第21話 〜お兄ちゃんは起こされたようです〜

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 ――――――ずっと夢を見ていた気がする……。―――――― 




 ――――――とても長い永い、永遠とも思える夢を……。――――――



 《…………グズ…………グ……スン》



 ――――――誰かが泣いている……?――――――



 ――――――ヒナコだったらあやしてあげなきゃ……。あの子はまだ子供だから。――――――



(泣いてる方へ、行かなきゃ……!)



 感覚の無い腕を、一生懸命伸ばす。


 真っ白な世界に輝くへと伸ばす。




 ――――――誰かが傷ついて泣いてる姿を見るのは……!!――――――




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「……〜〜〜!!」

「……! 〜〜!!」


 ……人の話し声がする。どこか、慌ただしいような声だ。


 また隣の家の味噌汁の具についての、しょうもない夫婦喧嘩か?

 それとも耳の悪い向かいのおじいちゃんの、毎朝恒例の大音量体操か?


(五月蝿いな……。こっちは妹とハゲ上司からの無茶ぶりで、日々疲れてんだ。休みの日くらい、ゆっくりさせてくれよ……)


 朝日なのだろうか。騒音で浅くなった眠気に、瞼越しの光が眩しくて、モゾモゾと寝る体勢を変えようと、寝返った瞬間――――――!


「……オッ、ハヤッホーイ! ハイホーイ!!」

「グエッ!?」


 みぞおち付近に、衝撃と同時に走った激痛に、思わず轢かれたカエルのような変な声が出る。俺がみぞおち付近を抑えて悶えてると「技が決まったドーン!!」などと楽しげにはしゃぐ、腹立たしい声が聞こえてきた。……ので、思わず声の主の顔面を反射的に掴む。


「Do you have any last words……?」

「アイ……キャン、ノッ、ト……スピーク、……っ! イングリッシュ……!!」

「直訳すると『何か言い遺すことはありませんか?』ですよ。ヒナ……」


 伊織がため息混じりに和訳を説明する。俺が顔面を掴んでる。もとい、アイアンクローを食らっている妹は、「ゴメンなサー……」と謝りながら手を引き剥がそうと俺の腕を掴む。


「寝ている兄に、エルボードロップをかました感想は?」

「大変楽しく……って、いだだだだだ! ゴメンなさいお兄様!! 大変申し訳ございませんでした!!」


 俺は妹にアンクロした状態でそのまま向かいのベッドへと、押し付けるように力を入れる。妹はアンクロによる顔面の痛みと、ブリッジさせられる背骨の痛みで俺の腕を思いっきり『バンバンバン!!』と三回叩いた。

 俺が手を離すと妹は「ノォォォォォォォオオオ……!!」と顔を抑えながら、ベッドの上を転がり始めた。


「だから、やめときなさいと言ったのに……」


 ため息混じりに、伊織の呆れた声が聞こえる。俺は伊織の方を向き直って、歩く手を上げる。


「おぉイオ。おはよう」

「はい。おはようございます、ヤヒロさん」


 俺は首をコキコキと鳴らしながら体をほぐし、伸びをしながら欠伸を一回する。普段は寝起きがいい方ではないが、ウチの妹様のおかげで目覚めは最悪だが、確実に目は覚めた。


「しかし起きるの早いな、イオ。流石というかなんと言うか……」

「いえ、私は……。この中で、一番最初に目覚めたのはヒナでしたし、それに私も……」


 伊織は何かを言いかけたが、サッと目を逸らして口元を手を隠す。と、青ざめた顔で嫌な顔をした。あっ、察し。コイツも俺と同じで、何かしら荒々しい起こされ方をされたに違いない。

 俺は未だにベッドの上を転がる妹へ、冷ややかな視線を浴びせると伊織の方へと視線を戻す。


「時間は……、まぁ大体朝の九時くらいか」


 俺は昨日、セージから渡された懐中時計のような、機械仕掛けの時計を見る。中には発光石はっこうせきとはまた別の特別な石が入っており、価格はピンからキリまであるらしいがこちらはかなり正確に時間を示してくれるらしい。


「正直、現実リアルだったら昼まで寝てたいところだが……」

「この世界について、まだ分からないことだらけですしね」

「それなー。とりあえずセージが傍に居てくれてる今、申し訳ないが甘えられることは甘えて、色々と勉強しねーとな」


 俺は上半身をベッドに倒して天井を見上げる。「なにか夢でも見てたなー」と思いながらも、木の木目をボーッと見つめて今日の予定を考える。


(手始めにこの世界の事を知りたいな。歴史とか種族とかその他諸々……)


