第8話 全ては肚の中

「勝機は……あるのか?」

 俺は疑い半分で目の前の美少女に聞いてみる。


「無論だ。賢者ザ・ワイズは嘘などつかぬ」


「賢者だと――?」

 そう掠れた声で言ったのは王国騎士団ギルベルト=カーニスだった。鉄兜はどこかで落としたのか、亜麻色の髪は汗でベッタリと七三分けになっている。キリッとした表情は鳴りを潜め、緑玉色りょくぎょくしょくの瞳は恐怖に揺れている。

「なにを馬鹿なことを」

「おいおい、ギルベルトさんよ。さっきの魔法を見ただろ? 連発はできないらしいが。人を見た目で判断しちゃいかんぞ」

「『魔法』だと? なにを言っているのだ。使

「え、そうなの?」


「貴様ら、一体何者だ!」


 それは俺も知りたい。


「ぴいぴい、わめくな」


 エリスが冷たく吐き捨てる。

「ギルベルトとやら。お主もエンティア王国騎士団の端くれであるならば、私たちが何者かくらいおのれの目で見極めよ」


 このエリスの言葉に、ギルベルトは冷静さを取り戻したのか、口を閉じた。俺は不気味な音が続く扉を押さえながらエリスに改めて聞く。


「とりあえず、ワイバーンをどうにかするのが先決だ。エリス、お前の言う勝機ってなんなんだ」

「太陽石だ」

「光の精霊の加護によって魔力マナが結晶化した魔法石だっていうんだろ? それがどうした」

「私自身に魔力は残っていないが、太陽石の魔力を拝借することはできる」

「えっ。最高じゃん」

「光を失った魔法石であっても魔力の残滓ざんしはこびりついているはず。ベルクリの海をずっと照らし続けた上物の魔法石だ。ともすれば、ワイバーンを一撃でほふれるかもしれぬな」

「えっ。完璧じゃん」


 俺は勝利を確信して、ギルベルトに声を掛ける。


「なあ、ギルベルトさんよ。あんた、さっきまであの部屋でワイバーンと戦ってただろ? 太陽石はどこにあった?」

「……なかった」

「なんだって?」

「オレたちが部屋に突撃した時には、部屋には台座とワイバーンしかなかった。おそらく――」


 嫌な予感がする。


「アレのはらの中だ」

「ほらぁ……」

 俺はうなだれる。ワイバーンを倒すのに必要な太陽石が、ワイバーンを倒さないと手に入らないって。もう終わってる。


「もう帰りたい」

 俺は呟くが、扉には鍵が掛かっていない。扉から離れた途端にワイバーンが出て来る可能性だってある。なにより、扉がずっとガリガリされているのが泣けてるほどに嫌だ。どうすれば、倒せるというのか。


「レクスよ。お主はワイバーンになぜか詳しい。それが活路になるかもしれん」

「……そうだなあ」


 なぜか分かるワイバーンの知識を口にしてみる。


「まず奴らは、小型のドラゴンと呼ばれているが種族が違う」

「違うのか」

「違う。知能指数も違うし、ワイバーンは前肢まえあしが翼になっているが、ドラゴンは背中に翼が生えている」

 だからドラゴンは、のしのしと四足歩行できるわけだが。

「そして、ワイバーンは火を噴かない。どちらかといえば、トカゲやヘビ、コウモリに近い。基本は夜行性で、冷気に弱く、体温が下がると活動を停止してしまう。外側は硬いうろこ状の皮膚に守られているが、腹の方はわりと皮膚も柔らかい」

「ほう」

「あと、ワイバーンは卵を産む。子育てはしない。どんな時も単独行動だ」

 ここまで言って、俺はふと考える。


 つまり、ワイバーンには基本的に仲間がいないから、アイツだけどうにかすればいい。


「エリス、あの時スライムに掛けてたのって『捕縛』の魔法だけか?」


 言いながら、俺はひんやり柔らかい頭上のスライムの感触と、後頭部のひざ枕の感覚を思い出していた。美女にひざ枕されるなんて経験はなかなかいいものだが、よくよく考えると、元はエリスこいつなんだよなあ。違う、そんなことを考えている場合じゃない。


「酒場で『スライムを魔法で冷やして縛って』って言ってただろ?」

「ああ――冷却の魔法も使っていたな。特にあの時は日差しも強かったから周囲も冷やしていた。もしや……部屋の温度を下げろというのか?」

「何秒いける?」

「部屋全体を冷やすのならば五秒くらいは」

「短いな!」


「だが――」


 エリスが手に冷気をまとわせる。ぐんぐん伸びていく手足に、ほどよく膨らんでいく魅惑的なプロポーションの美女へと変身していく。


飛竜ワイバーンの周りのみであれば、一分はいける」


 変わらず細い指先に氷の結晶が舞い躍る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る