9.The day of birth

『相変わらず無茶するよ、お前は……』


 翻野ひるや幽羅裏ゆらりを撃破したメタルヨロイ! だがその表情に勝利の余韻は無い!


「ん? なんのこと?」


『とぼけんな、腕だよ! 腕!』


 彼が示したのは、斬り落とされたエグゼキューターの腕。その断面からは、焦げた配線コードが垂れているではないか!?


 そう、彼女の両腕はサイバネティクス手術で義手メタルアームに改装されていたのだ! 右腕から垂れ落ちるのも血ではなく、人口組成流動体アークリキッドである!


『いくら義手メタルアームとは言え、使い方が雑すぎるんだよ! 腕そのものが超強力電磁石だからって高圧電流ボルテックスロッドをブッ刺して無理やり電磁石にするバカがどこにいる!?』


機転が利くフレキシブルって言ってよね。実際あれが一番確実だった。……超光学迷彩、しかも姿を完全に消せるレベルなら、相当な電力を消費するはず。つまりサイバネティクス用の超強力電磁石、バズーカ弾の破片、そしてドデカい強磁性体メタルヨロイ。そんだけあれば、人の動きを封じる程度は余裕ってわけですよ」


『意味が分からねぇ。お前の頭の中はマジで意味が分からねぇよ……』


 冷却ファンを起動させ、腕力部の熱を逃がしながらメタルヨロイは小さくため息を吐いた。


『お前は昔っからそうだよ。初めて会った時からずっとそうだ……』


 追憶。メタルヨロイの脳裏に過去の出来事が去来する……。


~ ~ ~ ~


 それはまだ、メタルヨロイが伊坂いさか鉄軌てっきという名前で呼ばれていた頃の話。


 高校一年生、夏。誰もいない教室、終わりかけの放課後。

 窓からぼんやり夕焼けを眺めていると、目の前を女子高生が落下していったッ! バカなここは二階ッ!! つまり――飛び降り自殺だッ!


 彼は急いで階段を駆け下りた! 急げば間に合うかもしれない!その一心で疾走!


 だが、いざその場に辿り着けば女子高生が一人、仰向けになって夕焼けを見送っているだけだった。しかも彼女はクラスメイト。超天才にしてドが付くほどの問題児、星坂ほしさか凪子なぎこだった。


「……いま上から落ちてったの、星坂?」


「そうだよ?」


「そうだよ? じゃねぇ! なんなの!? いきなり飛び降り自殺するって何……何!?」


「自殺じゃないって。ほら、五点回転着地って知ってる? ちゃんと衝撃を逃がしながら地面に転がれば無傷ってヤツ。ほら、実際にかすり傷程度で済んだでしょ?」


 言いながら彼女は、その場でくるっと回った。セーラー服は無残にも引き裂かれて血もにじんでいるが、どうやら骨は折れていないらしい。


「いや……? だとしても、なんで急に屋上から飛び降りる必要が……?」


 ふと少年の脳裏に浮かんだのは、星坂がクラスで孤立している姿。

 彼女は何においても常人離れした才能を発揮する。ゆえに、彼女を疎ましく思う人間は一人や二人ではない。

 そういう連中に追い詰められての行動か? ――と彼は思ったが、答えは全く違っていた。


「暇だから」


「え? なに?」


「ほらアタシって、なんでも出来るじゃん? 昔っからね、目に映るものがどういう風に成り立っているのか一瞬で分かってしまうワケですよ」


「? 凄すぎて意味が分からん」


「そうなると逆に「自分は何が出来ないのか」ってことを知りたくなるんだな~、これが」


「うーん……。自分探しってことか?」


「そうかもね。人間として生まれた以上、全知全能はありえない。アタシにも出来ないことがあるはずなんだよ。それが分かって初めて、私はようやく本当の自分ってヤツになれるのよ」


「……普通じゃないよ、お前は」


「言われなくても知ってるよ。アッハッハ」


 少女がケタケタ笑う一方で、少年の表情は曇っていた。


「まぁ、どうでもいいけどさ……お前の行動はいちいち危なっかしくて見てられないから、そういうのは学校以外でやってくれ。俺は心配性なんだ。心臓に悪い。頼むぞマジで……」


