掌編推理小説・『パチンコ』~猫田瞳捜査日誌~

夢美瑠瑠

掌編小説・『パチンコ』~猫田瞳捜査日誌~

(2019年11月14日の「パチンコの日」にアメブロに投稿したものです)



掌編小説・『パチンコ』



 うらぶれたビルの、3階のテナントには、「猫田瞳探偵事務所」という看板が架かっていて、まだまだ駆け出しだが、東大卒で、それなりに頭の切れに自信があって、

学生時代にはミスコン荒らしだったという、名前通りにコケティッシュで可愛らしくて、世間並より一頭地を抜いた美貌の女探偵・猫田瞳氏が、今日も日々の業務に勤しんでいた。

 今はコーヒーブレークの時間で、美貌のシャーロックホームズ?は、昔の愛読書の「暗黙知の次元」という経済書を、何となくめくっていた。


「RRRRRR・・・」


 今日初めての電話が鳴った。

 半目のピンクパンサーを象った受話器を取ると、「もしもし?探偵さんですか?お宅で「パチンコ中毒」の人とかも何とかしてくれますか?」

 と、若い女性の声がした。

「パチンコ中毒?精神科の領域じゃないですか?良く知らないけど・・・心療内科とかは受診しましたか?」

「ええ。お薬ももらったんです。でも、そういう依存症に特効薬とかは無いんだそうです。カウンセリングも受けているんですけど、さっぱりで・・・サラ金に借金すらあるみたいで・・・藁にもすがる思いでお電話しました」

「お辛いでしょうね。ウチはよろず相談で、一応相談は全てお受けして、成功報酬、ということにしています。とにかくお会いして詳しい話を伺いますね。安心してください。世の中に解決できない問題はない。何事にもきっと解決法があって、それは鋭い洞察力とか、観察力があればきっと見つけられる・・・それが私の経験的な探偵哲学です。・・・」


 依頼者の風亜和伊歩という女性によると、パチ中なのはご主人でもともとパチンコとかには興味がないタイプだったのに、突然ある店のある特定の台にばかり通い詰めるようになったのだという。

「勝てる時が来ると、おれには分かる」と言って、実際「分かる」時は勝てるのだそうだ。そのインスピレーションの感覚が忘れられなくなって、トータルでは負けているのにパチンコ通いがやめられない・・・

 仕事をさぼってひたすらその店のその台に通い詰めて、収支がプラスになるわけがないから、家の経済がどんどん貧窮してきて、この分だといずれ貯金も底をつくので、本気で悩んでいる・・・

 何だか特殊な訴えになったが、妻の考えでは、どうもそのパチンコ台が怪しい。

 他の台だと、夫はそんなにパチンコそのものに執着を見せないのだそうだ。

 といって、それで警察にもそんな漠然とした訴えはし難いので、万事休して私立探偵に依頼したらしい・・・

 「パチンコ台、ですか。不思議なお話ですねえ。どうもパチンコ依存症というより、別の秘密が隠されていそうですね。要するにそのパチンコ台です。私がそのパチンコ台でパチンコをして、ご主人をチャームしてしまう秘密の所以を探るしかないですね。パチンコ代は経費として落とせますから、ご負担は結構です。成功報酬で・・・」

 切れ者の猫田探偵はASAPに話をまとめて、1時間後にはそのパチンコ台の前に座っていた。

 パチンコをするのは久しぶりだったが、やり方は覚えていて、千円だけ玉を買った。

 何の変哲もない店と台で、「オールカマー」という店名らしくて、台の番号は「132」だった。しばらく打っていたが、不審な点は無かった。

 銀色の玉を次々に弾いていく。

「釘師」とかいうパチプロだと、台の個性は釘の曲がり具合とかを見るらしいが、そういう偏った動きをしている、という気配はなかった。

 一定の確率で当たりの穴に玉が吸い込まれて、スロットが回る。

「冬のソナタ」という台で、人気を攫った韓流ドラマのクライマックスのシーンが、次々とアニメチックに展開しながら数字がパラパラと変転していく・・・

(つまりこのスロットだわ)

 瞳はそう思い定めて、じっと3桁の数字を睨んだ。

「77*」という数字が出ることが多くて、最後の数字はバラバラだった。

 瞳は最後の数字を記憶した。

「7,5,4,3、・・・・・・・8,0,8,0・・・・当たった!<777>!」

 どっさりと玉が出て、“フィーバー”がしばらく続く。

 そのあとは2時間待ってもフィーバーは来なかった。

 この台の期待率?はかなり低そうだ。もう瞳は2万円スッている。

 だとしたら、その夫を惹きつける、その誘因とは何だろう?

 また数字を睨む。

「6,8,9,4、・・・8,0,8,0・・・また当たった!」

「8,0,8,0・・・」(ハレバレ?)、(この台は・・「132」?)


・・・ ・・・


 ああ、そうか!分かった!・・・

 この台の番号は<132>。つまり「ひみつ」だ。

 そうして<8,0,8,0>はつまり「バレバレ」だ!

「ひみつ」が「バレバレ」になった後、少ししてフィーバーが来るのだ!

 誰かがこの台にそういう数字の仕掛けを施しておいた。

 だけど、くだんのパチ中のご主人はそういうからくりには気が付いていなかった。

 だとするとそういう仕掛けのあるというこの台になぜ執着していたんだろう・・・

 瞳はしばらく考えて、昨日読んでいた「暗黙知の次元」という本の話を思い出した。

 人間の「知」には「暗黙知」と「形式知」があって、形式知というのは言葉にし得る理解で、暗黙知というのは理解しているが言葉にできない知識のことである。

 多分、ご主人は暗黙の裡に<8,0,8,0>のからくりを理解していた。

 そうして、そういう前兆の後に来る、スリーセヴンの大当たりについて、何か自分の特殊な霊感とか能力で呼び寄せた、そうした感覚、イリュージョンを覚えたのではないか?

 全くの偶然よりも自分の特殊能力というセンスを持つ方が、それはギャンブルでも面白いに違いない。

 そうして彼はだんだんに深みにはまっていったのだ。

 もしかしたら、この台には製作者のそうした実験的な意図が込められていたのかもしれない。

 しかし、瞳はそうしたことの事実関係を敢えて確かめようとはしなかった。

 ややこしいことにはなるたけ関わらないほうがいい、ということも探偵稼業の“経験的な暗黙知”で学習していたのだ・・・


・・・ ・・・


「そういうわけで、やはりあの台がご主人を虜にする、特別な台で・・・秘密は解けましたが、その呪縛からご主人が抜け出せるかは分かりません。仕掛けが分かってもやはり通いたい、というならどうしようもなくて・・・私にできるのはここまでです。あとはカウンセラーの方にお願いします。問題解決はできなかったので、報酬は結構です。それでは・・・」

 そう言い残して、瞳は「可哀想な嫁」を、名前でも表している、「風亜和伊歩(プアワイフ)」さんの家を後にした。

「中毒」という病気もなかなかに奥が深いものだ。「暗黙知の次元」を偶々読んでいなかったらからくりが分からなかったかも・・・

 と、無駄足だった事件からも、それなりの成果と識見を得られる、自分の恵まれた知性と幸運を寿ぐのだった・・・



<了>


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