第3話 抗議しますです

「そこまでだ」


 ざわつく酒場『竜の飛翔亭ザ・ソアリング・ドラゴン』に男の声が響き渡る。


「この場は、このエンティア王国騎士団ギルベルト=カーニスが収める」

「ギルベルト殿!」

「マリア様」


 鎧の音を立てながら、傲慢騎士のギルベルトが二人の騎士を従えて酒場に入って来る。マリアを床に組み敷いている俺の横に立ち、ギルベルトは顎をクイッと動かす。


「冒険者よ、まずは彼女からどいてもらおうか」

「……おいおい、この女がいきなり襲って来たんだぜ?」


 キィン。


 ギルベルトが剣を抜いて、切っ先を俺の首に突き付ける。


「大変申し訳ないことをしたな。冒険者よ」

「言ってることとやってることが合ってないぞ……」

「どいてもらおうか」


 俺が両手を挙げてマリアの上からどくと、ギルベルトは剣を鞘に納めて、彼女に右手を差し伸べた。


「マリア様」

「……すみません」

「お気持ちは分かりますが、私にも――フィニクスとラインにも立場があります」

「その通りですわね」

「罪人の連行は、私たちにお任せを」


「なっ!?」


 ――なんだって、と口にするよりも早く、騎士二人に両脇を抱えられる。


「騎士の剣を持ち去った罪で、貴様を逮捕する」

「おいおいおい」

「そして――」


 ギルベルトは亜麻色の髪を指で弾きながら、焼き鰻で口をモゴモゴさせているエリスに近づく。その場にひざまずき、椅子に座ったエリスと目線の高さを合わせて手を差し出す。


「麗しきお嬢さん、オレと来ていただけますか」

「むっむっむっ……」

 エリスはエールを飲み干し、コトンとテーブルに置いてからギルベルトを見る。

「ようやく敬意を払う気になったか」

「あれだけの『魔法』を目の当たりにしてしまえば認めざるを得ない」


「ギルベルト殿も見たのですか?」

 マリアの言葉にギルベルトは頷く。


「ええ。あり得ないことですが――彼女はまさしく『魔法使い』です。船で王都へ連れて行かなければなりません」


 エリスが腕を組んで、ギルベルトを見る


「私たちに選択肢はなさそうだな? ギルベルトよ」

「残念ながら」


 ギルベルトの言葉に、俺の両脇にいる騎士たちにも力がこもる。ギルベルトは跪いたまま、さらに続ける。


「無論、バルクリの灯台を破壊した罪で力づくで、ということもできますが。それは、オレの美学に反する。さあ、お手を」


「ちょっと待ってください!」

 一連の流れを眺めていたキーラが立ち上がる。

「これはです。レクスさんは、今日冒険者になりましたです。冒険者協会から正式に抗議しますです」

「ほう?」

「レクスさんは、たしかにあなたがたの剣をお借りしましたが、返すつもりであったと言っています。ですよね? レクスさん」


「お、おう。もちろんだ」


 キーラは頷いて、さらに続ける。


「エリスちゃんが『魔法』を使って灯台を破壊したとして、それはワイバーン討伐するためであり、理由は正当です。エリスちゃんは冒険者ではないですが、彼女の保護者はレクスさんなので、同様に冒険者協会は抗議しますです」


「キーラ……」

 なんて頼もしいんだ。さすが、冒険者協会バルクリ支部長だぜ。


「では」

 ギルベルトが立ち上がり、凄まじい威圧感でキーラを見下ろす。

「抗議文を待っている。王国騎士団に間違いなく届けてくれ」

「あ、あう……」


 いかん、相変わらず役に立たんな、お団子娘。


「行くぞ」

 言葉を詰まらせたキーラを無視して、エリスの手を掴み、ギルベルトが俺の両脇にいる騎士たちに声を掛ける。俺は引き摺られるように酒場から連れ出される。マリアは後ろから黙ってついて来ている。


 明るい大通りに出ると、騒ぎを聞きつけたバルクリの人々が集まっている。騎士に手を引かれる美少女に、いかつい騎士二人に両脇を抱えられて歩く俺。後ろからついてくる神妙な面持ちの女騎士。


 これは、どう見ても悪者だな、俺。


「エリス、本気で大人しく連れていかれるつもりなのか?」

 俺はやたらと大人しいちびっ子に声を掛ける。ギルベルトが、じとっと睨んでくる。


「私語は慎んでもらおうか?」

「おい、お前も命助けてもらっておいて、随分じゃねぇか?」

「そうだな、感謝している」

「感謝している人間の態度かよ、これが」

「冒険者よ。それとこれとは話が別だ」

「なんだ――っと」


 ビュッ――


 潮風に身体を煽られる。気がついたらひらけた場所に出ていた。バルクリの港は補給に立ち寄った船や貿易船、小型の船が何隻も停泊し、積み荷の揚げ降ろしをする人間、それらを相手に商売をする屋台や物売りでごった返している。遠く水平線にも往来する船が何隻も見える。


「……こんなにすごい港町だったのか」

「さあ、船に乗ってもらおう。すぐに出航だ」


 桟橋から小型の船で沖に停泊している大きな船に乗り込む。マストに描かれた紋章はエンティア王国のものなのだろう。ギルベルトたち騎士のマントにも同じものがあしらわれている。つまり、この豪華な船は王国のものということだ。


 エリスと別々の船室に閉じ込められた俺は、老灯台守が言っていた桟橋に建てられたという新しい灯台と、その向こうの岬にある『バルクリの貴婦人』がどんどん遠ざかっていくのを眺めていた。


 グーッ、と悲し気な音が腹から聞こえる。


「そう言えば、昼飯食いっぱぐれた……」

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