためだった。本当は、自分のことを愛していた。

「―だが、わしはどうしても奴の考えに納得が出来なかった。リンデルの言葉を疑うわけではないが、母親のいない子供を、父親自らが遠ざけるなど…」

 言葉を詰まらせたエビナンスが、リックに視線を向けた。

「一度だけ、奴は再三の呼び出しでムラエナを訪れたが、お前さんには、その時の言い争いを聞かれてしまったな。当時はレジスタンスの出現もあり、リックがいたら心配で任務に支障が出かねないと、奴は引き取ることを拒んだ。恐らく同時期には、スロウトと共に王国、王宮内部の不穏分子についての捜査を進めていたのだろう。…いかんせん、口数の少ない男だから本心は伝わりにくいが、あいつはあいつなりに、お前さんを大切に想っていたんだ」

 一通りの話しを終え、エビナンスは深く息を吐いた。誰も何も言えず、沈黙が流れる。しかし、オストロがいきなりソファから立ち上がり、何なんですか、その勝手な話、と声を荒らげて静寂を破った。誰もが驚いて、彼を見つめる。

「たとえ大切に想っていたとしても、リックは母親が死んだのは自分のせいだって、ずっと苦しい想いをしてきたんすよ⁉ それでも、父親に認められたいって、こんな自分でも誰かの助けになれたらって魔法使いの部隊ソル・セルに入って…。最初からその話をしていれば、こいつが苦しむこともなかったのに!」

 興奮した様子で、一気にまくし立てるオストロ。エドガーが、落ち着け、と彼の肩に手を掛けた。オストロはまだ何か言いたそうだったが口を閉ざすと、勢いよくソファに腰かけた。エドガーはため息を吐いて、エビナンスに視線を向ける。

「エビナンス様。僕らも正直、リックの友人として水の長には腹が立っています。もちろん、何も知らない僕らが首を突っ込むべきではないことも、子どもの浅い考えだと思われることも承知です。でも、もっと別の方法があったんじゃないかとも思うんです。水の長は、周りの人間にもっと頼るべきだった」

 エドガーの言葉に、今度はシエラが力強く頷いた。

「私も、二人と同じ気持ちです! 迷惑かけるかもなんて、遠慮される方が傷つく。苦しんでいたことに気が付いてあげられなかったな、とか、本当は信頼されていなかったんじゃないかな、とか、いろんな事考えちゃうし。そんなすれ違いはすごく悲しいし、悔しいって思います」

 その言葉に、リリアが不安げな表情を見せた。しかし、シエラは一呼吸置いて、更に言葉を繋いだ。

「でも、例えすれ違っちゃったとしても、それに気付けたのなら、また手を掴みに行けばいい。それは他でもないリックと、リリーが教えてくれました」

 そう言ったシエラの視線と、リリーの視線がぶつかった。リリーは少し躊躇う様な仕草を見せたが、意を決した表情で立ち上がる。

「わ、私は! …さっきも言いましたけど、ずっとみんなを騙し続けていました。本当の事が言えず、カイたちに協力して、たくさんの人を傷つけてしまった。それでも、リックは手を差し伸べてくれた。自分自身でさえ諦めていた私の事を、諦めないでくれました。都合のいい話だってことは分かっています。だけど私は、今度こそ本心から彼の、みんなの仲間になりたいって思ったんです。だから、分かり合うことに遅すぎるなんてないって、私は信じたい」

 今までになく堂々としたリリアの言葉に、シエラも、エドガーも、オストロも、少しだけ驚いた表情になった。その後で、自然と三人は顔を見合わせ、思わず笑みを交わす。

 一方で、当のリックは四人の想いを聞いて、胸の辺りがくすぐったいような、何かが詰まったような、そんななんとも言い難い感覚がしていた。しかし、それは不思議と嫌なものではなく、暖かな春の空気を胸いっぱいに吸い込んだ時のような、じんわりと体に染み渡る心地よさを感じるものだった。

 ずっと黙っていたエビナンスも何故か嬉しそうに目を細め、穏やかな口調で言った。

「…良い仲間を持ったな、リック。お前さんの顔つきも、変わる訳だ」

 予想外の言葉に、リックはエビナンスを見た。他の四人も、彼に視線を向ける。

「全くもって、お前さんたちの言う通りだ。他にいくらでも方法はあった。ただあいつは不器用で、頑固で、何でも一人で抱え込もうとする。その分、性根は真っ直ぐで、優しい男なんだがな…」

 エビナンスは困ったように目を閉じて、言葉を続ける。

「本当の事を言えば、このことで一番責任があるのはわしだ。ラルゴとの言い争いを聞かれ、お前さんが勘違いをしていたのに、わしはそれでもいいと思った。嫌われていると思っていれば、わざわざ父親の元に行こうとは思わないだろうと。だが、お前さんはむしろ父に認められたいと魔法使いを志した。…わしは、今度はその夢を奪う事が出来ず、結果として、辛い思いをさせてしまった」

 エビナンスは瞳を開け、真っすぐにリックに向き合った。

「本当に、すまなかったな、リック。愚かな祖父を、許してくれとは言わん。ただ、ラルゴがお前を大切に思っていたことは、本当だ」

 そう言ったエビナンスの顔は、師弟となる前の幼い頃にリックが見た、優しい祖父の表情だった。リックはしばらく言葉が出てこなかったが、ふっと息を吐いて口を開いた。

「ここで言うのはおかしいかもしれないけど、みんな、ありがとう。師匠―おじいちゃんも。確かにずっと辛かったけれど、僕はそれ以上に、この道を選んで良かったって思ってる。だって、この道を歩いてきたから、みんなに出会えた。父さんと母さんの想いが分かった今はなおさら、魔法使いの部隊ソル・セルの一人として、僕はみんなとこの国を守りたい」

