第24話 〜お兄ちゃんは皿洗いをしたようです〜

 ビーンズスープのような、様々な形の豆がたくさん入ったスープを噛みしめながら食べた俺たちは、いつも以上に……いや、今まで生きてきた人生で一番の感謝を込めながら「「「ご馳走様でした!!」」」と手を合わせた。


「あ〜、美味しかった〜!」

「こんなに食事が美味しいと感じたのはたぶん、初めてです……!」

「『空腹は最高のスパイス』って、本当なんだな……」


 俺たちは皿をまとめるとセージの元へ行き、せめてものお礼として皿洗いの手伝いをさせてもらっている。俺が洗い、伊織がすすぎ、妹が拭く。

 シスター達は最初こそ俺たちに不信感や警戒心を示していた(主に妹の紙袋に対して)が、セージの機転で『遠くから来た古い友人』として紹介されたことにより、笑顔で受け入れてもらえた。

 これがすんなりと受け入れられたのは、一つにセージの人柄のおかげだろう。


「すみません、お手伝いしていただいて……」


 表の片付けが終わったのか、セージが申し訳なさそうに洗い場へと入ってきた。


「いやいや、宿も食事も用意してもらって何もしないなんて日本人……いや、人として寧ろ当たり前だから」

「お皿ピッカピカにするよー!」

「私たちの世界の国では『情けは人の為ならず』という、言葉があります。これは私たちのためにやっているので、どうかお気になさらず」


 俺たちの言葉を聞いたセージは、キョトンとした顔をするとすぐに笑顔になって「それではお言葉に甘えさせていただきます」と、妹が拭いた皿を戸棚に直し始めた。


「……それではこちらが終わりましたら、少し休憩致しましょう。それから、先程のお話の続きでも致しましょうか」

「お、それは助かる! ……んじゃ、さっさと終わらせマスカット!!」

「はい」

了解ラジャー!!」


 そうして俺たちは、速攻で皿洗いを終わらせたのだった。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 食器を片付け終えた俺たちは、一息つくとセージに連れられて図書館へと向かった。王都に次ぐ街の図書館とあって、かなりの大きさの建物だった。


「はぁ〜……教会も凄かったが、図書館こっちも想像以上に凄いな……」

「と、とても立派な図書館です……!!」


 チラッと見た伊織の表情がどことなく嬉しそうに見えるのは、きっと俺の気のせいではない。昨夜の本も読むことは出来なかったが、まるでパズルを解く子供のようにどこか楽しそうに解読しようと努力していたし。

 ……一方のウチの妹様といえば、少し離れたところで今まさに猫と戯れようと、猫じゃらしのような葉っぱをヒラヒラとヒラつかせて遊んでいる。


(なんだったかな、あの葉っぱ……エノ、エ……エノモトグサ?)


 祖母に教えてもらった気がするが、思い出せないのでパス。


 ふと、図書館を見上げると、教会のものと全く同じの紋章が飾られているのに気づいた。


「なぁセージ。やっぱこう言う大きな施設には公爵サマの家紋……っつーか、紋章が飾られてるもんなのか?」

「そうですね。協会や図書館のように紋章がある建物は、公爵家の作られたものですから……」

「つまり、紋章がある建物のは、一つに、公爵家の富や権力を表しているということなのですね?」


 伊織の言葉にセージは「そういうことです」と言うと、すぐに「こちらです」と俺たちを入口へ案内してくれた。


「……そこの三人、止まれ」

「……? 俺たちの事か?」


 中に入ってすぐのところで、警備兵のような二人の人物に声をかけられた。一人は見るからに厳つく屈強な体付きの、スキンヘッドの褐色肌の男。もう一人は右目に眼帯をつけ、顎髭の生えた明るい茶髪の男だった。


「見ない顔だな……。何者だ?」

「何故袋を被っている?」


 俺たちは振り返る。ちょっと忘れかけてたが……ウチの妹、そういえば袋を被っていたんだった。そら声もかけられるよな。


「見るからに怪しいな……」

「おい、そこのお前。袋を外せ」

「ニンゲン、コワイ……ムリ……」


 妹は袋をしっかり掴んで首を横に振りながら、片言で拒否する。それがいけなかったのだろうか……。見るからに警備兵たちの不信感が、さらに増していく。


「怪しいな……」

「アヤシクナイ。トラナイデ」

「いいから外せ!!」

「ヤメテ! サワラナイデ……!」


 スキンヘッドの警備兵が妹に手を伸ばした瞬間……『バチッ!!』と、静電気が走り抜けて弾けるような大きな音がした。触れようとしたスキンヘッドの警備兵は驚いて手を引っ込め、慌ててもう一人の顎髭の警備兵が槍を構える。


「貴様……! 今何をした!?」

「ナニモシテナイ!」

「嘘つけ! 防壁魔法ぼうへきまほうを使っただろ!?」

「……ッ! ツカッテナイ!」


 妹も俺たちも、訳が分からずに混乱する。慌ててセージが割って入り、先程のシスターたちへのように俺たちについて説明をする。

 しかし興奮している警備兵の二人は耳を傾けず、妹から紙袋を取り上げようと迫り来る。



 ――――――それが妹のトラウマの引き金を引いた……。――――――



 妹は地面に座り込むと、紙袋の上から頭を抱え込む。そして蹲って小さく震えながら呪いのように言葉を口にする……。


「……い…………、………………な……、ご…………さ………………」


 俺も伊織も、妹の異変にすぐに気づいた。だから妹を


「…………? なんだコイツ?」

「おい……なんか、様子おかしくないか……?」

「……? ヒナコ……、様……?」


 俺は妹の手を掴みながら、袋越しに額を合わせる。そして伊織は、背中そっと撫でてやる。

 それでも、まだ止められない……。妹の呪いのように、繰り返す言葉を。


「…………い…………さ………………ご………………なさ…………ごめ…………」

「ヒナ……落ち着け……落ち着くんだ……! 大丈夫だから……!」

「大丈夫です……あなたを傷つける人は、私たちが絶対に近づかせませんから……!」


『大丈夫』…………と、何度伝えたところで、今の妹の耳には届かない。




「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」



 ――――――期待に応えられなくてごめんなさい……。


 ――――――死ねなくてごめんなさい……。


 ――――――生きていてごめんなさい……。


 ――――――生まれてきてごめんなさい……。


 ――――――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………。



 妹の中ではたくさんの『ごめんなさい』が、呪いのように頭の中をグルグルと過ぎっている。


(…………!?)


 俺は妹の手を強く握りながら、下唇を噛んだ。




 その時、入口に小さな影が一つ現れた。




「……つったく、めんどくせーなぁ……」


 声の主に目を向けようとした瞬間……。小さなゴムボールのようなモノが視界の隅を横切った。

 は、地面に当たると『ボン!』と音を立てて破裂する。と、煙幕のような煙が辺り一面の視界を覆った。


「な、なんだコレは!?」

「何も見えないぞ!!」


 二人の警備兵が、慌てる声がする。


「おら、こっちだ! さっさと来い!!」

「あ、あぁ……!!」

「ちょ、ちょっと待ってロ……」


 俺は声の主らしき人物に腕を引かれ、慌てて妹を連れて走る。……と、フワッと体が一瞬軽くなったと思った。




 そして気づいた時には視界いっぱいには青空が見えていた。

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