第23話 〜お兄ちゃんは教会に着いたようです〜

 伊織ママを怒らせてしまったので、俺たち兄妹は真面目に街を見ながら教会へと向かうことにした。

 途中、何度か興味を引かれた妹が、フラッと居なくなりそうだったので、慌てて腕を掴んで確保した。


 緩やかな坂道を登る。元気な子供たちが、隣を走り去って行く。その姿を微笑ましく眺めていると、ふと何かが俺の足にぶつかった。


「……お?」


 俺は足元を見る。すると俺の膝より少し高いくらいの身長の小さな子供が尻もちを着いていた。


「あ……えっと……」


 子供はオロオロと周りを見ると、瞳に涙をためて今にも泣き出しそうだった。俺はしゃがんで子供と目線を合わせると、手を差し出した。


「そら、大丈夫か? 怪我はしてないか?」

「う、うん……大丈夫だよ」


 子供は俺の手を握る。俺は子供の手を引っ張って立たせてやると、軽く服を叩いて土埃を落としてやる。


「そうか、なら良かった。元気なことはいいことだが、気をつけろよ? 俺は大丈夫だが、もしお前が怪我したら大変だからな」

「うん、ぶつかっちゃってゴメンなさい」

「よし、ちゃんと謝れていい子だ。転んだ時も泣かなかったし、お前は強い子だな」


 そう言って頭を撫でてやると、子供は「えへへっ♪」と嬉しそうに前歯が一本抜けた歯を見せながら、ニッコリと笑って抱きついてきた。そして少しかけ出すと「ありがとう!」と言って去っていった。俺は子供に手を振りながら「うん、、な?」と、笑顔で念押しした。

 妹が後ろで「ぶふっ……!!」と吹き出して、小刻みに笑いをこらえている。よし、後でこめかみグリグリの刑だ。


「微笑ましいですね」

「あぁ、ヒナも小さい頃は……。いや、今もあまり変わらんな……」

「おい、お兄様? それは一体、どういう意味ですの?」


 妹は俺の胸ぐらを掴んで、自分の目線に合わせようと引っ張る。


「やめろ、襟が伸びるだろ」

「可愛い妹に対して、失礼なこと言うからだろお兄様。ねぇ、イオ!?」

「はい。ヒナに関しては、実に残念です」

「イオまで!? ねぇ酷くない!? ねぇってば! ……二人して、無視すんなし!!」


 俺と伊織は騒ぐ妹を無視して、もう眼と鼻の先にある教会へと足を進めた。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






 教会の裏口に、ひっそりと子供たちが集まっていた。

 その中心に他の子供たちよりも背丈が抜き出た……。10代前後くらいのフードを深く被った子供が一人、他の子供たちを魅了していた。


 フードの子供は手の中から、様々なモノを出す。それはただの石ころだったり、綺麗な丸みがかったガラス片だったり、アメ玉だったり。一つだったものが二つ、三つに。増えたかと思えば減り、今度は減ったかと思えば増え。……そしてズボンのポケットや腰に下げたバックからは、鼻眼鏡やビックリ箱、爆竹に帽子にと、様々なモノがドンドン出てきた。