 それが、リックの素直な気持ちだった。エドガーとオストロはそっぽを向いて、気恥ずかしそうに頭を掻いた。シエラとリリアは、お互いに顔を見合わせて笑顔になる。エビナンスは珍しく目頭を潤ませながら、そうか、と噛みしめるように何度もつぶやいていた。



 モーイが用意してくれた食事を食べ、今晩はひとまず休むことにした。エビナンスの言う通り、ルーインにも時間が必要なのか、すぐに何かを仕掛けてくる気配はない。

 リックは食事を持って、マキナとエレナがいる部屋を訪れた。部屋の中に入ると、ベッドに眠るエレナの様子を見守るマキナの姿があった。彼女に食事を渡すと、少し疲れた表情で、ありがと、とお礼を言う。リックは、それと、とポケットから小さな宝石を取り出した。

「僕を気絶させた時は、カイの雷の魔力が蓄積されていたんですね。一応、返しておいた方がいいかなと思って」

 しかし、リックの申し出にマキナは首を横に振った。

「それは君が持っていて。その石に溜めてある魔力は純粋なエネルギーに変換されているから、風の魔法の強化にも使えるわ。あたしより君が使った方が、ルーインをぶっ飛ばせそうだしね」

 最後の方は忌々しそうに言って、彼女はエレナに視線を向けた。意識を失ったままの仲間を見つめる横顔には、怒りが滲んでいる。リックは素直に宝石をポケットに戻し、部屋を出て行こうとしたが、ふいに立ち止まる。

 彼は振り返り、ずっと気にかかっていたことを尋ねた。

「僕とリリーがアジトから逃げようとした時、地上までの道を教えてくれたのって、マキナさんですよね?」

 突然の質問にマキナは、藪から棒にどうしたの、と返したが否定はしなかった。リックは自分の考えを話し続ける。

「あの通路、あなたの魔法で作ったってリリーに聞いたんです。それなら、道順を教えることも出来るのかなって。でも、どうして助けてくれたのかは、分からなくて…」

 彼女はすぐに答えず、黙ってエレナの寝顔を見詰めていた。しばらくして、リックの方を見ることなく、呟くように口を開いた。

「…自分でも、よくわからない。ただ君と初めて会った時、面白いと思うのと同時に、君なら私たちを止めてくれるかなって、思ったの」

 マキナは、そっとエレナの顔にかかった前髪を整えた。まるで、妹を世話する優しい姉のような仕草だ。リックが黙していると、彼女は自分の想いを語りだした。

「あたし本当は、カイが言うような理想の世界とか、どうでもいいんだ。そりゃ、みんな幸せならそれに越したことないけど。でも、私にとって、一番大切なのは家族だから。エレナもカイも、血は繋がってないけど小さい時からずっと一緒だった。ずっと前から二人とも、あたしの大切な家族。でも、レジスタンスとして動き始めてから、カイは理想に向かい、エレナはそんなあいつの後を追うようになった。自分達が傷つくことも気にせず、真の平和のためにってね。‥‥あたしは、二人と一緒に歩いているようで、本当はずっと違うことを考えてたの。二人が幸せなら、世界なんてどうだっていいって。でも、志が違えば、道は違えるもの。私は二人にバレないように、わざと明るく振る舞って、本心はずっと隠したままだった」

 懺悔するような、マキナの独白。リックは掛ける言葉が見つからず、その場に立ち尽くしてしまった。カイの憎しみも、虐げられる痛みも知っているからこそ、彼女も二人を止められず、苦しんでいたのだろうか。

 マキナはそこでぐるりとリックの方を振り向いて、なんて顔してんのよ、と、いつもの調子でニッと口の端を釣り上げた。

「本当にお人好しだね、君は。夜が明けたら行くんでしょ? 君も、早く休みなよ」

 そう促され、リックは素直に頷いた。しかし、扉を閉める直前に、マキナさん、ともう一度振り返る。

「僕は、あなたたちも助けたい。レジスタンスも、魔法使いの部隊ソル・セルも関係なく、これは僕の想いです。だって、この国を良くしたいって想いは、同じはずだから」

 呆気に取られるマキナを残して、おやすみなさい、とリックは扉を閉じた。リビングに彼が戻ると、リリアがエドガー、オストロ、シエラに話をしていた。リックは思わず足を止め、四人の会話に耳を澄ます。

「―みんな、改めて、本当にごめん」

 リリアはそう言って、深く頭を下げた。エドガーとオストロは、どう答えればいいのか分からず、顔を見合わせる。しかし、シエラは険しい表情で、リリアに近付いていった。先ほどの会話から大丈夫かと思っていたリックだったが、シエラがやはり怒っているのではないかと、一瞬ヒヤッとした。リリアも表情を強張らせて、彼女を見つめる。

 しかし、それは杞憂に終わった。シエラは突然リリアを抱きしめ、泣き笑いのような表情で言った。

「いい、許す。友達だから! でもごめん! 友達なのに、気付けなかった…」

 シエラの声は、少しだけ震えていた。リリアも瞳を潤ませ、口をぎゅっと結び、彼女の身体を抱きしめ返す。二人の様子に、男子三人は顔を見合わせて、ほっと安堵のため息をついた。不安も心配も、消えるわけではない。脅威は正しく、目前に迫っている。それでも、不思議と恐怖はなかった。信じられる仲間がいる、それだけで十分だ。

  

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