第56話 〜妹ちゃんはブチ切れたようです〜

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 ――――――時は遡り、少し前……。――――――




 八尋がまだ、【それ】から身を隠してる間のこと。

 セージがロキと別れ、西の正門へと向かう途中。陽菜子は、突然目覚めた。


「……あ、れ?」

「……! ヒナコ様! よかった、お目覚めになられたのですね……!!」


 走るセージに背負われているため、力の入らない手足がゆらゆらと揺れる。

 陽菜子自身、まだ意識がはっきりとしないのか……。虚ろな目をして、揺れに身を任せる。


「……わた、し……なに、して、た……?」


 少しずつ、こぼすように言葉を発し、己の状況を理解しようとする。


「覚えていらっしゃいますか? 道化師のような方から黒い剣に刺されて、それからずっと意識が戻られなかったのです。ヤヒロさんも、大変心配されてました」

「ヤ、ヒロ……」

「そうです。ヤヒロさんです。貴方の兄上様です。今はヤヒロさんの立案した作戦中で、僕たちとは別行動されてますが」


 ふわふわとした頭の中に、兄の名が出てくる。

 セージから事情や作戦の説明を聞きながら、ゆっくりと今までの出来事を順番に思い出していく。




 ロキに魔法を習っている時、突然魔獣が現れた。逃げる途中で母子を見つけて、一時はロキを残して逃げた。が、ロキを放ってはおけずに戻り、色々とやっているうちに兄と合流。説教を受ける覚悟を決めていたら、突然変な格好の人物が現れ、黒い剣を突き刺され……そして――――――。




 そこまで思い出し、ようやくはっきりとした陽菜子の意識は、すぐさま怒りへと変換する。

 セージの背の中で、小刻みに震える。


「あの剣……刺された時、結構痛かったんだよ……」

「えっ、と……ヒ、ヒナコ……様?」


 手足に力が戻る。陽菜子はセージの肩をこれでもかと強く掴むと、ギリギリと奥歯を噛み締める。


「あの、ヒナコ様! 落ち着い……」


 不穏な気配を察したのか……。セージが慌てて諭そうと試みるが、時すでに遅し。




 陽菜子の怒りは今、頂点に達した――――――!!




 西の正門が、目の前に迫る。陽菜子はキッと睨みつけると、腹の底から声を張り上げ、




「キィィィィイィィィィイイイ! ミィィィィイイィィィィイイイッ!!」




 そう叫ぶと、陽菜子の右手首に着いていたミサンガが一瞬光る。光が発せられてから、約数十秒……。地響きにも似た音が、土煙を上げながら、門の向こうから徐々に近づいてくる。


 そして――――――。




『ガウゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥウゥウゥウウッ!』




 それに応えるように、木の姿をした化け物が、雄叫びを上げながら走ってきた。


「えっ!? キ、キミー様!?」


 驚くセージを他所に、キミーは『バチバチ!』と、結界が弾こうとする音と抵抗にも耐え、門を潜り抜けて街に入る。陽菜子は、目の前に来たキミーに向かって叫ぶ。


「キミー! この近くでキミーがまで案内して!!」

『ガウッ!』


 そう応えて頷いたキミーは、陽菜子とセージを掴んでは自分の枝に乗せ、門の周辺を走り出す。

 そして少し走った場所で立ち止まると、二人を降ろす。


『ガウッ! ガウガウガウ!』


 まるで「ココだ!」と言わんばかりに、二人に枝を伸ばして指し示す。

 その先には何かがくり抜かれたかの様に、拳一つ分くらいの穴が、ぽっかりとあいていた。


「分かった! ココだね、キミー!?」

『ガウッ!』

「ありがとうキミー! セージさん!!」

「は、はい!」


 陽菜子はゴソゴソとセージの背から降りると、キミーの枝を掴む。


「キミーが『ココだ』って、教えてくれた! だからあとは、よろしくお願いします!」

「え……あ、はい! お任せ下さい!!」


 勢いで頷いてしまった。が、セージはキミーの枝に座って立ち去ろうとする陽菜子に、慌てて問いかける。


「ヒナコ様はどうされるのですか!?」

「ヒロくんのところに行く!」


 予想外の答えに、セージの反応が遅れる。だがすぐに我に返ると「えぇ!?」と、驚いたような顔をする。


「ダメです! 危険です! あそこにはまだ魔獣や、先程の道化師のような方だって……」

「大丈夫! キミーがいるから!」


 セージの言葉を遮り、陽菜子はキミーに掴まって走り出そうとする。

 しかし、陽菜子を八尋に託されたセージとしては、すんなりと受け入れることは出来なかった。


「絶対にダメです! 僕はヒナコ様を、ヤヒロさんから託されました! それに……!」

「ゴメン、セージさん。心配してくれるのは、すごくありがたいよ」


 陽菜子は目を伏せると、小さく拳を握る。


「それにね、セージさん……。神崎家の家訓は、『やられたら、倍以上にしてやり返す』なの。私はそれを、守らなくてはならない。神崎家の一員として……」

「ヒナコ様……」


 覚悟を決めたように、陽菜子が背を向ける。

 そんな陽菜子の背を見たセージは、内心で「神崎家の家訓というものは、それほどまでに重要なことなのか……」と悟る。陽菜子はその小さな体には、抱えきれないほどの重荷を背負っているのだと。そう、セージは捉えた。

