第11話 傾国美女

「まったく。あれほどあげたというのに……」


 森を抜ける頃には、豪奢な着物はいたるところが裂け、ほつれていた。

 女が唯一愛した男から貰ったかんざしが、しゃらんと、悲しげな音をたてる。


「あの曲者の狸爺ときたら、妾を裏切るどころか、この身に弓矢を向けるとは……甘く見ていたツケが回ったということかの」


「いたぞ! 射てっ、射てぇぇぇぇ!」

「「「うおおおおおお!」」」


 むさ苦しい下郎共が血気盛んに騒いでおるわ。男に追われるのは女の誉れじゃが、かといって引っこ抜いた芋のような男は、ちと遠慮したいの。


 女は余裕を見せてはいるものの、見上げれば大雨のような真っ黒な矢が、彼女めがけて飛んできていた。

 普段の力をもってすれば、人の群れ如き赤子の手を捻るような楽な相手だったが、その人の手で致命傷を負わされた身では、降り注ぐ矢から逃れるのは困難を極めた。

 今世では、仇敵を果たせなかったのが心残りだった。


「やれやれ……ここいらで終劇とするかの――」


 妾は、何度でも甦るぞ――




「思うんだけどよ。クリスマスが終わるとすぐ正月ムードになるあれ。あれってさんざん盛り上がったビッチが、別れた直後にすぐ次の男を見つけるようなもんじゃね?」


「もんじゃね、と言われても、クソ童貞のクソ例えなど肯定できかねますがね。性行為の工程も道程も到底知らない身の程知らずな童貞に肯定するわけ無いでしょう」


「ど、童貞だって工程も道程もわかるわ!ゲームでさんざん勉強してるわ!」


「はー……そういう男って多いんですよね。妄想と現実をごっちゃにしてる男の多さに嘆息しますよ。嘆いて息を吐かずにはいられません。そんな工程早送りしてください。いや巻き戻してください。生まれてくる前まで」


「お前も鉄の処女アイアンメイデンのクセにいっぱしの口利くのな。おっと下の口は開かずだったか。わりいわりいw」


「また地雷踏みやがったな。いいだろう。お望みなら抗争ラグナロクじゃ!」


「すみませーん。お客様来てるんですけど……」


「おっと、すっかり忘れてました」

『いらっしゃいませ☆天下唯一の相談窓口アフターケア事業部です」


「「ふぁっ!?」」


 目の前に立っていたのは、全ての男から好かれるであろう、モテ要素を詰め込んだ、とんでもないハイスペック美女だった。

 あまりの美しさに、背景バックにスワロフスキーの後光を背負ってるのかと勘違いしたほどだ。仏の後光なんて目じゃない。感涙に咽ぶとはこのことか。


「あら、ここはどこかしら」


「普通に無視シカトされてるな」


 どうやら超絶スタイルのお姉さんからは、卑弥呼のちんちくりんな姿が見えていないようだった。ここに体形スタイルの圧倒的な格差が生まれている。


「モノローグがうるさいですよ。あの、こっちを見てくださいよ」


「あら、可愛いお嬢ちゃんね。よしよし」


「ちょ、やめてくだアフン」


手練手管テクニックも神レベルのようだな。一撫でしただけで卑弥呼を落としやがった」


「やめ、やめてくださいって! あのですね……残念ながらお姉さんは亡くなってしまったのです。ですが、今なら異世界に転生させてあげるっていってるんですよ。どうしますか?」


「うふふ。ところで、お二人は恋人どうしなのかしら?」


「あなたの目は節穴ですか」

「あんたの目は節穴なのか」


「あらあら息もピッタリじゃない。妬けてしまいますわ。それなら……私との相性も試してみませんこと?」


「めっちゃぐいぐいくるな。そしてめっちゃいい匂いがする。なんだこのザギンのママオーラを発するお姉さんは。生前何やってたんだ? まあ、なんとなく想像はできるけど」


「あー……どうやら、その男を虜にする美貌で国家を傾けたようですね。いわゆる傾国の美女というやつですか。なんとも羨ましい……いや恨めしい。腐敗しきった大名達はいろいろ抜かされた挙げ句、すっかり骨抜きにされて自らがその地位に就いたみたいですね」


「あらあら。妾の敏感な部位が筒抜けなのですね。お返しにあなたの敏感な部位を当てて差し上げましょうか?」


 一瞬獰猛な笑みを浮かべた女に、哀れ卑弥呼は傾国の美女の毒牙にかかった。


「ここから先はお子様はレーティング対象外だな」


「え?」


「ちょ止めてください!私にその気はありませ――アッ、アッ、アーーーッ!」


「流石傾国の美女……神を昇天させちまったな。見てみろルネ。綺麗な顔してるだろ。ウソみたいだろ。イッてるんだぜ」


「安らかな顔してます」


「ふふ……。ちょっといじめすぎちゃったかしらね。それで転生だったかしら。申し訳ないけど私はノーサンキューよ」


「だよな。だってあんた玉藻の前だろ? 自分で転生できそうだもんな」


「あら? ただの人間なのに妾の正体に気付いていたの?」


「まぁな。ちなみにここは生前何かしら徳を積んだ奴が来るんだが、あんたは何をしたんだろな」


「さぁ? ちょっと惚れた男の敵討ちってところかしらね。また彼に逢うために同じ世界に転生するつもりよ。そこのおぼこちゃんに、起きたらよろしく伝えといてちょうだいな」


「承りましたよ。それでは再び惚れた男に出逢える事を祈って、良き人生たびを」






「―――ハッ! つい気持ち良くてトリップしてました……って、あれ? 彼女はどこですか?」


「あー転生してったぜ。よろしくだってさ。ありゃ良い女だよ。一度くらいは引っ掛かってみたかったなあ」


「勝手に転生させたんですか!? また上からどやされるじゃないですか! あーただでさえ最近何もしてないって言われてるのに……」


「今回イカされただけだもんな」


「……ですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る