第19話 〜お兄ちゃんは嫌われたようです〜

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「ふっかーつ!!」


 両手を大きく広げ元気に立ち上がる妹に、俺は机に肘を立てながら冷ややかな視線を送る。伊織はセージから借りた、日本語でも英語でもない……。よく分からない文字で書かれた本と睨めっこしていたが、妹の声に一旦本を閉じた。

 正直俺的には「もう少し、大人しくしてて欲しかった」というのが本音だが、復活してしまったのは仕方ないので諦めてため息をつく。


「ちょっと! なんでため息つくのさ、ヒロくん! もっと可愛い妹に対して、『おめでとう』の気持ちとかないの!?」

「アーオメデト、オメデトー」


 俺は全く心のこもっていない祝福の言葉を、妹へと贈る。そんな俺の態度に不満な妹は、少しでも祝ってくれるであろう希望を持って、伊織へと話を振る。


「もー! 酷い!! イオも何か言ってよ!!」

「ヒナ、夜なんですから。もう少し静かにしてください」

「イオも冷たい! みんな優しくしてよ!!」


 ベッドの上でジタバタと暴れだした妹を無視して、俺は伊織に近づく。


「イオ、なんて書いてるか分かるか?」

「正直さっぱりです……私の知る限り、どこの国の言語とも一致しません」

「だよなー……やっぱり文字の翻訳までは、無理だったかー」


 今俺たち二人は何をしているのかと言うと、このファンタジーな異世界の文字について勉強しているところだ。

 残念なことに言葉の発音への翻訳は機能していても、さすがに文字については翻訳外だったらしい。もはや何かの暗号にしか見えない文字列を見ながら、伊織と共にため息をつく。


(コレは元の世界に戻るまでに、一つの世界の言葉を覚える必要があるみたいだな……)


「まぁ、とりあえず。この世界の文化や文字は明日、セージに教えてもらうとして……」

「当面の問題はロキさん、ですね……」


 俺は無言で頷く。


 ちなみに、お分かりであろうか? この妹が復活してしまったという意味を。別に俺は復活の呪文など口にしていない。そう、今この場にいるのは俺、妹、伊織の三人。つまり、元の世界からの馴染みのメンバーだけなのだ。故に、デバフであった妹の人見知りスキルは、一時的に解除されたのだ。

 何故この三人しか居ないのか。それはセージの労いで、セージとロキの部屋とは別に、俺たちだけの部屋を用意してもらったからにほかならない。


 セージ曰く、「皆さん初めての夜で不安でしょうし、御三方の分の部屋をご用意させてもらいます。馴染みの方同士の方が、安心できると思いますから」との事。妹の人見知りも限界だったので、セージの言葉に甘えさせてもらった。


 セージのこの提案の理由はもちろん、それだけではない。




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 ――――――ことの始まりは一時間程前……。――――――




 ロキの生意気な態度にイライラしながらも、妹や社会の理不尽さに鍛えられた鋼の精神で、俺は何とか冷静さを保っていた。

 妹と伊織がどことなく俺の機嫌をチラチラと伺ってるのは、きっと気のせいだ。なに、ちょっと酸っぱいものや苦いもの。苦手なものを人前で食べた時に、頑張って作った笑顔を顔に貼り付けたような表情をしているだけさ。


 その間に俺たちの素性や出会った経緯を、セージがロキへ説明をしてくれている。


(落ち着け俺……。子供相手にムキになるな。ムキになったら負けだぞ。そうだ、これはそういうゲームだ。それなら耐えてみせようではないか)


 そう自分に言い聞かせながら、腕を組んで壁にもたれかかる。俺たち自身が説明するより、気の知れたセージが説明した方がロキも納得してくれるだろうというのが、セージを含めた俺たちの考えだ。


 ロキは椅子を前後逆にして跨ぎ、背もたれを顎おきのようにして不満そうに聞きながら、時折俺たちのことを見定めるようにチラリと見る。ロキと目が合う度、妹は怯えては俺の足元でズボンを掴む。


 一方の伊織はセージと共に、俺の説明不足などを補足として補うため。また、中立の立場として、セージとロキに時折説明をしている。伊織は頭の回転もいいし、先程やりあいかけた俺と違って溝も何も無い。冷静に判断もできるためだ。


「……で? 要はお前らはココとは違う世界から来た異世界民で、森で倒れてたセージの馬鹿を助けたのをきっかけに、どうしようもないお人好しのセージのアホに拾われたと?」


 セージと伊織からことの経緯を聞き終えたロキは、俺を見る。まぁセージが倒れてた原因は、この妹様が原因だが……。ロキにこれ以上不信感や警戒心を与えないため俺、伊織、セージはそこにはあえて触れなかった。俺は「そうだ」と頷く。

 少しの間の後、ロキは頭の後ろで腕を組んで「馬っっつ鹿らしいー!」と声を上げて背中をそらす。


「……と、言いたいところだが。時々上の王族やら貴族やらのお偉いさん方が、コソコソ集まっては『』とか言って、異世界の人間を呼び出したりしてるみてーだしな。……なくもねー話だな」


 と、あっさり受け入れられた。


「え、信じてくれんのか……?」

「お前らが勇者かどうかは別として、それに巻き込まれた可能性は大いにありえるだろ」


 俺はロキの以外な反応に驚きつつも、どこかホッとする。ロキは口角を上げて鼻で軽く笑う。

 ……が、次の瞬間。ロキは今までよりも一層冷たい視線で、俺たちを睨む。


「言っておくが、僕は勇者も異世界民も、も……、皆だ!!」


 そう言って椅子を蹴飛ばすように立ち上がると、ドカドカと出口の扉へと向かう。


「待ってロキ!」

「言っとくがな、セージ!」


 ロキは振り返らずに、セージへと向けて言葉を吐く。


「僕はお前の手伝いはしても、。……それだけは覚えとけ」


 そう言ってドアノブに手をかける。


「――――――――――……」


「……?」

「……!」


 扉を荒々しく開けては『バンッ!!』と大きな音を立てて、勢いよく閉める。その前に、ロキは何かを口にしたような気がしたが、俺にはよく分からなかった。

 何気なくチラッと見た足元の妹は、驚いたように目を大きく開けてロキが去って行った扉の方を無言でじっと見ている。


「ロキ……」


 セージは何かを口にしようとしたが、グッと下唇を噛んでは言葉を飲み込んだ。

 そしていつもの笑顔で、「お部屋をご用意致します」と笑った。




 ――――――その笑顔がとても痛々しく悲しげだった事に気づいたのは、ただ一人だけだった……。――――――

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