第7話大反撃1

「あなたは神を信じますか?」


キター!久々に来ましたよ!


俺、水谷ツトムは思わず心の中でそう叫んだ。


だって、しかたないだろう。

今時こんな人たちと出会う確率って、渋谷で芸能人と出会うのより遥かに難易度高いだろうし。

しかも都内とはいえ、俺の住むこの辺境の田舎町の駅前でだぜ。


俺が子供の頃は、街で石を投げれば、某宗教の某宗派を布教してる人に当たると言われてたほど、そこら中に蔓延してたけど、さすがに最近では、めっきり姿を見なくなっている。


で、久々の遭遇にいささか興奮気味な面持ちでいる俺に、


「え?、引いてます?じゃあ、あなたの健康を祈らせて下さい!」


と、俺の目の前にいるユルふわ銀髪ロングヘアーのお姉さんは、自分がヘマしたと思い込んだのか、続けざまに大技を繰り出してきた。


「え?、え?、またまた引いちゃってます?えーと、それじゃあ、あなたのためにポエムを……」


すげーな、相手に息つく暇さえ与えないとは。


もう何の宗教か分からなくなっちゃってるけど。


「えーと、えーと、それじゃあ」


と、その時、背後から俺がよく知る二人の女の子の声が聞こえてきた。


「島村サエコ、駅前であのバカを見たという情報は確かなんだろうな?」


「ええ、同じ剣道部のチサが確かに見たって、連絡をくれたわ」


ヤバイ!


アゼルとサエコのヤツ、もうここまでやってきたか。


今、あいつらに捕まったら、確実にタマを取られる!


俺の本能がそう告げている。


でもどうする?


万年帰宅部の俺と、一人は魔界武装親衛隊のエリート、もう一人は女子剣道部のエース。

体力差は歴然だ。

走って逃げても直ぐに追いつかれるのがオチだ。


「ええい、あの大バカ者めが、見つけたらタダではおかんぞ!」


「ホントよ!ツトムのヤツ、たっぷり教育的指導をしてあげないとね!」


いよいよ状況は最悪の様相を呈してきた。


その時、ユルふわ銀髪ロングヘアーのお姉さんが俺の手をつかみ、


「こっちです!」


と、俺を連れて、商店街の裏道を走り出した。


「え、ちょ、ちょっと」


「大丈夫です!私に任せて下さい。あなた追われてるんですよね?」


「いや、そうだけど」


「きっとあの二人は悪徳高利貸か、インチキ宗教の回し者に決まってます!そんな悪人たちの手に決してあなたを渡しません!」


「……」


後者に関しては、お姉さんの方が大分近いような気がするんだけど。


こうして駅前で運命の出会いを果たした俺とお姉さんの地獄の逃避行が始まった!



