エピローグ スカムバック・アウトソーシング

 結局のところ、自分はなんのために働いているのかとメタルヨロイは思わずにいられない。


「つまり、最初からそういう作戦だったってコトだろうね。大統領が一人で組織を壊滅させて終わり。本来ならアタシたちは、残党狩りが主な仕事だったんだ」


 病院のベットでエグゼキューターがそう語る。相変わらずデスクトップを背負い、忙しそうに両腕のキーボードを叩きながら。彼女は今、メタルヨロイの強化設計図を絶賛作成中なのだった。

 メタルヨロイの装甲やエグゼキューターの義手メタルアーマーなど、機械の換装は完了しているものの、生身の肉体はそう簡単に治らない。激戦から一週間明けた今も、彼女は病院生活を余技よぎなくされていた。


『いや、ていうか総理大臣が最前線に出たらダメじゃない……?』


 御神酒坂蛮儀おみきざかばんぎは、その後も凄まじい勢いで残党を狩りつくし、拘束し、十分も経つ頃にはまた別な現場へと飛び立っていった。

 今頃はまた、どこかで悪党を震え上がらせているのだろう。それ以上のことは良く知らない。というより、不死身の血死川ちしかわすら恐怖で失神させるような漢のことなど、積極的に知りたくない。


『俺たちの頑張りって、一体なんだったんだ……?』


 結局は、総理大臣の代わりに仕事をさせられただけである。誰もが誰かの代わり――あれだけ大変な想いをしたにも関わらず、結論としてはそういうことだった。


「ま、そこは社長に一杯喰わされた感じだね。アタシらが使える商品コマってちゃっかり営業アピールして、内閣府からもお仕事頂戴! ってワケ」


『欲張りジジイめ……』


 メタルヨロイは、作戦前に社長が金が足りないと嘆いていたことに思い至る……。だとしたら、あの時すでに社長はここまで見越していたのだろうか?

 老獪ろうかいすぎて恐ろしい。


「アッハッハッハ。まぁアタシとしちゃ願ったり叶ったりだけどね。実際、すでに何件か海外の仕事を回されてるらしいし」


『勘弁してくれ……』


 メタルヨロイは頭を抱えた。国内にすら血死川ちしかわのような化物がいるというのに。海外では一体どんな危険が待ち構えているかなど考えたくもない。

 にも関わらず、エグゼキューターは鼻歌を歌い出す始末だ。


『なぁ、前々から思ってたけど……その危険に対する異常なまでの好奇心は、一体どこから湧いて来るんだ?』


「危険なほどアンタに護ってもらえる可能性が上がるじゃん?」


『タチが悪い……』


「アッハッハッハ。アタシを命の恩人にさせたのが運の尽きだったね」


 快活に笑うエグゼキューターに、ふとメタルヨロイは問いたくなった。一体、お前はなんのために働いているのかと。

 すると彼女は、腹を抱えて笑い始めた。


「アッハッハッハ! なにアンタ、もしかしてそんな下らないことでずっと悩んでたんだ!? アッハッハッハ! 繊細かよーーー!!」


『うるせぇ!! 人の悩みを笑うんじゃねぇ!!』


「あーゴメンゴメン。そうねぇ……アタシはそんなこと考えたことないし、まるで重要だとも思わないけど」


 でも、強いて言うなら――と。

 エグゼキューターはこの日、一番の笑顔を浮かべてみせた。


「アタシらみたいな委託底辺クズ野郎スカムバックの仕事が、この街をちょっとでも廻してるんだって思うと――なんか愉快じゃない?」


『それは――』


 その時。エグゼキューターのデスクトップが激しく振動し、スピーカーから緊急出動を知らせるアラートが鳴り響いた。


『緊急、緊急。死武野しぶや区内で自機崎じきざきを名乗る女が、巨大ロボットで暴れています。社員はすぐさま現場に直行せよ、繰り返す……』


「あーあ、自機崎じきざきちゃん、またやってんだ……。彼女もりないねぇ」


 そう言いつつ、エグゼキューターは楽しそうに点滴のチューブを引きちぎった。危険が近くまで迫っているとなれば、黙っていられる彼女ではない。


「一緒に行くでしょ? メタルヨロイ」


 ズルい女だとメタルヨロイは思った。返答が分かっていてそう言うのだから、心の底からタチが悪い。


『はいはい。地の果てまで着いて行きますよ……』


 どうやら平和なコンテナ運びの仕事にありつけることは、当分の間、無いらしい。



~ ~ ~ ~


『……この街をちょっとでも廻してる、か』


 それは本当に――エグゼキューターらしい答えだと思った。

 少なくとも、自分の中から出てくる言葉ではない。


 だけど――そういう答えでもいいのかもしれない。

 そう思った。




 彼はピコピコと調子外れな電子音を鳴らし、エグゼキューターの背中を追っていった。




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