11.地上最強の殺し屋

「よう。やっと来たか」


 ニシタマ・大ホールの大エントランスに辿り着いた二人は、あまりの惨状に言葉を失った。あちこちに巨大コンクリートの破片が横たわり、地面は大きく陥没している。大勢の人が倒れ伏し、うめき声がそこら中から聞こえてくる。味方の姿は無い――すでに全員撤退してしまったようだ。


おれ血死川ちしかわ雑魚寝ざこね。抹殺商会の代表取締役社長をやってるモンだ。……しかし、派手に蹴散らしてくれたよ。おれの大事な顧客も、部下共も。ほとんどたおされちまった。だが、総会だけは阻止させるわけにいかないんでね」


 喪服姿の壮年男性が葉巻をふかしながら、二人に向かって鋭い視線を向ける! 彼が腰掛けているのは、なんと……!? 血まみれの社長ではないか!?


『嘘だろ……? 社長が負けたってのか? 素手で原子力空母を解体する人だぞ?』


「そうか。道理で無茶苦茶な強さだと思ったわ。コイツは四天王を三人も倒しおった。実際規格外、とんだ化物じみた人間であった」


「……そんなに褒められと照れるねぇ!」


 その瞬間、社長の上半身が躍動ッッ!! 目にも追えない電撃ブリッジで血死川ちしかわを上空へ跳ね飛ばすッ!

 そしてすかさず手刀を構え、ガラ空きの胴体めがけて突き立てるッッ!


心臓破壊くたばりやがれッッ!!」


 一喝と同時に血飛沫が舞い、喪服が潜血に染まったッ! 致命的な一撃! 即死は免れないだろう……!


「相変わらず賢しいね、社長! まさか死んだフリして油断を誘うとは!」


「言うな! こうでもしなければ、コイツは止められん……!」


 社長の表情からは未だ油断が消えない! ……次の瞬間! 


おれの肋骨を貫通する腕力に……完璧な擬死能力とは……面白い男だ」


 馬鹿な……!? 血死川ちしかわが吐血しながら喋り始めたではないか!? その表情には不敵な笑みが浮かぶ!


「だが所詮は人の器! おれを超えることは出来ん!」


「バカな……!? 心臓を破壊されたのに、なぜ生きている!?」


「知れたこと! おれは地上最強の暗殺者! 人を殺すというただ一点について、おれは全てを理解している! であるが故に、逆説的に、ッッ!! ! !! !」


 血死川ちしかわは心臓を貫かれたまま社長の腕を掴み、腰を据えた全力の正拳突きを繰り出すッッ! 社長は為す術もなく突き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった……!


「さぁ、残るは貴様らだけだ。……すでに株主たちは議場へと収容している。邪魔者を殺し尽くした後、悠々と株主総会の開始を宣言しよう!」


「うーん、あいつ無理! 後はよろしくメタルヨロイ!」


『なにィィィ!?』


 言うが早いが、エグゼキューターは早々に内部ストレージへ避難した! それは別に良い! 彼女がそうしないなら、自分がやっていただけのこと! 問題は、ッ!


(つまり……それはってことだ! エグゼキューターが戦う前に匙を投げる相手なんか初めてだ! ヤバい!)


 血死川ちしかわはすでにメタルヨロイの懐に潜り込み、拳を振りかぶっている! 疾い! 避けられないッ!!

 DOOOOOッッ! メタルヨロイをして隕石の衝突を思わせる凄まじいインパクト! 脚部装甲が大きく陥没し、衝撃の余波が大気をビリビリと振るわせる!


『ひ、人の拳の威力じゃねぇ……!』


「どうした? 強そうなのは見かけだけか!」


 乱打、乱打、乱打の嵐が止まらない! 一秒間に十六発の拳が叩きつけられる! メタルヨロイは両腕を交差してガードしているが、徐々に壁際へと追い詰められてゆく! 一トンに及ぶ重量を物ともしない、血死川ちしかわの恐るべき膂力りょりょく


おれに殺せぬものなど何も無い! たとえ機械が相手だろうとなぁ!」


 深く息を吸って腰を屈め、腕を大きく振り上げる血死川ちしかわ! 次の瞬間、跳躍! 音を置き去りにした拳が、メタルヨロイの顔面を捉えた!


『ウォォォォォォッッ!?』


 衝撃によって壁に大きくめり込むが、さすが重オリハルコンファイバー装甲! 顔面が大きく陥没したが、致命的損傷ではない! まだ戦える!

 だが、メタルヨロイは動けない! なぜか!? 自分の拳が、血死川ちしかわを捉える光景がイメージできないからだ! それほどまでに彼我の実力差は明白……ッッ!


「……悲しいよ、おれは」


 そう吐き捨てると、彼はメタルヨロイから距離を置いた。すでに心臓に空いた穴は完全に塞がれている……! なんたる人知を超えた再生力か!?


