第4話 深碧のガウンとスカート
コンコンッ――
狭い船室の扉がノックされたのは、出航からしばらく経ってからだった。まったくもって不本意だが、俺は今罪人として王都へ連行されている。しかも腹が減っている。のんきにノックしやがって、と俺は扉が開くのを待った。
「……」
……コンコンッ。
再び、今度は若干遠慮がちにノックされる。まさか罪人である俺の『返事』を待っているとでもいうのだろうか、俺は首を捻りながら返事をする。
「どうぞ?」
キィ、と錆びた鉄の擦れ合う音とともに扉がゆっくりと開かれる。そこにいたのは、女騎士マリア=モンタニアであった。っていうか、本当に返事待ってたのか。
「入っても、よろしいですか?」
「俺の部屋じゃないから好きにすればいいんじゃないか?」
腹が減っているせいで、よけいに言葉にトゲが出てしまう。しずしずと入ってきたマリアはマントと鎧を脱いでいて、すっかり軽装だ。上等そうな布で作られた
「座っても?」
「……どうぞ」
いちいち許可を取ってくるマリアに、俺は警戒心は緩めずに答える。
マリアは壁際に置かれた椅子に座った。椅子と壺しか置かれていない部屋は狭い。俺は出窓に腰掛けて海を眺めていたが、出窓にいる俺とマリアの距離は六フィートも離れていない。ちょっと勢いをつければマリアを突き飛ばして、少し開いている扉から出られそうだ。
だが、エリスの状態も分からない今、下手に動くのはよくないだろう。
「あの……」
マリアはガウンの下から、布に包まれたなにかを取り出した。
「さきほどは、お食事の邪魔をしてしまったようだったので、これ……」
そう言って彼女が、俺に手渡す。両手首を縛られた状態で俺は包みを広げる。
干し肉とパンと果物だった。あとこれ、と背中からおずおずと葡萄酒の入った瓶を取り出した。俺は奇術のように現れたそれに思わず笑顔になってしまう。なんだ、こいつ、いい奴じゃないか。
「足りなければ、また持ってきますので」
「ありがとう、マリア」
「それで……あなたとあの少女はどういう関係なのですか?」
「んっ……が?」
干し肉を歯で
「俺に惚れたのか?」
「なんですって?」
マリアの表情が一瞬で険しくなり、憎悪の塊をもって醜悪なものを見るような目で俺をねめつけている。どうやら俺の勘は当たらなかったらしい。
「今のは聞き流して差し上げますわ。どうせ、あなたは王都についたら牢に入り、しばらくは太陽の光も見られなくなるのですから」
「なんだって……おいおい、だからあれは――」
「わたくしの剣を盗んだ罪は、それほどまでに重いのです。理由の
「はあ? お前の剣だったのか」
つまり、あの時ワイバーンと戦っている時に倒れていた一人だったのか。
「なんだ、じゃあ俺は、お前の命の恩人じゃないか」
「な――っ」
「それなのに目が覚めたら俺が剣を持って行っちまってたもんだから、逆上して酒場に乗り込んで、いきなり魔法ぶっ放して来たのか。お前ヤバいやつだな」
「お、お黙りなさい!」
先ほどよりも顔を真っ赤にしてマリアが立ち上がる。その勢いに、俺は思わず食料の包みを胸に抱える。返せと言われかねん。俺の大事な昼食。
「人が素直に反省して……あなたが憐れになったから、こうして食べ物を持ってきてあげたというのに」
「わかったわかった」
「スカートまでめくられて……」
マリアが両手で顔を覆う。
「このような侮辱初めてですわ……ううっ」
「おい、また泣くのか?」
「泣きませんわよ!」
そう言うマリアの空色の瞳は、すでに涙で溢れそうになっている。
「それに――魔法ではありませんわ」
「ん?」
「子どもでも知っているようなことを、なぜあなたが知らないのか、あるいは知らないふりをしているのかは分かりませんが……わたくしが、いいえ、普通の人間が使えるのは『魔術』であり、『魔法』ではありません」
マリアは言いながら落ち着いてきたのか、椅子に座り直した。
「人間は世に溢れる精霊の力を、『魔術』という学問を修得することで使役することができます。それには呪文の詠唱が必要なのです」
「あの時、酒場で言ってた『
「ええ。大切なのは術式であって呪文ではないのですけれど――ともかく、魔術を修得すれば幼い子どもでも精霊を使役し、炎を生み出したりすることはできます」
「そういえば、エリスが呪文とやらを唱えているのは見たことないな」
「それが……魔法。古の時代、光と闇、精霊と人がともに生きていた時代の力ですわ」
俺はそれを聞きながら、砂浜でのエリスの言葉を思い出していた。
『魔法の創始者であり、史上最も偉大なる魔法使いである。人は私を
――あいつの受けた呪いってなんなんだろう。
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