第4話

 三日後。


 デアがクエストを終えると、ギルドのカウンターに再びクレスクントの姿があった。


「やあ、デアさん。久しぶりだね」

「……なんの用ですか?」


 露骨に冷たい態度で返す。

 しかしクレスクントは穏やかな態度を崩さない。


「また、ちょっと話せるかな?」

「……」


 デアとしては、別に話したい事などなかった。

 むしろ二度とクレスクントと会いたくなかった。


(断っても、しつこく何度も来るかもしれない……。

ここはちゃんと話を付けよう)


 デアは静かに頷き、またクレスクントと二人で裏口へと向かった。


 外に出ると、クレスクントは小さなガラス瓶を取り出した。


「手の傷、痛そうだね」

「……っ! 誰のせいで……!」

「僕もね、君に刺された傷が痛むんだ」


 そう言い、左肩の傷を見せた。


「結構深くてね、しばらく片手が使えない」

「……また脅迫ですか?」

「心外だね。僕は君を助けに来たんだよ」


 手に持った小瓶を目の前に差し出す。


「これは魔法薬。瞬時に傷を治せるんだ。でもとても高価なものでね。これっぽっちしかない」

「治したらいいじゃないですか。自分の傷を」

「いや。僕はできれば君に使いたい」


 そう来たか、とデアは心の中で呟いた。

 手を治す代わりに、自分の弟子になれと言うのだろう。

 そう考えた。


「その手には乗りません」

「ん?」

「私はあなたとの約束を守りました。傷は不慮の事故です」

「そうだね」

「だから、そんなもので私に交渉しても無駄ですから……!」


 キッ! と力強い目線を向ける。

 デアとしては、なんとしても断りたかった。


 危険な事などしたくない。

 ただただ平凡に、平穏な生活を送りたい。

 そんな強い意志の現れだった。


 しかし、彼女の態度にクレスクントはキョトンとした顔をしていた。


「君は勘違いしているね」

「え……?」

「この魔法薬は、タダで君にあげるつもりだよ」

「え、タダ……?」

「そう、タダでね」


 その言葉とは裏腹に、クレスクントはとても大事そうに小瓶をギュッと握る。


「でも一つだけ心配なんだ。この薬はとても強力でね、それこそ大体の病気も治せる」


(え!? 病気も治せる……?)


 デアの頭に、しばらく病気を患っている母親の顔が浮かんだ。


「君はきっと優しいから、これを渡したら他の人に使ってしまうかもしれない。僕はね、それが心配なんだ」

「……」


 思わずデアは顔をしかめた。

 図星である。


「今から君に、この魔法薬を渡す。だから約束して欲しい。必ず自分の手を治すために使うと」


 怪しい話ではある。

 しかし、母の病気を治せるチャンスだった。


 デアの母は、もう二年ほど原因不明の病気を患っている。

 様々な治療を試して来たが、いまだに良くならない。


(この魔法薬なら、もしかしたら……)


「わかりました、クレスクントさん。約束します」

「ありがとう。じゃあ両手を出して。落とさない様にね」


 言われた通り、デアは両手を出した。

 その上にクレスクントが魔法薬を置いた……その瞬間。


 バリンッ!


 小瓶が割れ、中身の液体がデアの手のひらに広がった。


「あっ……」


 唖然としている間に右手の傷はみるみる塞がっていき、元の真っ新な手に戻っていた。


「あらら、瓶にヒビが入ってたみたいだ。

でも丁度良かった。約束通り、君の手は治ったからね」

「え、え……?」


 突然のことに困惑するデア。

 そんな彼女を嘲笑うかの様に、クレスクントは言葉を続ける。


「ところで、権利書の話だけど。結果から言うと……ダメだったよ。僕の傷を見た王様がとても興奮してしまってね。君を立派な剣士として育てるよう、命令されてしまったんだ」


 デアは呆然とした顔で立ち尽くす。


「王宮から何人か見に来るらしいから、今日は広い場所でやろう。いいね?」


 ………


 ……


 …


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


【デア視点】


 その後のことを、私はあまりハッキリとは覚えていません。


 訓練所にはたくさんの男の人達がいて、みんな口元に笑みを浮かべて私を見つめていました。


 クレスクントさんは、みんなが見ている前で何度も何度も、私に激しく剣を打ち付けました。

 

 彼の体力は尽きる事なく、私の意識が数回飛びそうになっても止めてはくれませんでした。


 それどころか、周りの男の人達も興奮した様子で自分の剣を取り出し、技を見せ付けて来ました。


 クレスクントさんとのレッスンが終わると、休む間もなく他の人の相手をする事になりました。


 みんな我を忘れ、獣の様に私を攻め立てました。

 それをひたすらに受け止め続け……終わる頃には、私はみんなの返り血でドロドロに汚れていました。


 とても満足そうな男の人達の顔を見て、私もどこか……悦びを感じていたのを覚えています。


 ごめんね……ルードス……。

 明後日はデートなのに……私……知らない人達と一緒に、こんなことに夢中になって……。


 でも、私がルードスのことを好きな気持ちは変わらないから……。

 どんなに私が達人になっても……絶対に。

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