第43話 異世界転生

 この男ときたら……今なんて言いましたか?


「あの……ダーリン。お笑いに関しては門外漢であるこの太陽神でありますが、それでもこのタイミングでそのボケが笑えないことくらいは、さすがにわかりますわよ」


「さすがにこの俺でもそんなボケは言わねえし、通じるとも思っちゃいねえよ。これでも真面目に考えてだな――」



 は? この男はその単細胞よりいくらかましな程度の脳細胞で、真面目に考えたうえでそんなつまらない冗談を言ったというのですか?

 だとしたら反吐が出ますね。

 夫に「自分探しをしてくる」と告げられた妻の気分ですよ。三行半を出してやりましょうかコノヤロー。


 卑弥呼とアマテラス、それぞれに詰め寄られるニートの様子を、不安そうに眺めているルナとジャンヌダルク。


「真面目に考えて、もう一度人生をやり直したいと思ったんだよ」


 人生を――と語る男の顔がムカついて仕方ありません。いったい何をやり直すと言うのですか。


「いいですか? ゼロは何をかけても結局ゼロなんですよ?」


「ダーリン。人には向き不向きがあるのですよ。現世はダーリンに向いてないんですから、天界で面白おかしく過ごせばいいじゃないですか」


「お前らな……確かに俺はなにもできないし、転生したところで上手くはいかないかもしれないが、」


「上手くいくわけないじゃない」


「上手くいくと思ってるんですか?」


「おい、ジャンヌダルクにルナまでも全否定かよ」


 そうですよ。だれがニートの転生なんて上手くいくと思ってるんですか。

 転生して成り上がるとか、ハーレムを築くとか、そんなの妄想を拗らせた者による空想の産物でしかないんですから。

 だから、生き抜く力がないあなたは、私と共に天界で暮らしてればいいのです。


「そもそも、どうしてニートのあなたがそのような似合いもしない殊勝なことを考えるんですか? どうせなにも出来ないのなら、偶然にも手に入れた第二の人生をこの天界で過ごせばいいじゃないですか。その幸運の何が気にくわないというのですか」


「だから、俺は確かに将棋しかやってこなくて、それも夢破れてニートになった挙げ句、前世は何も出来なかったけどよ。これでも後悔してるんだよ。もっと真面目に生きていれば良かったってな。だから、ここを訪れる奴等を見ていくうちに、ここいらで俺も本来あるべきところに落ち着こうと思ったんだよ」


「落ち着くって……どうせ幼女を見れば見境なく発情する下半身の持ち主が、なに言ってるんですか。そういうのは精も根も枯れ果てた御仁が言うべき台詞であって、あなたのような変態ロリコンが落ち着くべきは鉄格子のなかと決まってますよ」



「なんとでも言えよ。ただな……俺はもう決めたんだ。もう一度人生をやり直したい」


「あ、あなたって人は、人の気も知らずに……」


 私の気持ち? それがなんだっていうんですか。

 このニートにたいして思うことなんて――そんなのあるわけないじゃないですか。

 百歩譲って、そんな気持ちがあったとしても、こんな男にかけてやる言葉なんてありませんよ。


「あ、あの……」


「なんだよルナ」


「僕も、ここにいるのが楽しいと思います……」


 そうですよ。ルナからも一言言ってやってください。


「だけど……もし転生を望むのなら、僕はその答えを尊重したいです……」


「ちょ、ルナ! あなたまでなんてこと言うんですか!」


「そりゃあ……僕だってみんなでずっと面白おかしく過ごせたら、それが一番良いに決まってますよ。でも、本人が望んでいることを曲げてまで留まらせるのはおかしいと思います。だって……ここは転生をサポートする部署じゃないですか。いつだって僕達はここを訪れるお客様を転生させてきたじゃないですか」


「うん。卑弥呼には悪いけど、私もルナの意見に賛成ね。あんた自分の仕事を放棄しちゃダメでしょ。自分のこと救ってくれた人の気持ちくらい汲んでやりなさいよ」


「うるさい」


「うるさい」


「うるさい」


「うるさい」


「ここでは私が全て決める権限があるのを忘れてませんか。私がNOと言えばNOなんです。黒と言えば白だって黒になるんです。残念でしたね……私がYESと言わない限りは、あなたの思い通りにはいきませんから」


「卑弥呼…… 私もダーリンが言うことは素直に受け入れられないけど、でも……少しは考えてあげても」


「黙っててください!」


 なんで……みんな平気でいられるのですか。

 転生してほしくないのは私だけなんですか?

 私は……嫌です。

 このニートに、どこにも行ってほしくないです。

 生まれ変わっても辛いことばかりじゃないですか……それなら天界で楽に生きていればいいじゃないですか……あなたにはそんな生き方向いてませんって……だから……今からでも考え直してくださいよ。


「……悪い。ずっとカッコ悪いままでいたくないんだ」


「どうしても……答えは曲げないおつもりですか?」


「ああ」


「私がどれだけ訴えても……変わりませんか?」


「ああ」


「もう二度と……会えなくなるとしても……それでも転生を選びますか?」


「……ああ。俺は転生するよ」


 まったく……普段は適当なことばっか言うくせに。

 こんなときに限ってまともに見えてしまうのですから、私もまだまだ修行不足ですね。

 あなたのその目――必死にアスカを救った時と同じ目をしてますよ。


「わかりました。それでは転生を許しましょう」


「本当にいいのね? 後悔しない?」


「あの、アマテラス様。今さら揺さぶろうとしないでくださいよ。もう決めたことですから。それに――」


 ――目の前の男は、そんなヤワではないことは知っているから。


「きっと、次は上手くやってくれる気がするんです」




 準備が整ったニートを、とうとう見送る時間になった。卑弥呼は男と最後の会話を交わす。


「次の世界で、成し遂げたいことでもあるんですか?」


「そうだな。異世界で将棋を流行らすなんてどうだ?」


「ふふ。なんですかその駄作は。プロットで没にされること間違いないお話ですね」


「そうかなあ。まあ、次は一歩一歩地道に生きてくとするわ」


「それがいいですね。いつかはなにかに成れるでしょうから」


「じゃあ、行くとするか……」


「はい」



 いつもそうするように、とびきりの笑顔で見送るとしよう。

 私達の最後にふさわしい笑顔で幕を閉じてやりたいから――新しい人生の幕開けを笑顔で送ってやりたいから――



「それでは、めくるめく第二の人生を謳歌出来るように心から祈っております。逝ってらっしゃいませ☆良き人生たびを――」





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