 そして最後に白い鳩をどこからともなく取り出し、子供たちは盛大な拍手をした。


「ロキすごーい!」

「ロキ魔法みたいー!」


 子供たちの中心にいた人物……ロキは口の端を上げては、ニヤリと笑う。


「残念だったな、これは魔法じゃねーよ。昔見た大道芸人がやってたのを、マネしたんだよ」


 ロキはニッと笑うと、ポケットからアメ玉の入った包みを一つ取り出す。


「えっ!? 魔法じゃないの!?」

「ねぇねぇ、どうやったらそんなこと出来るの?」

「ロキ〜、教えて〜」


 子供たちがロキの服を掴んでは「ねぇねぇ」と引っ張る。

 ロキは「だ〜! 服が伸びるからやめろ!」と不機嫌そう……だが、どこか子供たちに対して甘い態度を示す。


「お前らなぁ……中身タネを教えちまったら、面白くねーだろ? アメやるからさっさとあっち行け!!」


 そう言ってアメを宙に投げては両手で掴む。そして手をふくらませて開く……と、そこには人数分のアメが入っていた。


「わー!」

「ロキありがとー!!」


 子供たちは、嬉しそうに一つずつ色とりどりのアメを受け取ると、教会の入口の方へと走っていった。


「オメー等、あとがめんどくせーからコケんじゃねぇぞー」


 ロキは「シッ、シッ」っと嫌そうに口と手で子供たちを払うが、顔はどこか楽しげだ。

 すると後ろからロキの服をクイクイっと、掴む影が一つあった。ロキは軽く舌打ちすると「何だよ」と文句を言いつつも、しゃがんで目線を合わせる。


「ねぇねぇロキ〜、これなにかわかる〜?」


 前歯が一本抜けた小さな子供が、自身のポケットから何かを取りだす。それを見たロキは、「はぁ?」と顔を歪めて子供を見る。小さな子供が持っていたそれは、大人の手の平サイズくらいの薄く四角い、一枚の黒い板だった。


「お前はまた……。どっからそんなもん、スってきたんだ?」


 子供は「ニシシッ」と笑うと教会の入口……。その先の緩やかな坂を、指さした。


教会ココにくるとちゅうで、めずらしいかみいろのマヌケなおじさんがいたから、とってきた!」

「阿呆、珍しい奴なら尚更スったら危ねーだろーが」

「いたっ!」


 ロキは子供の頭にチョップを食らわせると、黒い板を取り上げる。


「あっ……!」

珍しい奴そいつ黒い板コレもヤベーやつかもしんねーからな。黒い板コイツは俺が預る」

「えー! ロキのケチー!」

「ケチもクソのねーよ、バーカ!」


 不貞腐れる子供に、ロキはそう言って舌を出しながら立ち上がり、黒い板をポケットに仕舞う。代わりにバックからお菓子の入った袋を取り出した。


「おら、お菓子コレやるから大人しくしろ。あと他のガキ共にはこの事は秘密な。分かったらあっち行け」

「わ〜、クッキーだ〜! ありがと〜、ロキ〜!」


 子供は嬉しそうに受け取って袋をポケットに仕舞うと、他の子供たちの後を追って走る。

 ロキはその姿を最後まで見送ると、ポケットから黒い板を取り出し、マジマジと見る。


「結構長く生きてきたつもりだが……。何だこの板?」


 価値も使い方も分からない黒い板それを、裏表隅々と見る。ひとしきり見終えたロキは、指を鳴らして腰に下げたバックへと入れる。


「……まぁ後でゆっくり鑑定でもしてもらって、少しくらい金の足しになりゃそれでいいか」


 もう一度指を鳴らすと、自身も子供たちの去った方へと歩き始めた。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 緩やかな坂道を登り終えると、ようやく教会へと辿り着いた。

 距離はさほどなかった。が、俺と妹の茶番劇……それと主に妹の確保に手間取って大分時間をロスした。どのくらい時間をかけたかと言うと、それはもう先程から伊織ママが小さな声で小言を連発してるのを、聞いてないフリして流してるくらいだ。


 第一印象はとっても立派な教会だと思った。なんと言うか……そう、ほのぼのとしたドラマとかに出てくる、草原とか町外れにあるこじんまりとした教会ではなく、映画とか漫画とかの……大都市の中心で見るような割と大きくて、立派な教会だった!


 いやもう正直、俺の語彙力じゃこれが限界だね!!