 一方的に言い捨てて、少年はその場を去った。

 後には、ニヤリと頬を釣り上げる少女が残された。


「頼むぞって言われるとイタズラしたくなるんだよね。ちょうど自機崎じきざきちゃんと違う学校になって退屈してたんだよね~」


 これがメタルヨロイと、後にエグゼキューターと呼ばれる少女の出会いだった。


~ ~ ~ ~


 星坂はそれから三年間、伊坂を巻き込んで様々な事件を引き起こした。


 学園祭総力戦! クラス対抗運動決戦! 生徒会役員戦争! 地獄のサバイバル修学旅行! 語ればキリが無いほどに、事件に満ちた三年間。


「勘弁してくれ。お前と一緒にいると生きた心地がしない……」


 と、伊坂は巻き込まれる度に頭を抱えたが、なんだかんだ言いながらも星坂の側で蛮行を見守るのだった。


 伊坂を巻き込んで遊んでいく内、星坂にある疑念が湧き上がる。


(なんでコイツは、身をていしてまでアタシを守ろうとするんだろう?)


 星坂は全ての危険を――目に映るものがどういう風に成り立っているのか瞬時に正しく理解し全てを正解に導く。それを簡単に成し遂げてしまうのが星坂凪子という存在だ。それは、彼も知っているはずだ。なのにわざわざ、星坂の前に立って危険を肩代わりしようとする。


「しょうがねぇだろ。体が勝手に動いちまうんだから……」


 (馬鹿なのかな?)


 星坂はそう思った。

 疑念は新たな疑念を生む。


(この人は、どこまで私を心配するんだろう?)


 その答えが知りたくて、もっと危険な遊びに首を突っ込みたくなる。

 自分の限界を知りたくて。

 もっと心配をかけたくて。


 結論として、どんな危険が迫ろうと彼は護ってくれるというが分かった。

 そういう風に答えが出た。結論が出た。

 なのに、気が付いたらこの関係を辞められなくなっている自分がいる。


(やばいなぁ、依存だなぁ)


 他人を心の拠り所にするのは危険だと本能が叫んでいるのに。

 分かっているのに、辞められない。

 気が付けばいつも、伊坂を巻き込んでいる。


 天才ゆえに他人の存在が不要な彼女にとって、護られるという経験はあまりにも贅沢だったのだ。

 庇護欲――とでも言うべきか。


 気が付けばもう、伊坂のいない生活など想像も出来なくなっていた。


「なぁ……さすがに卒業したら、こういうのは終わりだよな?」


 だから高校を去る最後の日、彼女は満面の笑みで言った。


「しません!!」


~ ~ ~ ~


 大人になっても、二人はずっと行動を共にした。伊坂は体格の良さを生かし湾港で日雇いのド底辺委託業務スカムバックに励んだ。

 一方で星坂は重機関係の資格を根こそぎ取得し、同じ現場のオペレーターとして重宝された。

 伊坂は、この境遇をあまり良く想ってはいなかった。


(星坂はもっといい仕事に就けるはずなのに……)


 ずっと自分に付き纏うせいで、こんな場末の湾港で働くハメになる。当の本人は重機という遊び道具を得て楽しそうだが、本当にこれでいいのだろうか?


 才能に溢れた彼女が、ド底辺委託業務スカムバックで終わっていいはずがない。星坂は自分のせいで人生を棒に振っているようなものだ。

 

 いつまでも、こんな日々が続いていいわけがないと彼は思っていた。

 実際、その通りになる。人生の転機はいつだって突然訪れる。 


~ ~ ~ ~


 戦京都とうきょうとで最大のクレーンとされる機種、SL-15600。

 それが今、目の前で伊坂を押しつぶしている鉄塊の名前。


 経年劣化、安全装置のサビ。現場が海沿いであるにも関わらず防腐措置を怠ったための事故。最大瞬間風速、推定30m/s。耐えきれず根元から折れた。 


 天才の眼は冷静に現実を捉え、原因を瞬時に特定した。

 耳の奥からじわじわと伊坂の叫び声が再生される。


 学生時代に何度も聞いた懐かしい声。次の瞬間、もの凄い勢いで突き飛ばされて、嬉しくなって振り返った先で、伊坂は真っ赤な血に染まっていた。現場は静まり帰って、間抜けなカモメの鳴き声が風に乗って消えていく。


「お、おいアレ……死んでるんじゃ……」


 ようやく従業員の誰かがぽつりと漏らした。だが星坂のはじき出した結論は違うッ!!


