第55話 〜お兄ちゃんは計画通りだったようです~

 振りかざした剣と共に、道化師の叫びが周囲へ響き渡る。


 道化師の剣は、俺の首を跳ねることは無かった。それは何故か。俺の首を跳ねるには、である。


 では何故、届かなかったか――――――。




「……っつたく、いつまでも油打ってんじゃねーよ。バカ兄貴が」




 俺の首を跳ねる寸前、道化師の剣は止められた。それは日がだいぶ傾き、夕焼け色の空を背に……表通りから現れた人物の放った鎖に、絡め取られていたためである。


「間に合ってくれたか、ロキ!!」


 その人物……ロキは「フン!」と不機嫌そうに鼻を鳴らしては、軽く舌打ちをする。


「まったく、人使いが荒いのも程々にしろよな」


 そう言って悪態を着く。それすらも今の俺には、安心する一言だ。


「その様子じゃ、どうやら上手くいったみたいだな」

「当たり前だろ。僕を誰だと思ってるんだ?」


 ロキがニヤリと笑う。そんな俺たちを見ていた道化師は、ロキへと視線を向ける。


「アナタはァッ! またワタシの邪魔ヲォォオオォォォオ!!」


 道化師はカードを取り出すと、ロキの首を目掛けて投げる。ロキは軽く首を傾けてかわすと、冷静に新たに取り出した鎖を構える。


「《束縛バインド》!!」


 そう唱え、両手に絡めた鎖を道化師へと飛ばして拘束する。そしてさらに追い打ちをかけるように、地面から現れた無数の鎖と共に、拘束した道化師へと札を投げつけた。


「こんな鎖! 直ぐに破壊しテ……っ!?」


 道化師の顔つきが変わる。鎖を解こうと、あれこれと藻掻く。が、鎖はビクともしない。その姿を見て内心俺は、結果的に自身の考えた作戦が上手くいった事に安堵する。


「まぁ色々と誤算はあったが、全ては計画通り……!」


 どこぞの新世界の神のように不敵に笑って言えば、ロキから掠った腕を軽くはたかれる。


「アホぬかせ。全部ギリギリの作戦だっただろうが」

「ロキさん、ちょっと待って……! そこマジで痛いから……!」


 鈍い痛みに耐えながら、涙目で悶える。いや本当、マジで痛いからやめてね!?


 一方の道化師はというと、何故ロキの鎖が壊せないのかを考えていると言った表情で、俺たち二人を見る。


「『なんで鎖が壊せないんだ?』そんな顔だな。道化師サマよぉ」


 俺の言葉に、道化師は苦虫を噛み潰したよう表情で睨んでくる。


「ワタシに一体、何をしたのデスか……!?」

「別に、お前に直接何かした訳じゃないさ。。それだけだよ」

……、だと!?」




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 ――――――作戦開始、数分前……。――――――




「なぁロキ、ちょっと良いか?」

「あ? 何だよ。用件ならさっさと言えよ」


 俺はちょいちょいと、ロキを手招きして呼び止める。

 ロキはあからさまに不機嫌そうな顔をしたが、素直に応じてくれた。


「いや、道化師を捕まえる作戦なんだけどさ。……俺にちょっとした案があるんだわ」

「はぁ?」


 ロキは眉根を寄せては、怪訝そうな顔をする。


「まぁぶっちゃけ上手くいくかは、その場の状況と運次第だし。できるかどうかも、正直曖昧なんだけどさ……」


 などと、一応は前置きをしておく。そんなグダグダと話をする俺に、業を煮やしたロキは「い・い・か・ら!」と、組んでいた腕を解いて俺を指さす。


「勿体ぶってないで、さっさと言え! お前は『、その案を考えたんだろ!」


 ロキの言葉に、俺は驚く。先程まで、信頼だの信用だので揉めていたのに……。偉く信頼されたものだ。

 ロキの後ろでは、妹を抱えたセージが微笑んでいる。セージに釣られて、俺も小さく口角を上げる。


 どうやら先の行動と俺の覚悟で、ロキの信頼は勝ち取れたようだ。なので俺は、ロキにをふっかけた。


「じゃーロキ。とりま作戦開始から30に、ここら辺の魔獣を一通り狩り尽くしてくれ!!」


 清々しい程の爽やかな笑顔で、俺はそう言った。


 一方のロキとセージはと言うと、顔を真っ青にして俺を見返しては、固まった。


「……は、はぁ!?」


 ロキは口を魚のようにパクパクとした末に、ようやく出た言葉だった。


「お、おま、お前っ! 僕を一体、なんだと思ってるんだ!?」

「そ、そうですよヤヒロさん! さすがにそれは、ちょっと無理が過ぎるのでは……?」


 セージがロキへの助け舟を出そうと、俺に抗議する。すかさず俺は、腕で大きくバッテンを作って、首を盛大に横に振る。


「いやいやいや、よーく考えてみろよ。俺は今から生身で30分、あの道化師ヤローを相手するんだぜ? その一方、戦い慣れしてる上に武器もあるロキさんですよ? 魔獣で、遅れをとったりなんかしないだろ〜?」

「は、はぁ……?」


 ロキは片眉をピクリと動かすと、低めの声で俺を睨みつけてくる。


「まさか、30分じゃ足りないのか? ……まぁ、そうだよな〜。ロキも連戦でお疲れ気味だし、魔獣にも手こずっちまうだろうな〜。……でもなぁ〜、俺にも限界ってのがあるからな〜。それ以上あの道化師ヤローを引き付けておくってのは、現実的に考えてなぁ〜、これ以上は無理があるからな〜? すまんロキ、やっぱり無理だよな。今のは無しだ。全部忘れてくれ!!」


 わざとらしく大袈裟に、身振り手振りで俺は残念がる。そして横目でチラッとロキを見れば、顔を真っ赤にしては、怒りでプルプルと肩を小刻みに震わせていた。


「言・わ・せ・て、おーけーばー……っ!」

「ロ、ロキ……落ち着い……」


 セージの制止を無視し、ロキは拳を握る。


「あー! 分かったよ! やってやろうじゃねーか! ここら辺の魔獣、ぜーんぶ、僕が狩り尽くしてやろうじゃねーか! それでお前の気が済むなら、やってやろうじゃねーかよ!!」


 俺はニヤリと笑う。チョロい……コイツ、案外チョロすぎる!