「はぁー、スゲーな……」

「宿の方からお話は伺ってましたが……。とても立派な教会ですね」

「銃剣持った神父とか、刀持ったシスターとかいるのかな!?」

「やめろ! それは異教徒と吸血鬼と食屍鬼対・化け物共専用の、武装神父集団だ! あんな集団、ガチで居てたまるか!!」

「あの、さっきからお二人は一体、なんの話ししてるんですか?」


 俺たち兄妹にしか分からないネタを投下されて、伊織は本気で分からずに眉根を寄せている。まぁ、ちょっと分かりにくいよなー。


 教会へ入る前に、立派な塀と門を潜る。白を基調とした壁の教会の屋根は澄み渡った空のような鮮やかな青色で。所々見当たる金の十字架や遠くからは分からなかったが、施されたツタのような繊細な装飾は、悪目立ちせずに見事に馴染んで調和している。


「ん? なんだあの飾り……?」


 俺は協会のてっぺん……中央の大きな十字架の上に別の何か、薄緑の金属で天使や妖精の羽根のようなモチーフの装飾で、中央にエメラルドのような……色が濃く大きな緑の石がはめ込まれた、紋章のようなものを見つけた。


「あぁ、羽根あちらの紋章は『』の紋章です」


 聞き覚えのある柔らかな声の主に、俺たちの視線は集中する。そこには箒を片手に持ち、子供たちに囲まれながらシスター達と掃除をする、セージの姿があった。


「こんにちは。ヤヒロさん、イオリ様、ヒナコ様。昨夜はよく眠れましたか?」

「おぉ、セージ。昨日はありがとうな」


 俺は片手を上げて挨拶をすると「いいえ、お役に立てて良かったです」とニコリと笑った。伊織は頭を軽く下げて挨拶をする。妹も手をブンブンと振ってはセージの名を呼んだ。


 セージは妹に軽く手を振り返す。そして近くにいたシスターに箒を預けると、スタスタと俺たちの元へと近づいてくる。


「えーっと、セージ。早速なんだが『うぃん……』何とか公爵家、ってのはなんなんだ?」


 頬をかきながら問う俺に、セージは「はい」と笑顔で頷く。


「『ウィングベルグ公爵家』というの、はこの国を動かす『』の一つで、この街を含めた……ここら一帯の領地を納める領主の家名です」

「『……?』」




 ――――――グゥ〜……!!――――――




 俺が首を傾げると、後ろから大きなお腹の虫が鳴った。


 振り返ると口元を軽く隠し、そっぽを向いてる人物が一名。それを表情の読めない状態で見ている人物が、さらにもう一名。


「えっと……」

「すみません……」

「いや、責めてないから……」

「すみません……!」

「仕方ないよ、これはある意味お約束みたいなものだよ」

「すみません……!!」


 もはや後半は逆ギレのように顔を赤くして謝る伊織は、妹から哀れを込められた肩ポンに、完全に両手で顔を隠してしまった。


(まぁ仕方ないよな……イオは授業が終わってから部活して、ウチに来てヒナの家庭教師してたんだ……)


 しかもゴタゴタして昨晩から飯抜きと来た。腹が減っても、コレは仕方がない。


 伊織の反応に、一瞬キョトンとしていたセージは「ふふっ」っと軽く笑うと手を叩く。


「もうお昼前ですからね。お腹も空いてるでしょう。……皆さん! そろそろお昼ご飯にしましょう! 手伝ってくださーい!!」


 セージの声に反応したシスターや子供たちが、教会の扉を開いて集まる。そして大きなテーブルを運び出し、その上に白いテーブルクロス敷いては、大きな鍋とお皿が用意された。


「さぁ、皆様もどうぞ。お腹が空いては、午後からのお仕事もできませんからね」


 そう言って俺たちを手招きする。俺と妹は俯く伊織の手を引いて、どんどん集まる人々の中に混ざる。


『腹が減っては戦ができぬ』。




 俺たちはこの世界に来て初めて口にした、塩味が少しきいた薄いビーンズスープの味をしっかりと噛みしめながら、これ以上ないほど食べ物に感謝した。

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