秋の一日

子供のころ、

10月と言えば 『運動会』 だった。

ハロウィンなんて言葉はなかった。


小学校の運動会は、

児童の両親とか関係なく村人の祭りだった。


全校生徒7人の学校では、

大人も子供もみんなが主役だった。


あの年

たった一人の六年生だった僕だけど、さみしさは感じなかった。


おにぎりと、ばーちゃんが漬けた漬物。

うちのチャボが産んだ卵で作った卵焼きとポットに入った麦茶。



村の青年団のおニィちゃんが走っていた。

力強く地面を蹴る裸足の足、跳ね上がる土。


割烹着姿のヨコタのおばちゃんが投げる玉は、玉入れのかごまで届いていなかった。

けど、一生懸命に嬉しそうに投げていた。


かけっこでビリになったコージが、ゴール横でベソをかいていた。


三軒隣のミヤモトのじぃちゃんが、

借り物競走で借りた缶ビールをコース上であけて飲み始めると、

野次とも応援ともつかない声援があちこちから上がった。


伝統的に5年生の持ち回りだった放送係。

あの年は、ヨシミとミタ先生の話しや、笑う声が

スイッチを切り忘れたマイクに吹き付ける風の音の中、聞こえていた。


みんなが笑っていた。

秋空にみんなの汗が輝いていた。


濃くて暑い夏が終わって 淡くて眩しい秋がきた。

そんな一日だった。


昼を過ぎたころ

カワナの叔父が軽トラでやってきた。


午後一番は応援合戦

婦人会のおばちゃん達が盆踊りみたいな地元の振付で踊った。


綱引きの一番前でにらみ合ってスタートの合図を待っているのは

去年卒業したミサネェと、一昨年卒業したカズクンだ


ミサネェは中学校の体操着を着ていた。

ミサネェの一番後ろでは農協で、いや、村でいちばん太っちょのデブタさんが、

腰に綱を回していた。


カズクンの方の一番後ろはミキのお兄さんだ。やっぱり腰に綱を回していた。


タケダ先生がスタートの旗を振りおろす。


最初は拮抗して動かなかった中央の赤テープが

行ったり来たり揺れながら徐々にカズクンのほうに動いていく。


デブタさんのスニーカーがグラウンドに食い込んだまま、前へ前へ滑っている。

つま先の前で盛り上がった土の山が大きくなっていく。


突然、釣り糸が切れたみたいに一気に引き込まれて

デブタさんが前に転がった。


タケダ先生が吹く笛が秋空に長く響いた。


ヨシミは放送係と出場する競技で、放送席とグラウンドを行ったり来たりしていた。


叔父が突然、駆けっこに飛び入り参加した。

ガニ股でどすどす走る叔父の姿はかっこよくはなかったけど

両手をあげて嬉しそうにゴールした。


午後三時半。すべての競技が終わった。


ヨシミの声がこだまする。

『これで◎◎小学校 大運動会のすべての競技が終了しました。』

『生徒は整列してください。』


ヨシミ以外の6人がグラウンドに並んだ。


『◎◎小学校 昭和△年度大運動会の得点を発表します。

 紅組562点 白組621点 今年の総合優勝は白組です。』


『優勝旗授与 白組代表 志木織君。』


僕が壇上に上がると、校長先生がニッと笑顔を見せた。


優勝旗にはたくさんの赤と白の旗が下がっていたけど、

どっちが多いってことはなさそうだった。


手渡された優勝旗は、木造の校舎の引き戸くらい重かった。


僕は校長に向かって一礼すると、

壇上で振り向いて、優勝旗を一度高々と上げた。


みんなからの拍手の中

跳ねるように壇を降りると、

着地と同時に涙が一粒落ちた。


悲しかったわけじゃない。

泣くほどうれしかったわけでもない。


だけど涙があふれていた。


コージが不思議そうな顔で、僕を見上げていた。


帰りは叔父が軽トラで送ってくれた。

母ちゃんと僕が荷台に座り、ばーちゃんが助手席に乗り込むと

車は走り出した。


まだ明るい午後の陽ざし。

土で汚れた体操着。

田んぼの中の農道を走る軽トラ。


秋の一日が終わろうとしていた。


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ノスタル爺 鷹山勇次 @yuji_T

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