「よーし、言質取ったからな。『やっぱり出来ませんでしたー(泣)』は無しだからな!」

「誰が泣くか! お前こそ! 僕を馬鹿にしたことを、全力で後悔しろよ!!」


 ロキが地団駄を踏んで去ろうとするので、俺はロキへ本題を告げる。


「あ、そうだロキ。道化師の対処法なんだがな。魔獣を倒し終えた後、俺のところに来てくれ! んで、鎖で拘束した後にこの札を投げてくれ」


 俺はロキがから受けとっていた、『貼ったモノを強化する札』と『結界を張る札』を取り出す。


「『押してダメなら、引いてみる』。この札を使ってで道化師を縛って、その上で。そうすれば多分だが、少しは道化師を拘束できるはずだ」


 俺の思わぬ札の使い方に驚いたのか、ロキもセージも驚いた顔をする。そしてロキは再び小刻みに震えると、キッと睨んで札を奪い取る。


「そ・れ・を! 早く言え! この、バカ兄貴!!」




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 と、言うわけだ。

 何故、道化師がロキの拘束を解けないのか。それは『札によって強化されたロキの鎖』と、結界を張る札によって道化師は『結界内に閉じ込められた』。簡単に言ってしまえば、道化師は今、鎖と結界でなのだ。


「まぁ、そういう訳で。簡単には抜け出せない仕組みにしたなんだわ。上手くいったみたいで、何よりだぜ」


 心優しい俺は、道化師に簡潔に説明してやった。


「ただの補助程度の札を、こんな使い方するなんて……。お前くらいのもんだろ」

「そうか? 要は機転と使い方……の、違いだろ?」


 俺は数回、自分の頭を指でつつく。

 ここまで本気で死ぬような、捨て身な作戦をしたんだ。こちとら、この世界でこれから二人も養わなきゃいけねーんだ。上手くいってもらわなきゃ、本気で困る。


「どうだぁ、道化師サマ。今のお気持ちは?」

「たかが人間の、分際デ……!」


 道化師の言葉に、俺は口角を上げる。


「そうだ、俺はただの一般人で、お前の言う弱い人間だ」


 俺は腕を伸ばして、親指を立てる。


「そして『』……そう、侮ってかかってきた。それがお前の、一番の敗因だ」


 そしてゆっくりと、そのまま下に向けて下ろす。




「あまり人間を舐めんなよ?」




 そう言い放てば、道化師は忌々しそうに俺とロキを睨みつけ、下を向く。


 そして何かがおかしいと言わんばかりに、突然


「クックックックッ……。ワタシは、まんまとしてやられた訳……デス、ネ」


 その笑いに、ロキが眉間に皺を寄せて睨む。


「テメェ……、何がおかしい!」

「コレはそうですネ……。とても楽しい、『即興インプロヴィゼーション』デシタ……☆」


 道化師の不気味な笑いや含みに、俺は違和感を覚える。


「デスが……アナタ方ハ、最後の詰めが甘かったようだ……!」


 道化師は『バッ!』と顔を上げる。そして歪みきった笑みで高らかに笑い始め、オレたちを見る。


「我が主への忠誠! アナタ方の首で!」

「証明しましょう!!」


 後方から全く同じ声が聞こえ、俺たちは振り返る。

 そこには捕らえたはずの【それ】が、俺に向かって剣の切っ先を伸ばしていた。


「なっ……!?」

「今度こそ! 死ネェェェェエエ!!」


 ロキが慌てて鎖を構える。……が、間に合わない!


(ヤバい……! 死……!!)




「ちぇぇぇぇ……りょぉぉぉぉおおお!!」




 ……甲高い声が、どこからか聞こえてくる。

 それは何十年も聞き慣れた、少女の声。


 そしてその声が聞こえたと同時に、道化師は『』によって横から壁にめり込むように殴りつけられる。


「グッ……ガハッ……!」


 俺とロキは、何が起こったのか分からずに呆然とする。が、直ぐに思考をフル回転させる。


(この声……いや、まさか……!)


 俺は驚きつつも、恐る恐る声の主へと視線を向ける。




「かーんざっきけーのー、かっくーん!」




 夕日をバックに、『何か』に仁王立ちした声の主である少女は、長い髪を揺らす。




「『やられたら、倍以上にして返す』!」




 夕日で逆光になっていても、その声やシルエットで分かる。その少女の、見慣れた容姿が。




「だよね、!」




 俺をこの世界でそう呼ぶのは、たった一人しかいない。

 思わず目頭が熱くなるのを、グッと抑えて俺は頷く。


「あぁ……、そうだ!」




 そこに居たのは、昨日森の中で出会った木の化け物と、その化け物の枝に仁王立ちで立っている。我が妹の姿だった。

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