最終話「初恋」

 非恋愛主義者から否恋愛主義者に変身した私。そこからは肩の荷が下りた心地だった。夏休みが明けて、9月下旬に控えた学園祭への準備が急ピッチで進む中、彼女とも今まで通り接していた。週2回ほど学食を共にして、部室で会ったときは他愛もない話題で盛り上がる。学園祭で展示する写真の現像も済み、張り出すボードの設営も完了した。私はテントウムシの写真をチョイスした。決して彼女との想い出の一枚だからではなく、純粋にキレイな作品に仕上がったと思ったからだ。学園祭当日、1メートル四方で飾られたそれは迫力があり、一部では私たちと同様な小さい悲鳴を上げる人もいた。印象に残ったという点で痛快だった。展示の確認を兼ねて彼女とその写真を見た時、向こうは嫌そうな顔を一切していなかった。むしろ思い出し笑いをしているようだった。胸の奥にスッと風通しの良い穴が開いた気分になる。これは嬉しいのか悲しいのか、果たしてどっちなんだろうか。学園祭の作業に追われていたこともあり、深くは考えないことにした。

 二日に及んだ学園祭も終了する。打ち上げとして部室にお菓子を持ち寄り、備え付けの小さな冷蔵庫から2L飲料を取り出しプチパーティをそこにいる部員で行った。それぞれ耳にした写真の評判や、目についた鑑賞者のリアクションなんかを話題にして丸二日間を振り返った。しかし程なくしていつもの部室のムードに戻り、各々好きな話をしたり、隅でゲーム対戦をしたりと自由な空間に様変わりした。私は彼女の隣に座っている。特に話題も思いつかなかった私はスマホを触っていた。以前は頑張って話掛けようと躍起になっていたが今は気にならない。遠ざけようとしてるのではなく、丁度よい距離感になった証だと私は思う。隣から小さな鼻歌が聞こえる。彼女だ。どうやら話しかけて欲しい様子だった。今のは何の歌だったか、多分一昔前のアニメ主題歌だったような。突然シンキングタイムを設けられ必死に考えた末、彼女に答えを振ってみる。正解だったようだ。そこからそのアニメの話題で一盛り上がりする。この嬉しさは当てたおかげか、それとも彼女が話しかけて欲しいオーラを出していることに察知できたからか。この打ち上げで一番楽しいひと時だった。

 学園祭が終わり、後期の授業も始まってこれまで以上に会う機会が増えた。後期に入って彼女と講義の時間帯が合うようになってか、最近は帰り道によく一緒に駅まで歩くようになったからである。彼女は寝坊癖があるようで、行きはあまり見かけないことを弄ると、いつも低血圧の辛さを熱弁される。10月に入ってから一気に冷え込んできた。彼女はダッフルコートを愛用しており、寒がりなのかモコモコのマフラーも必ずしている。日が短くなったからか、部室に18時近くまで残っていると辺りはすっかり真っ暗だ。古びた街灯の下を、彼女と並んで今日も歩く。

 思えばこの関係になるまで劇的なことは何一つなかった。不幸や不運と幸せの波で揺れ動くといったドラマもなければ、押したり引いたりといった駆け引きもない。とにかく一定した日々が続いている。少しずつ変化していったのかも知れないが、それを発見できた試しがない。親しくなろうと考えたのはいつ頃だったろう。部室でふと手が触れあった時か。いや、興味を持ったのはあの飲み会だったはず。一人で空回りをして、なんとか自分なりにアピールを試みて、ダメだったけど引き摺ることなく皆と接する姿。面白くもあり、とても魅力的だった。けど友情であると心に決めた以上、ここから踏み込むことはない。これからも自分なりの一定を保って、前へ前へと進んでいくだけで幸せだと思った。

 しかし、この帰り道はいつもと少し違った。予想より遅い時間帯だからか誰も歩いておらず、駅へ続く15分程度の道のりがとても長く感じた。彼女が珍しく恋愛話をする。もちろん自分の話ではなく、サークル内の誰それの話だ。暗がりに明るい話題を提供したかったのだろうか、心なしかソワソワしつつお互いにゴシップを聞かせあった。その流れで言いづらそうに互いが誰とも付き合ってないことを確認しあう。話題をキレイに繋げて言ったつもりが、気まずい沈黙が二人の間に流れた。なぜ彼女はこんな話題を、そして暴露をしてきたんだろう。当然の疑問が頭にこびりつく。30秒近く無言で歩き続けると、不意に彼女が鼻歌をし始めた。やはりそっちも気まずかったのか。同じ気持ちであることに安心すると、その曲目について考察する。それは今流行りのラブソングだった。一気に心臓が跳ね上がった。そんな回りくどいことがあるだろうか、と逡巡するがそんなの一瞬で否定する。しかし彼女の性格、鼻歌に込めた意味、ある種の意地悪さも分かりにくさも全部承知のうえだった。今まで考え続けた先輩だの友情だの、心がなんだとか、一気にどうでも良くなってきた。心臓のリズムがポンプみたいに言葉を汲み上げさせ、私はさっきの話題の地続きであるかのように話す。


「あの自分、自分が、俺で問題なければ、差し支えがなければ、か、彼女として付き合ってもらえませんか?その、お願いします!」


 この瞬間、私の初恋は確定した。 言葉にすることで言い逃れができなくなった。友情という逃げ道をあえて塞ぎ、私は数ある道の中から恋愛街道を選んで歩くことに決めたのだ。道の先がどこに続いていようと、急に途絶えてしまおうと、選んだことに悔やみはしないと強く誓った。

 ここで私の物語は終わりとする。あくまで初恋を知るのが主題であり、それを達成した今、これ以上語ることはないからである。ただ、告白をした直後の彼女の丸く見開いた目も緩む表情も忘れることはないし、そこから紡ぐ日常は今も更新し続けていくことだろう。けれどもその詳細は決して文章にはしないと思う。なぜなら、付き合ってからの話は小馬鹿にされるし、書く私も間の抜けた表情になることは間違いないからだ。

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非恋愛主義者が初恋を知るまで カースピー @jiro_ramooo

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