第2話

【デア視点】


 久々のデートから数日が経った。

 結局あの日は手を繋いだけで、それ以上の進展できずに一日を終えてしまった。


 ああ……なんてこった。

 頑張ったんだけどなぁ……かなり頑張った。

 

 いつもより念入りに髪を整えたし、服も大人っぽいのを選んでみた。

 ギルドのお姉さんから化粧をたくさん教わったし、ちゃんとその成果を発揮出来てたと思う!


 なのになぁ〜。

 なんで先に進めないかな〜……。


 ……。


 いやいや、焦るな焦るな。

 これからじゃないか。


 そもそも、手を繋げたってだけで大勝利では?

 半年間、何もなかったんだし?


 今はこれでオーケーにしとこう……!

 なかなか休みが合わないからって、焦ってはダメだ。


 そんなモヤモヤを抱えながら、私は今日の依頼クエストを終えた。


 ギルドに報告に戻ると、受付に見知らぬ人が立っていた。


「初めまして、僕はクレスクント。君が、デアさんだね」


 中性的な見た目の男の人だった。

 なんで私の名前を知ってるんだろう?


「そうですけど……何の用でしょうか?」


 柔らかい物腰に、穏やかな雰囲気。

 剣を装備しているけど、この人戦えるのかな……? 

 想像できない。


「あまり周りに聞かれたくない話なんだけど、ちょっといいかな」


 そう言って、裏口を指差した。

 どういうこと? とは思うけど、危険な人じゃなさそうだし。

 とりあえず話だけでも聞いてみる事にした。


 ………


 ……


 …


「これ、何だか解る?」


 裏口に出ると、クレスクントさんは私に一枚の紙を見せてきた。

 

「何かの権利書……ですか?」

「そう。ここ、よく見て」


 彼が指差した先、そこには王様の印鑑が押されていた。


「近頃、この国が若い戦士の育成に力を入れてるのは知ってるよね」

「え、それが私と何か関係が……」


 なになに……?

 何なの?


「君を剣士として育てたいんだ」

「え……?」


 一体どういうこと?

 剣士? 私を?

 

「言ってる意味がわかりません……」

「僕は、こう見えて剣術の師範をやってるんだ」


 師範? 

 こんな若い人が?


「この用紙はね、才能ある者を自由に弟子に引き抜ける権利書なんだ。

君には秘めたる才能がある。僕の弟子になって欲しい」

「そんな、急に言われても困ります」


 冒険者をやってはいるけど、私は採取専門。

 戦ったことなんて一度もない。

 

 まあ、運動神経には多少自信あるけど……。

 見た目大人しそうなのに〜! ってよく言われる。

 でも剣士だなんて……別になりたいとも思わない。


「わざわざ声を掛けて頂いて悪いんですけど、私……」

「最初に見せたよね? 国王の押印」


 え……?


「これは国からの命令なんだ。断れば、王に反くことになる」

「そんな!」

「王に反くとどうなるか。

反いた本人はもちろん、その周辺の人も反逆罪に問われる。

国家に牙を向く、仲間かもしれないってね」

「っ……!?」


 それって……脅迫してる?

 めちゃくちゃだ!

 全く意味がわからない。


「デアさん、そんなに嫌な顔をしない欲しいな。

脅したいわけじゃない。君に、自分の才能に気づいて貰いたいんだ」

「!?」

 

 いつの間にか、彼は私のすぐ隣に移動していた。

 全く気が付かなかった。さっきまで正面にいたのに。


「デアさん、一回だけ試してみない?

一回だけ稽古を受けてくれれば、それで王と話をつけるよ。

『僕の見当違いだった』ってね」


 近い近い近い。

 ちょっと動いたら、お互いの肩がぶつかりそうだ。

 

 でも不思議だった。

 見知らぬ男の人にこんなに接近されながらも、嫌悪感よりも恥ずかしさが勝っている。


 相手の顔が良いからかな……?

 私って、実は面食いだった……?

 

 そこでふと、ルードスの顔が頭をよぎった。


 ……一旦、落ち着こう。

 私はいま、かなりやばい状況なんだ。


「いつ、私の事を知ったんですか?」


 そもそも、そこが疑問だ。


「つい数日前だよ。そうだね、彼氏とデートをしている時かな」

「……」


 魔法具バザーに行った日?

 それしかないだろう。


 でもクレスクントさんみたいな人なら、見かければ記憶に残りそうだけど。


「一回だけ。体験レッスンだと思って、気楽に稽古を受けて欲しい。

たったそれだけだよ」


 あまりにも勝手な話だ。

 とても許せるものじゃない。


 私の事は、チラッと見かけたくらいなんでしょ?

 それで『才能がある』って、何を言ってるの?


 わからない……。

 意地でも私を剣士にしたいという執念。

 何が彼にそうさせるのだろう……。


 オーケーしたくない。

 たったの一回、その数時間でさえこの人に費やしたくない。


 でも。

 でも……。


 それ以上に、私の感情で他の人を巻き込みたくない……。

 お父さんやお母さん、それに……ルードスも。


 手が痛い。

 気がつくと私は、信じられないくらい強い力で拳を握りしめていた。


「わかり……ました」

「うん、ありがとう。デアさん」



 この後すぐ、私はクレスクントさんの元で剣術の稽古する事になった。


 一回だけ……。

 たった一回だけの辛抱なんだ。

 そう、何度も心に言い聞かせた。

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