第3話「やり取り」

 LINEを交換した。もちろん彼女とである。私はこのサービスがあまり好きではなかった。メールと違ってすぐに反応が返ってくるのは便利だが、それは同時に自らも即座に反応せねばならないプレッシャーであると感じた。また、一文を限りなく削ることが暗黙のルールみたいになっているのも嫌だった。私は一回の文面ですべてを伝えきりたい性分なので、LINEとは相性が非常に悪かった。始めた当初こそ、メールに近い文章で臨んでいたが、グループチャットなるもので皆の使い方を目の当たりにしてからは、私も短文でメッセージを送るように改善した。スタンプを使いこなせる日は来るのだろうか。だからこそ形態としてはチャットに近く、連絡や情報提供ではなく会話をするツールといえる。会話なんて実際にするから必要ないのに、何をこれ以上やることがあるのだろうか。常々疑問に思いながら、細々と使っていた。

 ちょっとした彼女との接触以降、毎火曜と金曜に必ず部室へ足を運ぶようになった。別に彼女と遭遇したい訳ではなく、たまたま私の講義が午前に終わるのがその曜日だっただけである。しかし、そのまま帰宅せず夕方近くまでいるのは、少しでも会える可能性を上げたかったと言えなくもない。あくまで言えなくもないだけ。必然的に彼女と話す機会は増えた。徐々に胸襟を開いた私は、調子に乗って件のLINE論を展開してしまった。こんな話するつもりじゃなかったのにとすぐに後悔したが、意外にも彼女は同調してくれた。どうやら持論のうちの前者、即座に反応せねば鳴らない点に共感したらしい。彼女曰く、自分は気分屋だから不意にやり取りが面倒になってこのまま続けたくないと思う瞬間があって、そういう時によく返信を放置する癖があるとのことだった。なんか私のとはタイプが違う気もしたが、彼女のそういう性格は重々承知していたので腑に落ちた。

 彼女は気分屋であり自由だった。飲み会の大皿事件もそうだが、突然不思議な行動をして人目を引こうとする瞬間があるように見受ける。いきなり鼻歌を歌いだしたり気付くか気付かないかくらいの小さいモーションで踊りだしたり、この前はなぜか自分の手にボールペンで謎のキャラクターを描いていた。その行動に気付いたこっちが話を振ると嬉しそうに話題を拡げてくれるが、スルーされたり困惑されたりすると申し訳なさそうにそれをやめて平常に戻ろうとする節があった。

 私はそんな彼女がいかなるLINEを送ってくれるのか興味が湧いた。サークル全体のグループチャットでも、彼女は了解のスタンプを送る以外に発信することはまずない。私とタイプは違えども共感してくれる立場として、どんなメッセージを生み出すのが気になってしまった。すぐにLINEの交換を提案。彼女はあんまり返せないかもと前置きした上で応じてくれた。交換後に送信できることの確認メッセージとスタンプを送り合ってその日は終了。翌日に何か送ってみようかと考えたが、文面が一切思い付かない。実際の会話と違って、要件がないと送ってはいけない気がしていた。とりあえず今日は部室に来るのかだけ送る。1時間ほどして返ってきたのは手でバッテンを作ったキャラクターのスタンプだった。少し気落ちしつつも、その日は部室に寄らず帰宅する。さらに翌日、連日部室へ来るのか聞くのもおかしいと思い、別の要件を探すがまるで見つからない。その日は送信をあきらめた。向こうから送られてくることはない。そういうもんだと思いつつ、ちょっと寂しさというか物足りなさを感じていた。

 そこから2週間ほど経った。試験が間近に迫っていたが、私はもちろんのこと部室で見た時の彼女も焦ってはいない様だった。今日は土曜で休日なので暇を持て余していた。よし、彼女にLINEを送ってみよう。今回は本当に要件がなかった。あまりに暇だったのか思い付きで送ることができた。文面は自分が暇であることと、そっちも暇なのかといった内容。2行でコンパクトにまとめたつもりだ。珍しく彼女からすぐ返信がきた。どうやら向こうも暇らしい。「暇」というシンプル一文字で返ってきた。とりあえず互いに試験勉強の話題を軽くした後、昼飯の話題をポツポツとする。そこで私はひらめく。この話題を好機に来平日の学食を誘ってみよう、と。彼女が来ると思しき火曜までは3日もあるので、いくらなんでも時期尚早だが勢いに任せて誘ってみた。OKのスタンプが送られてきた。予想通りに火曜日なら良いとの報せも受け、当日初めて二人っきりで学食に向かった。話題はいつも部室でするそれと変わらないが、向かい合って食べるのはどうにもソワソワする。語彙も少なくなり、食事にも集中したい気持ちも相まって上手く話せなかった気がした。これを機に私は週2回程の頻度で彼女を学食に誘うようになった。それとなく彼女が講義の日を探って、その当日の午前中にお誘いのメッセージを送る。予定が合えば同じように向かい合って食事。回を重ねるごとにちゃんと話せるような自覚が芽生えてきた。

 気が付けば私はLINEの通知から目が離せなくなってきた。あれほど忌み嫌っていたLINEをすぐ返信するプレッシャーも、今は宝くじの抽選結果を待つかのようにドキドキして楽しめている。向こうの模倣に近いが、スタンプもよく使うようになった。全く同じものを使うのは気恥ずかしかったので、自分なりに良いと思った安いスタンプをいくつか買って常用する。なんだか可愛らしいキャラクターに癒されていく自分もいた。試験期間に突入して彼女が毎日のように来ることが分かったが、さすがに試験対策で忙しいかも知れないので、以前みたいに誘えないと考えた。そんな矢先、初めて彼女の方からLINEが来た。学食の二文字のメッセージの次にOK?と疑問形のスタンプが送られてくる。私は即座に反応して、OKのスタンプを送り返した。私は案外、LINEと相性が良いのかも知れない。

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