と、まあ……のっけからこんな訳の分からない展開で申し訳ない。


今日は夏休みに入ってから最初の日曜日。


アゼルとサエコの電撃的同盟から、既に十日が経過していた。


その日の朝、俺は目覚めた時から密かに心の中で決意していた。


「今日こそ、俺は真の自由に向ってエスケープするぞ!」


というのも、夏休みに突入して一週間が経っていたが、俺は毎日朝から晩までアゼルとサエコの特訓という名の虐待を受け続けていたのだ。



「じゃあ、まず手始めにツトムが多量に隠匿している不健全なお宝の処分から始めましょうか」


あのサエコの一言を皮切りに、俺の生活は一変した。

俺が所持していたお宝の90パーセント以上が破棄され、厳しい監視の現状下では新規の購入も難しい。


さらに、


「われわれ二人で、各々得意分野を担当したほうが効率的ではないか」


との、アゼルの提案から、朝は5時起床。

サエコと朝食前の軽い(?)5キロランニングの後、6時に朝食。

息つく暇もなく、アゼルの指導(監視?)下、7時から午前中は夏休みの宿題を片づけ、昼食の後、今度は夕方まで、二学期以降の各教科の予習。

夕方からは、部活終えたサエコの血も涙もない武術指導(サエコはおじさんから、空手と合気道の手ほどきも受けているのだ)。

そして7時半に遅い夕食をとった後、9時には就寝という、およそ現代日本の高校生の夏休みというよりは、アメリカ海兵隊の新兵訓練期間というべき日常が続いていた。


「もうイヤだー!いっそ殺してくれー!こんな灰色の青春じゃ生きてたって意味ねーよ!」


そんな、俺の悲痛な叫びに対しても、


「身から出た錆だ!」


「いつか私たちに感謝する日がくるから!」


と、無情でありがた迷惑なお言葉が返ってくるのみ。


「このままじゃ、ダメな俺がダメになる!」


そう悟った俺は、この日、ついに計画を実行に移したのだ。



「心配しないで下さい。私にいい考えがあります」


俺と手をつないで走りながら、お姉さんは朗らかにそう言った。


「はあ~、そうですか」


朝食の後、隙を見て、家から脱出したものの、駅前に来る途中、サエコの部活仲間に発見された俺は、駅前で知り合った銀髪美女(付け加えるならすごい巨乳!)のお姉さんと逃避行を続けてるわけだが、何だかこのお姉さん妙にノリノリというか、この状況を心から楽しんでるように見える。


「はあ、はあ、はあ、あのー、どこに向かってるんですか?」


ああ、もう、息切れしてきた。

自分の体力のなさが情けないよ。


「近くに私がお世話になってる教会があります。とりあえず、そこでしばらくの間、身を隠して下さい」


女の子の手って、こんなに柔らかいもんなんだな、と俺はしみじみ感じた。

なんせ、俺の周りににいる女の子ときたら、俺に鉄拳制裁を加えるようなのばかりだからな。

とにかく、しばらくの間、このお姉さんとの逃避行を楽しむことにしよう。


でも、この辺に教会なんてあったかな?


「もうすぐです。そこまで行けば、、、うぐ!」


俺と話していたと思ったら、いきなり道端で屈みこみ、俺の目の前で、あろうことかお姉さんがゲロを吐きだした。


「うげ~~~~~~!」


うわ~、こんな美人でもゲロ吐くんだ。

なんだか、ちょっと感動したよ、俺。

自然の摂理を感じるな~。


………って、おいおい!他人が見たら間違いなく危ない趣味の持ち主だと誤解されちまうぞ!

それより、お姉さんの方が心配だ。

俺はしゃがんで、お姉さんお背中を摩りながら、


「だ、大丈夫ですか?」


と、尋ねた。

まあ、どう考えても大丈夫なわけないか。

食中毒とかじゃなければいいけど。


「だ、大丈夫です。ちよっと朝食で食べたスペシャル・スタミナ・ユッケ海鮮丼が胃にもたれてて、おぐえ~~~~!」


何で朝からそんな凄まじいものを。



「すみません。何だかこっちがご迷惑かけちゃって」


しょうがないので、俺がお姉さんを背負って歩くことにした。

さすがにあの場に残して、トンズラするのは人として、どうかと思うし。

どうやら目的地は丘の上にあるらしく、俺は坂道をヨタヨタと歩き続けた。


「いえいえ。困った時はお互い様ですから」


主に困ってるのは俺なんだけどね。


「こっちに来るのは久しぶりだったものですから、つい食い倒れツアーやっちゃって」


一体どんな食い倒れツアーなんですか!


それにしても、さっきからお姉さんのデカメロンが背中に押し付けられて、俺、かなりヤバイ状態なんですけど。

いかん!いかん!何か気を紛らわすことでも考えねば。


「えーと、お姉さん、ご出身は外国ですか?」


「ええ、まあそんなところです」


一見したところ、北欧か、あっちの辺りだろうか。


「あの~、こちらには、仕事かなにかで?」


「はい、主の仕事をしにまいりました」


ああ、やっぱり布教活動しにきたんですね。


「でも、もっと人の多いところの方がいいんじゃないですか?」


新宿とか渋谷の方が、カモ、もとい、熱心に話しを聞いてくれそうな人が多そうだし。


「いいえ、人の多さは関係ありません。むしろこのような場所ですることに意義があるのです」


「そんなもんですか」


「はい。それに、そのおかげで貴方とお会いすることができましたし」


「え?」


「きっとここで会ったのも主のお導きに違いありません。主は私にあなたを悪の手から守るという崇高な使命をお与えになったのです」


まあ、その気持ちは………気持ちだけは大変ありがたいんですけどね。


「着きました。ここです」


丘の上に着き、俺の背中から降りたお姉さんは、目の前にそびえ立つ建物を指差して、そう言った。


「……えーと、ここって」


おい、ちょっと待てよ、ここって。


「はい、ちょっと汚れていますが、「神の館」には違いありません」


ここって、10年ぐらい前に潰れて、そのまま放置されてるラブホテルじゃないかーーー!!