 セージは考え込むように少しの間、無言になる。だが、陽菜子の決意を無下には出来ないとばかりに、一度力強く頷く。


「……分かりました。どうかお気をつけて! ……ですが、無理はしないでくださいね?」

「ありがとう、セージさん! じゃあ、行ってくるよ!」


 そう言って陽菜子は、キミーに掴まって走り去っていく。その姿を見送りながら、セージは両手を合わせて祈るように両目を閉じる。


「どうかヒナコ様に、加護がありますように……」


 そう呟くと、セージは己の責務を果たす為に、穴の空いた壁へと向き直った。






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 目の前に突然、先程まで眠ってたはずの妹が現れ、俺とロキは驚愕する。

 俺は恐る恐る、確認するように妹へ問い掛けた。


「お前……、陽菜子、だよな?」

「そーだよ!」

「本当に、ヒナ……何だよな?」

「当たり前だよ!」

「幽霊じゃ、ねーよな?」

「まだちゃんと、足生えてるよ!」

「げんか……」

「くどい!!」


 質問がしつこ過ぎたために、怒られてしまった。


「神崎家の第二子にして、誇り高き長女! 超絶美少女、ヒナちゃん! 只今、復活したでやんす!!」



 そう言って、腰に手を当てて、顔の前でピースサインを作り、決めポーズをする。

 この全てを残念にし、自称していく感じ。確かに、これは間違いなくウチの妹のようだ。


「お前のどこが誇り高いんだよ。この引きこもりめ」

「何をおっしゃいますか、兄上様よ! 兄様のピンチを、颯爽と助けた妹に対して! 失礼ですぞ!?」

「はいはい、雑草とね、雑草」

「酷い!!」


 この茶番劇すら、俺にとっては最高のサプライズだ。


「小娘が……、しぶと……」

「今は、兄妹の感動の再会中だよ。ちょっと黙ってて」


 そう言って妹は、キミーを使って道化師を殴らせる。


「ボフッ……!」


 キミーの一撃によって、道化師は地面にめり込む。

 そして妹は、何かを思い出したように……閃いたように手を『ポン!』っと叩くと、俺に向けて手のひらを向ける。


「あ、タイム。やっぱり、この変な人優先で。ヒロくん、ちょっと待ってて」


 妹は、俺に『Tの字』を作って向ける。それは紛れもなく、『タイム』という意味のポーズだ。


「いや、待つも何も。最初からそんな……」

「うぉぉぉぉぉらぁぁぁあ!」


 俺の言葉を遮り、妹は腹から野太い声で叫ぶ。それは紛いなりにも俺の妹……14歳の、年頃の少女が出すような声ではない。


「一発目は、剣で刺された仕返し! 二発目は、ロキロキをぶっ飛ばした仕返しだぁ!」

「えっ、僕!?」


 予想外の言葉に、ロキが驚きながら俺を見る。俺は「もう、好きにやらしてやれ」という意味を込めて、肩をすくめる。

 そんな俺たちを置いて、妹はさらにキミーを使って道化師を殴りつける。


「これは、セージさんを殴った分!」

「グフッ!」

「あとついでに、ヒロくんを痛めつけた分!」


 つい心の中で「おい、俺はついでかよ!」と、ツッコンでしまった。それでも、「オラオラオラァ!」と言いながら、妹とキミーの勢いは止まらない。

 よく聞けば、「取らせてもらうぞ! ハワードと、ダリルの仇!」などと叫んでいる。おい、どさくさ紛れに関係ないヤツ混じってるぞ。それは違うやつのセリフだ。


 そして連続パンチを繰り広げた末に、妹は腰を落として、肘を90度曲げる。


「そしてこれは! 只のっ……八つ当たりだぁぁぁあ!!」


 最後は理不尽な理由と共に、キミーは妹の動きと連動して、道化師の顎を目掛けて、見事なアッパーカットを食らわせた。




 そして宙に浮いた道化師を、そのままトドメだと言わんばかりに、一人と一匹は両手・両枝を合わせて容赦なく地面に叩きつけた。

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