第10話邂逅、そして会敵の朝✗10

「なーにをまた難しい顔してんのさ、キルッチ?」

 少々物思いに耽ってしまい、自分の裡にこもってしまっていた。

 そんな私の耳に元気よく、唐突にアーサの声が飛び込んでくる。

 それが私の意識を、現実へと引き戻した。

「いや、なんでもないよ。少し気分転換をしていただけだ」

 そう言って私は読んでいた教本をアーサに見せる。

「レッドについて、私達はもっと何かを識るべきなのではないかと思っただけだ」

 その教本を見たアーサは、げんなりした声で私に応える。

「うげ~、気分転換に転換にそんな教科書読むなんて、一体どんな思考回路してんのさ。流石優等生、あたしなんかとは違いますなぁ」

 そんな嫌味と皮肉が返ってくるが、悪意はまったく感じられない。

 頭の後ろで手を組んだアーサが、にししと言わんばかりの笑顔を浮かべていたからだ。

「そう言わずにアーサもどうだ? 一度学んだことを顧みるのも悪くはないぞ。何せ、人間は死ぬまで学び続けななければならないのだから」

「あー、はいはい。今度、そのうち、いつの日か。あたしの気が変わって気が向いたら、キルッチに教師役をお願いするよ。でも気を付けてね。そんなことを言い出すあたしは、確実にあたしの偽物だから」

 そう嘯くアーサの様子に、そんなことはありえないだろうなと思いつつ、私は頷く。

「ああ、肝に銘じておこう。そんなことを言い出したアーサを、

「そうじゃないっしょ! あたしはこの世界にひとりだけ。アリルサック・カンヴァルーはたったひとりしかいないの! わかった? キルッチ?」

 予想外にムキになって否定するアーサに、思わず笑みがこぼれてしまう。

「ふふ、冗談だ。私の識っているアーサはひとりだけ。みんなの仲間であるアーサも、お前ただひとりだけだ」

「そうそう。分かればよろしい」

 アーサは何故か得意げな顔で、コクコクと大げさに頷いてみせる。

「それでキルッチ、レッドについて何か新しい発見でもあったの?」

 先のことなどなかったかのように、アーサが問い掛けてくる。

 この切り替えの早さと後を惹かないサッパリとした性格は、素直に見習いたいアーサの美点だと思う。

「その解らないから、こうして学びなおしているんだ」

 私は正直に現状を告白する。

「ふーん、そっかー。キルッチにも解らないことってあるんだね。でもさ、そんなのどうでもいいことでしょ?」

「どうでもいい、とは?」

 わたしは気分を害した訳ではなく、純粋な疑問をアーサに向かって投げかける。

「それは、なんて言うかさ。あたしは解らないことだらけで、何が解らないのか分からないよ。でも、自分のやるべきことは解ってるつもりだよ。レッドにどんな事情があるのか知らないけどさ、あたし達人間を殺すっていうんなら、悪いけど死んでもらうしかないじゃない? あたし達が、殺してやらなきゃならないじゃない」

 そう語るアーサの瞳は、自分で見出した確信に満ちていた。

「そうか、そうだな。私もアーサくらい、単純に考えるべきなのかもしれないな」

「あー、なにそれー。完全にあたしのことバカにしてるっしょ!」

「違う違う。馬鹿になどしていない。寧ろ褒めているんだ」

「あ、そうなんだ。ならいいや」

 そう言ってアーサはさっきのまでの言葉をあっさりと翻す。

 これはもう、切り替えの早さ云々ではないのかもしれない。

 先程アーサ自身が言っていたことは、事実かもしれない。

 もしかしたら私はアーサが言葉を返すたび、違うアーサと入れ替わっているのを目撃しているのかもしれない。

 などと益体もない空想が浮かんでしまうほど、清々しい手の平の返しっぷりだった。

 そこで扉が自動で開き、新たな声が響き渡る。

「なんだアーサ、もうここにいたのか。探す手間が省けたぞ。キルッチも一緒とは丁度いい。作戦には参加しなくても、概要は知っておいて欲しかったからな」

 凛としたヴァルカの声を筆頭に、他の仲間達もリプレイスルーム換装室前の待機室へと続々と集ってきだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る