卒塔婆の街のブンヤ 14

        






「 " カイゾクもどき " って、あんたアレが何なのか知ってるのか!?」


 多分こいつも俺がここまで食いつくとは予想していなかったつぶやき程度の物だったのだろう。俺を見て驚いた様子だった。


「あ、いや…、ホラ、今世界中で問題になってんだろ、カイゾク」


 しまったという顔でヘラヘラと必死に取りつくろっているが、どうやら俺以上にセルフフォローが下手らしい。


「実際にカイゾクの姿を見たって話は無ぇぞ。普通ならアレはただの黒ずくめのひったくり犯だ。カイゾクって表現を当てめる一般人なんてまずいない」


 実際に俺は初見じゃひったくりだと思ったし。

 俺の指摘に目がもうハリケーン状態だ。分かり易すぎないか? むしろ演技を疑いたくなる。


「それに何だよ " もどき " って。偽物だって断言出来る時点で本物を知ってるって事だろ? 違うか?」


 男は思考回路がオーバーヒートしたのか本気で頭から湯気を出しそうなくらい真っ赤になった。


「ま、待て……待ってくれ…」


 片手で顔を押さえてうつむくともう片方の手でふところをまさぐる。

 このシーンでまさか襲われる事は無いだろうと思ったが一応警戒しておく。まあ襲われたら多分負けるけどな。

 しかし男が上着の内側から取り出したのは、煙草に見える一本の小さい棒だった。


「…? 吸わないんじゃなかったのか?」

「ココアシガレットだよ」


 そう言うと、棒の端っこをくわえてボリボリ嚙み砕いた。確かにココアシガレットだわ。

 まだ端っこが残っているココアシガレットを咥えたまま男が続ける。


「や、参った。鋭いなあんた」

「どうも」


 あんたがザルすぎるだけだと思うが。

 男は唇に駄菓子を挟み口中で駄菓子を噛み砕きしながら器用にため息をひとつ。

 

「…あんたの予想通り、確かに俺は


 周囲に視線だけ走らせ無人なのを確認すると、男はそれでも小声で呟いた。

 まさかこんなところで有力なネタにありつけるとは思ってもいなかった。落ち着け、落ち着けよ俺…!


「知ってはいるが、話せない」


 目が座った。

 しまった、間を置かずたたみ掛けるべきだったか。


「…何でだよ」


 あせりをさとられない様に冷静をよそおって静かに聞き返す。まだここからだ。


「これは俺の予想だけど、お前さん、ブンヤかメディア関連の人間だろ」


 半眼はんがんで俺を見据みすえ、ズバリ射抜いぬいてきた。


「…御明察ごめいさつ

「マジか!? 適当に言っただけなんだけど!?」

「あァ!?」


 やられた。そうか、正解はどうでも良かったのか。適当に振ってみてそこから探る心算だったんだ。

 何馬鹿正直に答えてるんだ俺も。


「まあ " 適当に " ってのは半分嘘か。 " そうだったら嫌だ " って思ったのを言ったんだけど、あんた結構素直なんだな」


 さっき詰問きつもんされた腹いせか、ニヤニヤしながら男が言う。

 もうこうなってしまったら駆け引きもクソも無い。完全に失敗した俺の負けだ。


「チッ…何とでも言えよ」


 悔しさをまぎらわせようと煙草をもう一本抜き火を点ける。


「あー…でもまぁあんたが恩人である事には変わりは無いし…そうだなァ…、なんか条件次第では話してもいいぞ」

「!? まじ?」


 まさかここからもう一度つなげるとは思わず食いついた。こういう所がダメなんだろうな俺。


「や、勿論話せる範囲でだぞ? 俺だって詳しい訳じゃねぇし」

「十分だ。で、条件って?」

「そうだなあ…」


 男は腕を組み、片手であごの辺りをぐりぐりいじり考えている。

 決めてなかったんかい。


「じゃあ教えて欲しいんだけどよ、あんたのアレ…スリングショットだっけ? すげぇよな。マジで見惚みとれたわ。どこで覚えたんだ? それ教えてくれたら俺も何か一つ質問に答えてやるよ」

「あ…? や、そんなんでいいのか…?」

「ああ!」


 目がキラキラしてる。少年かよ。いや、これはマジモンの少年だな。

 俺は吸いかけの煙草を深めにもう一度含み、やや長さの残るそれを灰皿に落とした。

 紫煙をゆっくり吐き出し四月の夜空に動きの速い雲を掛ける。


「───冗談と思ってくれてもいいが、俺はガキの頃の記憶が無くてな。気が付いたら中東の紛争地帯にいたんだ」


 何を話し始めたか分からなかったらしい男が、理解が追い付いたらしく素直な驚愕きょうがくの表情を見せた。


「……マジかよ」

「まあどう思おうが自由さ。で、気が付いたその時から多分二年間ほど戦地で何とか生き延びて、色々あってこの国に連れて来られて今まで生きてきた訳だ」


 足元を見つめ、サンダルの爪先で何となくアスファルトをみがく。

 過去を振り返る時微動びどうだにしないよりもほんの少し動いている方がより鮮明に思い出せるから、というくせの様な物だ。


「騒がしいけどこの国に来てやっと安全って奴を実感して、命の危険はもう無いんだって思った。けどガキの頃の経験ってのは思ったよりも傷になってたみたいで、毎晩の様にあの地獄の光景にうなされた。銃声だとか、間近をえぐ跳弾ちょうだんとか、悲鳴とか」