「警視庁の底辺委託者スカムバックとは言え、ここまで辿り着いたのだ。おれは期待していたのだが……お前の弱さはなんだ? おれが世界を獲ろうって時に、最後に立ちはだかるのがお前か? この国も随分と落ちぶれたものだ」


『な、何が言いたい……?』


底辺委託者スカムバック蔓延はびこる世でなければ、今日と言う日は瞬間は永遠に訪れなかったはずだ! だが現実はどうだ!? 警察の仕事はすべて外部委託! 自衛隊は予算が付かず解体された! 故におれのような悪党が、誰にも止められなくなったのだ!」


 どんな仕事も誰かの下請け。誰もが誰かの代わりで廻る世界。それが、この国の意志。


「腐れ切った世界だ! 誰もが誰かの代わり? そんな世界など滅んでしまえ! 聞け、おれは今までに、数万人の人間を殺してきた! そこで到達した真理は一つ、この世に同じ人間など一人もいないということ! どいつもこいつも自分らしく生きたいと真剣に願っているが何もできない! ならば! おれが火種となり、世界に変わるきっかけを与えてやろうではないか!」


 血死川ちしかわは、声を上げて笑う。


「分かるだろう、世界を変えるには戦争だ! 自分らしく生きたいのならば勝ち取れば良い! 弱肉強食! 世の在り様を覆そうと思ったら、武力で解決するのが一番良い! 武器ならばおれが世界中にバラ撒いてやる! だから争え! 偽物ではない、本物の自分を勝ち取るために! 分かるか!? おれは貴様らに、脆弱な自己の殻を破るチャンスをくれてやろうというのだ!」


『狂人が……!』


「笑止! 夢を現実へ昇華せんとする志の、一体どこが狂人か! 狂人は貴様らの方よ! この腐った時代を甘受かんじゅし! 希薄な自己に寄り添って日々を送るだけの傀儡くぐつ! お前はそういう顔をしてやがる! これっぽっちの志も持たず! 漠然とおれの前に立ち塞がっているだけで! 貴様のようなクズは生涯を無為に費やして死ぬと知れ!」


 彼の言葉は事実だった。メタルヨロイはただ、漠然とここに辿り着いただけだ。

 流されるままに、成り行きで。そんな言葉がよく似合う。

 だからこそ「狂っている」とは思えても、反論のための言葉を持たない。


 自分の意志で歩くことを忘れた、がらんどうの決戦兵器。


「――ま、あのオッサンの言い分も分かるよね。アタシもどっちかって言うと、だからさ」


 内部ストレージからエグゼキューターの声が響いた。


「世界中の軍事サーバーにハッキングを仕掛ければ、第五次世界大戦もっと楽しいイベントで遊ぶことも出来る。やろうと思ったことは一回や二回だけじゃない。今だって、戦争だらけの世界も悪くないなーって半分くらい思ってるよ」


『おい!!』


「そう、その顔」


 顔を合せていなくても、エグゼキューターが笑ったと分かる。

 それだけの時間を共有してきた。


「アンタがいつもそんな顔で心配して、どんな時も護ってくれるから、アタシは狂人じゃなく天才の方でいられるんだよ」


『……』


「あのオッサンが言ってること、アタシは大体その通りだなって思うよ。戦争だらけの世界? 上等だね。でも一つだけ容認できないのは、アンタに志が無いって言ったこと」


 ガン、と自分の内側から音がする。エグゼキューターが、胸部装甲を叩く音。


「放っておけないんでしょ? あんなどうしようもない行き詰まりのオッサンでも」


『……見透かしたようなこと言いやがって』


 そう言われて、初めてメタルヨロイは思った。


 ――そうだな。

 やりたいことではなくても、やらなきゃいけないことは、ある。

 危なっかしくて放っておけないヤツは――やっぱり放っておけない。


 そもそも、楽しみ半分で戦争を起こそうなんて気が狂った連中など相手にしなければいい。自分とは住む世界が違うと割り切って、放っておけばいい。


 そんな風に生きられたら、自分はこんなところにいないだろう。


 お節介焼き。どんな相手でも、一度危なっかしいと思ってしまったら絶対に放っておけない病的なまでのお人よし。

 エグゼキューターという災害と、何年も一緒に在り続けてきた彼もまた常軌を逸した存在だった。


「じゃあ、そろそろ教えてあげなよメタルヨロイ。独りよがりの最強に「お前は間違ってるんだ」ってさ」


『バカ。そんなカッコイイことが言えるかよ』


 メタルヨロイは崩れた壁の中から起き上がると、その眼に紅い光を宿したッッ!!


『俺が言いたいことなんて、せいぜい文句の一つくらいだ……!』










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