第53話 〜お兄ちゃんは投げられるようです〜

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 道化師に首を絞められ、八尋の意識は朦朧としていく。

 一方の道化師は、胸ポケットから1枚のカードを取り出すと、不気味に笑う。


「ふふっ……簡単に殺してしまうにハ、少々勿体ないデスネ。ワタシの受けた屈辱に比べたら、ただ首を切り落とすだけなど……茶番以下デス、ネ!!」


(苦っ、しい……っ! クソっ……、何とかしねーと……!!)


 気道を絞められているせいで、酸素が足りないのか……。抵抗する手の力が、徐々に抜けていく。視界は歪み、目も霞んできた。頭がボーッとしてきた八尋の抵抗も虚しく、だらんと腕の力が抜ける。

 ……その時ふと、ズボンのポケットに手が触れる。そして、硬い『何か』に触れた。


 霞がかった頭の中で、八尋はポケットの中身を思い出す。そして鈍る思考の中で、あることを閃いた。




(一か八か、だが……!!)




 首を絞められ続けたために、酸欠で意識を失ったのか……。血の気が無くなり、青白くなった顔の八尋の瞼は、固く閉じられ、脱力したように浮いた手足は空中に揺れる。


 その呆気なさに、道化師はキョトンとした表情をすると、首を傾げる。


「おやおや〜? もう少し骨のある方だと、思ったのデスが……とんだ勘違いだったみたいデスネ?」


 そして確認するように、八尋の頬を軽くカードで切りつけて、傷をつける。傷口から鮮やかな赤い液体が、ツーッと頬を伝う。……が、八尋の表情はピクリともしなかった。


「フム……無反応、デスか」


 そして何を思ったのか。道化師は近くの壁へ、まるでモノを叩きつけるように、八尋を投げ飛ばす。


 ……しかし、それでも尚、八尋の反応は完全に無反応だった。


「おや〜? 本当ニ、もう終わりなのデスか? 人間とは、本当に脆い生き物デスネ♪」


 道化師は再び八尋の首を掴むと、親指で器用に首を傾けさせる。そして頸動脈へと、カードをあてがう。




「それではその首と共ニ、素敵な血飛沫バラヲ咲かせてください!!」




 勢いよく引き切り裂こうと、道化師が少しだけカードを離す。


 その時、先程まで無反応だった八尋の手が、道化師の手を払った……!


「……そんな物騒な華! 誰が咲かせるかよ!!」

「……!!」


 八尋の言動に、道化師は驚きに満ちた表情で、両目を大きく開ける。

 逆に八尋は固く目を瞑ると、道化師の眼前で懐中時計と発光石を、力いっぱい


「……なっ!?」


 発光石は、眩い光を発する。そのあまりの眩しさに、道化師は反射的に八尋から手を離すと、両目を覆うように隠す。


「アガッ……! 目がァァア……! 目がァァァァア……っ!!」


 そのまま八尋は、発光石を道化師の顔を目掛けて投げつける。




 道化師は、両目を大きく開けていた。そして、その眼前で八尋が発光石を強く叩いたことで、その光源を間近で見た。発光石は大きさや叩く力加減で、その光の輝きが変わる。しかも、あの暗さである。暗い中では通常、生き物は光を集めようと瞳孔が開く。そのせいで余計、眩しさが増したことだろう。




 八尋は目元を隠しながら道化師にタックルをして倒すと、そのままふらつきながら出口へと走った。






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 すぐには追って来れないと思いつつも、俺は上着のフードを深く被る。


「ケッ、ホッ……! あのヤローっ、強く首を絞めてきた上に……、人をモノみたいに投げやがって!」


(俺に何かしらの秘めたる力があったなら、ボッコボコにぶっ飛ばしてるところだ!!)


 そう内心怒りながら、手形の残った首を軽く擦る。先程の衝撃による背中の痛みに耐え、酸欠でふらつく重い足を、必死に動かして走る。頬を切られた時も、投げ飛ばされた時も。全ては道化師を油断させるために、痛みを我慢して微動だにしなかった。


(痛かった。スッゲー痛かった! 一瞬だけ、ちょっとマジで気を失ってたけど……それでも耐えた俺は、もっと偉い……!)


 自分を褒めて鼓舞しながら、懐中時計を見る。


3……!)


 俺は先程の路地裏とは逆に、今度は表通りへと向かって走る。

 すると、後方からは壁を破壊する音とともに、憎悪に満ちた雄叫びが聞こえてきた。


「クソガキがァァァァァアア! もう許さない!! 必ズ……いや、絶対に殺ズゥゥゥゥウゥゥウウウッ!!」

「うわっ、ヤベー……。めっちゃキレてる……」


 振り返らずとも分かる。相手の……道化師の、鬼のような形相が。だからこそ俺は、出来るだけ早く、前へ前へと足を動かす。


 道化師は片手で目元を抑えながら、カードを取り出す。そして俺のいる前方へ向けて投げつける。

 数枚の投げられたカードが、俺の上着やズボンに当たる。


「いっ! ……ったく、ない!」

「……!?」


 カードは刺さることはなく、俺はそのまま足を止めなかった。


「何故だァ!? 何故刺さらないィィィィ! 何故止まらないィィィィイィイイ!?」


 そろそろ視力が戻ってきたのであろう道化師が、片目で俺の様子を見ているのだろう。

 俺は口の端を上げる。それはそうだ。俺は今、

 チラリと上着の内側から、白い札が見える。そう、これは先程『』の一種だ。俺が上着に貼ったのは、『貼ったモノの強度を、上げる札』。

 今の俺の服は鎧まではいかずとも、鎖帷子くさりかたびら程度の強度にはなったはずだ。


(良かった! 読み通り、投げたカード程度なら防げた……!)


 上着だけではなく、念の為にシャツやズボンの裏にも貼っておいた。気休めだが、コレで飛び具のように飛んでくるカードは、一応は防げるはず。


「要は機転と、使い方次第だ!!」


 フードを被ったことで、頭や首も守れている。これで心置きなく、逃げることに専念できる。


(あと少し、あと少しだ……!)


 路地を抜け、表通りへと足を踏み出そうとした。その時――――――!


「へっ……?」




 前方からの突然の突風で、俺はバランスを崩して倒れた。

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