「…」


 予想に反してヘヴィな話が始まってしまった事に対する気まずさか、男が緊張した面持おももちで黙った。


「常に銃口がこっちに向けられてる夢でさ。いつだって気を抜けば死ぬんだって思わされてた。。まあ夢だから何でも有りだし。そしたらやっと安心できた気がしたんだよな」


 爪先の近くを名前の知らない虫が横切ろうとしたから動かすのを止めた。無意味につぶして殺す必要は無いだろ。


「その日から、義理のオヤジにたまたま玩具オモチャとして与えられてたパチンコで練習したのさ。学校はどうしてもまともに通えなくて時間だけはあったからな。起きてから寝るまで、飯とトイレ以外の時間全て取り憑かれたみたいに練習に当てた日もあった。やり過ぎて肩から指先まで一切動かせなくなる事もあったっけか? まあそんな感じだ。スリングショットは成人してから買った。この平和な国であんなモンが必要になるなんて思ってはいなかったけどさ、精神衛生の為に完全に手放す事が出来なくて今でも訓練はある程度続けてるんだわ。まさかそれが役に立つ日が来るなんてな。ハハッ」


 色々と端折はしょってはいるがおおむねこんな所だろう。嘘はいていない。吐いてはいないが本当は撃ったのが初めてではない事も言っていない。

 …足元の虫はもういなくなっていた。もう人間の近くに来るんじゃねぇぞ。


「そうだったのか…。何か、その、スマン」


 男がバツが悪そうに言った。


「謝んなよ。辛かったのはもう何十年も前さ」


 あちらとしてはもっとライトな話が聞ける物と思っていたんだろうが。まあ仕方ないよな。


「じゃ、今度はこっちが質問する番だよな?」


 俺がそう言うと男がハッと顔を上げた。


「さっきも言ったけど、答えられる範囲でだからな?」

「ああ」


 さて、何を聞くべきか。一番知りたい【正体】については間違いなくはじかれるだろうから───


「どうして、来たんだろうな」


 それはブンヤとしてではなく、個人的に漠然ばくぜんと思っていた事だった。

 八重やえちゃんが保護した人物が本当にカイゾクその人であったならば、カイゾクは同じ人類であり、しかも日本語が通じる少なくとも " 日本という国にゆかりのある生命体 " と言う事になる。

 しかしくだんの飛行艇の存在…どの国のどの系統の物にも該当しない物であるという事実が、多分奴等はこの視界に映る世界とは違う場所からやって来てるんじゃないかというイメージを後押ししていた。


「───探してる物があるんだ」

「え?」

「…って、言ってた」


 男は視線を外した。

 またしても耳にしたキーワード。それを別々の者から聞けたと言う事は、八重やえちゃんがカイゾク?から聞いた『何かを探してる』って話が信憑性しんぴょうせいびたという結論に繋がる。

 そして、こいつは俺が呟いた " この世界 " と表現した部分に触れなかった。それはあんに───カイゾクは違う世界から来ているという可能性を肯定するものではないか?


「探し物か…。それにしても世界中あちこちで目撃されてるが、そんなに節操せっそう無いモン探してんのか?」


 すると男はブッと吹き出した。何かツボったのか?


「節操無い、か。なるほど、確かにそうかもしれねぇな!」


 そしてしばらくはこみ上げる笑に耐えていた。そんなに面白かったのだろうか。赤の他人の事だろうに。

 ようやくく落ち着いたのか笑い過ぎてうっすら浮かんだ涙を手の甲で雑にぬぐいながら続けた。


「ま、あんたにはもう気付かれてるだろうからサービスでこれだけは教えてやるが、カイゾクとあのカイゾクもどきは別人だぜ。もどき共はカイゾクを追ってるんだ。理由は知らねぇ」


 またしても八重やえちゃんの得た情報が裏付けられた。本当にカイゾクは追われていたのか。


「という訳で話はここまでだ」

「オーケィ」


 うーん、結局の所新しいネタは得られなかったか。まあ裏付けが出来ただけでも偶然の産物だし良しとするか?


「あ、そうそう、さっきの話に戻るけどさ」

「ん?」

「あの子のバッグ、? ぜ」

「…は?」


 ちょっと待て。何でそれを知ってるんだ?

 時系列を必死で洗い出す。

 取り返したバッグを俺が職務質問ショクシツに遭ってる間こいつがりんに返して、そのあとに俺はりんと出合って、そこで俺が直してやると約束した。その後にりんに会って聞いたって事か? 名前も言わず立ち去った後にまた会いに?


「お前、りんに会ったのか?」


 こんがらがって来たから直接聞いた方が速いな。


りん? ああ、あの子りんって言うのか。いや、返した後は会って無いぜ?」


 待て待て待て。だとしたら、俺が直す事を知ってるのって…八重やえちゃん…!?

 え、じゃあ、って…


「あんた…!!」

「え、何だよ? ちょ、ま…」


 俺が突然発し始めたオーラに再び先程のビンタの記憶がフラッシュバックしたのか、男が後ずさる。



 その時、耳をつんざく程のサイレンが辺り一帯に鳴り響いた。








(次話に続く!)








         

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シカイゾク:時の遺伝子 degirock @degirock

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