《10/日常の捨て方》
「あれ、柊羽君じゃん!」
校門にさしかかると、これ見よがしなエンブレムの車が駐車していた。
そこから顔を出した、唯の母親の瑞希さんがおれに手を振る。
なんで瑞希さんが?
一瞬、登校時に唯に抱いたのと同じ『なんでここに?』という疑問が浮かぶが(またもや、おれは今しがた地球に降り立ったような顔をしてたのだろうか?)、今度はすぐに合点がいく。唯を迎えに来たのだろう。
「柊羽君、ずぶぬれじゃん、どしたの?」
「いや、暑くて」
瑞希さんが車から降りてくる。
「あれ、そのシャツ、女ものじゃない?」
「はぁ、間違えて姉のを着てきてしまって」
いもしない姉のシャツ。
……もし、種市がおれの姉だったら?
いや、そんな素敵な妄想はやめよう。
「柊羽君、服はちゃんとしないとダメだよ? 人間は洋服の価値を纏う存在なの!」
面倒くさい哲学。別にファッション関係者でもない彼女だが、不思議と拘りがあるようだった。
以前、唯の両親と食事をしたことがあるが、瑞希さんははそのときと同じように、全身をブランド品で固めていた。
それも、ブランドロゴがわかりやすく入ったものばかり。
ハイブランドとスポーツウェアを組み合わせたラグジュアリーストリートという流行のスタイルなのだと、以前唯が説明をしてくれたが、おれにはさっぱりよさがわからない。ブランドの価値が渋滞してしまっているようにしか。
いや、別にファッション自体はなんだっていいはずなんだけど。
おれの返答を聞いて、瑞希さんは手を叩いて笑った。
「え、水かぶったってこと? ウケるね」
「……ウケてよかったです」
「若いっていいねー、この年になるとね、水かぶったら一発で風邪引いちゃう」
種市は一言も発さない。怖くて振り向けなかった。この状況に目を輝かせながらも、あえて泳がせているのだろう。
「……それはそれは」
おれは瑞希さんを目の前にすると、どうにも言葉に詰まってしまう節があった。
そのたび、瑞希さんは『高校生男子が彼女の母親に会ったら、そりゃ緊張するよね』と笑いかけてくれるが、それはずれている。
単純に、おれは瑞希さんが苦手なのだ。
唯の母ながら、ルックスから声の調子まで、妙に現役感が強いところとか。
周囲の同世代より、自分の方が美人だと自覚していそうな割に(正直、唯よりも断然きれいではあるのだ)、フォロー待ちの妙に年寄めいたことを言ってくるところとか。
純粋に、テンションが高い割に話していてただひたすらにこれっぽっちも面白くないところとか。
体温が36℃の娘の親であり、この人自体も36℃だからかもしれない。
「あの子は? お友達?」
「あの子って」
種市だ。
距離をとり、にやにやと笑顔を浮かべてこちらを窺っている。
瑞希さんは笑顔を崩さなかったが、明らかに種市をけん制するような声色だった。
彼女もまた、世間の人間と同じように、種市をおかしいやつだと感じたはずだ。
客観的に考えてみても、おれと種市は無関係の距離感にはない。
娘の彼氏が別の女子とも仲良くしていると勘違いし(それがたとえ、初号機に似た185センチの女の子だとしても)、睨みを利かせたのかもしれない。
お友達?
ずいぶんと嫌味な言い方だ。
種市がおれの友達なんだとしたら、友達ってなんなんだろうな?
「まぁ、クラスメイトというか」
「柊羽君。唯は一緒じゃないの?」
「唯は、長谷川と、カラオケに……」
おれが言いかけたところで、今まで黙っていた種市が待ってましたと言わんばかりに口を挟んできた。
「田原唯さんのお母さん? ですね?」
種市なら、さっきの出来事を瑞希さんにバラすにきまっている。
どうする。理屈なんか通用しないだろう。
最悪、種市の口に泥をつめて埋めるしかない、などという物騒で不可能で非現実的な発想まで生まれてしまう。
……いや?
もっと簡単な方法があるだろ?
唯を見捨てればいいんだ。それだけ。
「簡単にそれができりゃ苦労しねぇよ!」
そうだ。
簡単に日常を捨てることはできない。
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