「セージの言ってた手紙の件も、何とかしねーとな……」


 ボソッと呟いてると、隣のベッドから「ふっかーつ!!」と騒がしい声が聞こえだしたので、俺は目も向けずに「オメデトー」と棒読みで返した。


「セージも起きてるだろうし、セージの部屋にでも……」

「セージさんなら今、部屋に居ないよ?」

「「……え?」」


 妹からの予想外な言葉に、俺と伊織は妹へと視線を向ける。妹は口笛を吹くように口を尖らせ、鼻歌交じりに前髪を結びながら言う。


「今の時間は街の教会でお祈りをした後に、子供たちと遊んだり勉強を教えたりするから、宿に戻ってくるのは早くてもお昼くらいだって。『』が言ってた」

「へー、そうなのか。ロキロキが……」


 お祈りや子供たちと遊んだり、勉強を教えたりって……。やっぱ、神官ってのは忙しいんだな。まぁ詳しくは知らんけど。


(……ん? 『』……?)


 前髪を結び終えた妹が、満足そうに笑顔を浮かべてはメガネをかける中、俺はふと疑問を抱いた。


「妹よ。つかぬ事を聞くが、『ロキロキ』って誰だ……?」

「え? 『ロキロキ』は『ロキロキ』だよ?」

「いや、その情報をくれた『ロキロキ』を、知りたいんだよ」

「何言ってるのヒロくん? 昨日『ロキロキ』と会ったじゃん」

「え?」

「え?」


 若干話が噛み合ってない俺と妹は、互いに首を傾げる。伊織も首を傾げ、静寂な空気が流れる。

 一時の間を経て、俺はまさかと思い恐る恐る聞いてみる。


「『ロキロキ』って……まさか昨日セージを吹っ飛ばして、散々罵倒に罵声を浴びせてた『ロキ』か!?」

「そーだよ。それ以外にロキロキっていないじゃん」


 俺は額に手を当てて、ため息をつく。あれだけセージの言葉も、俺と伊織の説明にも、意見を曲げずに敵意剥き出しだったロキが……。まさかまさかの人見知りの妹が、あだ名まで命名してるとは……。


「お前のコミュ力、どうなってんだよ……」

「人見知りは健在ですぞ、お兄様」


『きゅぴーん☆』と効果音でもつきそうな顔とポーズに若干イラッとしながらも、俺は妹の頭を撫でながら「よくやった、我が妹よ」と褒めてやる。


「なんでヒナとロキが仲良くなってるのかは、この際置いといて」

「え? 酷くない? ヒロくん? ヒナちゃん頑張ったんだよ? ねぇ? めっちゃ頑張ったんだよ? おい、無視すんなや」


 ポカポカと腕を振り回して不貞腐れる妹を、片手で制しながら、俺は伊織に話しかける。


「セージが居ないことには何も出来ねーし、とりあえず街を見学がてら教会にでも行ってみるか?」

「そうですね。この世界の事を知るにはまず、実際に見てみるのも一つの手ですね」


 伊織は少し考えた後に、頷いてそう答えた。そして二人して妹へ振り返り、片方ずつ腕を掴む。


「えーっと、お二人さん? この手はなんでしょうか?」

「おら、ヒナ。お前も出かけるからさっさと支度しろ」

「『出かける』って、どちらへ?」

「「教会へ」です」

「えぇぇぇぇえーっ!?」


 それを聞いた妹は、ジタバタと手足を動かして暴れ出す。


「嫌でござる! 人間がいっぱいいる街になんか、出たくないでござる!」

「コラ! 子供じゃないんだし、駄々こねるな!」

「まだ子供だよ! 駄々もこねるよ!」


 妹は俺の無慈悲な言葉に対し、救いを求めるようにチラッと伊織を見る。上目遣いで潤んだ妹の瞳に、伊織は少しばかり良心が痛むのだろう。一瞬どうしようかと、困り顔を浮かべる。……が、しかし。心を鬼にした伊織は、首を横に振ってはその救いを断ち切り、畳み掛けるように正論を発する。


「当分この世界で生きてくためには、まず人に慣れてください」

「そんなぁ〜……、殺生なぁ〜……」




 俺と伊織は嫌がる妹を、半ば強引に引きずりながらも、一旦街へ出ることにした。

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