「死んでない死んでない死んでないッッ!!」


 次の瞬間、彼女は近場にあったブルドーザに乗り込みクレーンへ突撃ッ! 緻密かつ正確な操作によって伊坂を救出すると素早く携帯電話を操作し、昔なじみの連絡先をフリックした! 十年前の記憶でも、一度覚えた数字は絶対に忘れない!

 電話の相手は自機崎じきざき創美つぐみ


『星坂ァ! アンタ今さらどのツラ下げて――』


「自機崎ちゃんの実家、サイバネティクス機構の技術工房だったよね!?」


 罵倒から始まる第一声を蹴散らすように叫んだ!


「一生のお願いッ!! 工房、私に貸して!!」


~ ~ ~ ~


 自機崎じきざき創美つぐみにとって星坂凪子は自然災害だった。

 どうしようもなく発生して、何もかも呑み込んで自らの道を突き進む。

 十年ぶりに遭遇しても、それは変わっていなかった。いやむしろ悪化していた。


「ギャーーーッッ!?」


 自機崎じきざきの悲鳴も仕方ない! 大型バイクがガレージシャッターを破壊してスライディングしつつ目の前に迫ってきたら、誰だって同じ反応をする! しかもライダーの背には、血まみれの大男が工業用鉄ワイヤーで強引に括り付けられているのだ! 


「アンタねぇ! いい加減に大人なんだから少しは加減ってモンを……!」


「話は後! サイバネティクス機構手術の道具と部屋は準備できてる!?」


「……向こうの特殊施工室。道具も全部まとめてあるけど。……ねぇちょっと待ってアンタまさか!?」


「それ以外に何があるのよ!」


「バカ! いくらアンタが天才だってサイバネティクス機構手術なんか出来るか! あたしだって十年必死で勉強して、ようやく腕の一本まともに換えられるようになったんだ! それを…!」


「知ったことかァァァァァァァッッッ!!」


 星坂は鬼気迫る表情で自機崎じきざきの胸倉を掴んだ!


常人クソザコが、腕の一本換えるまでに十年かかる!? 上等よ! その程度ならアタシが、!?」


 その時、自機崎じきざきは初めて、星坂という災害の本質に触れた。


 ――そういう眼。


「やるんだよォォォォォ! バカみたいな選択肢の中から正解を選び続けて! バカみたいに細い可能性に糸を通しまくって! 効率も確率も勝率も、全部全部ねじ曲げて自分の思い通りにッッ!!」


 星坂は小柄な体から想像もできないほどの膂力りょりょくで大男を手術台に乗せ、周辺サイバネティクス機器の動力スイッチを起動! 洞察力、観察眼! 初めて見る機械群の本質を即座に見抜き、的確に操作を開始する!


「このアタシを……! 命の恩人をむざむざ死なせるようなボンクラと一緒にするんじゃねぇ……!」


 その日、災害のごとき天才は初めて満たされた。


 サイバネティクス理論。人類の叡智に本気で挑み、実戦の中で基礎体系を喰らい尽くし、新機軸を打ち立て、応用理論で概念を破壊した。


 素人によるサイバネティクス機構手術という前人未到の蛮行は百六十八時間にも及んだ。そして壮絶な手術の代償として、星坂の両腕は役目を終えた。


 結果、伊坂鉄軌は重鎧の巨人へと生まれ変わり。

 星坂はようやく、本当の意味で自分が何者なのかを知った。


 さらにこの時、本当の天才を知った自機崎じきざき創美つぐみは人生は大きく狂わされることになるが――それはまた別のお話。

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