「よく見て下さい!どー見たって教会じゃないでしょ!」


思わず、突っ込みを入れる俺。


一瞬、お姉さんはきょとんとし、


「まあ、ホントに言われてみれば」


このラブホテルってバブルの末期頃に作られたんだけど、立地条件の悪さだけでなく、そのあまりにもメルヘンタッチ、そうまるで浦安方面で見かけそうなド派手で、乙女ちっくなお城のような外観が災いして、結局数年で廃業に追い込まれたそうだ。


「そうでしょ、ここはですね……」


「ここはお城だったんですね!でも大丈夫。お城には大抵礼拝堂があるものですから」


マジ!?


このお姉さんの宗派って、アバウトすぎくねー!


だが、俺の混乱状態なんか、まるで関係ないとばかりに、


「ですから、ここを「神の館」というのも間違いじゃありませんよ」


と、そう言いながら、お姉さんは爽やかに微笑んだ。


「ああー!もう、ここはお城じゃなくて、ラブホテルですよ!」


「ラブホテル?」


「神の館とゆーより、愛の館なんですよ!」


「まあ、「愛の館」なんて、やっぱり、ここは「神の館」に違いありませんわ!」


違ーーーーう!!


愛は愛でも、友愛とか人類愛とかじゃなく、おもいっきり不健全で肉欲ドロドロな方なんですよー!

ああ~、もう、なんで分かってくれないんですか!

天然すぎるのも犯罪ですよー!


なのに、お姉さんときたら、


「さあ、遠慮しないで入って下さい。すぐに、お茶の用意をしますから」


と、心の中で血の涙を流しながら絶叫してる俺を残して、さっさと建物に入っていきやがんの!


………もういいです。


身も心も疲れ果てた俺は、まるで落ち武者のようなオーラを漂わせながら、お姉さんの後についてラブホテルの中に、吸い込まれるように入っていった。


「じゃあ、私、少し汚れちゃったので、シャワーを浴びてきますね」


そう言って、バスルームに入っていくお姉さん。


「あっ、どうぞ、ごゆっくり」


俺は、少し緊張気味に答える。

そして、お姉さんが淹れてくれた紅茶を飲み、一息ついたところで、改めて部屋の中を見回した。

部屋の内装は外観ほど派手でなく、普通のホテルの寝室といった感じで、少し拍子抜けするくらいだ。


「ラブホテルって、もっと、こう、部屋全体ピンク一色で、回転ベットとか、ピカピカ光るライトがあるのかと思ったんだけどな」


とはいえ、健全な青少年に、このシチュエーションは酷だよ。

ヤバイ!さっきから心臓がバクバクいってる。


「それにしても、このホテル廃業して10年ぐらい経つのに、やけに中は綺麗だな」


入口から最上階のこの部屋まで移動する間、俺は内部を観察していたが、とても10年も無人だったとは思えないほどよく手入れされていた。


「それに電気もガスも水道も止められてないなんて………まさかあのお姉さんの教団が買い取って、ホントにここを教会にする気じゃ」


その時、バスルームの中からお姉さんの声が聞こえてきた。


「すみませ~ん。タオルを忘れちゃったんで、取ってもらえませんか~」


一瞬呆気にとられる俺。


「あははは、やだな~。まさかこんなお約束な展開があるワケ」


「あの~、聞こえてますか?タオル取ってもらえませんか~」


「うそだろー!」


まさか、出会って、いきなりこんなHイベントのフラグが立つなんて、美味しすぎるぜ!


いかん!いかん!いかん!


覗きなんて俺の主義に反することできるわけないだろーが!


………でも、向こうが誘ってるなら別にOkなんじゃないか。

それに、どう見えも、あのお姉さん年上だし、外人さんは経験するのが早いってゆーし、処女ってことは………いや、あれだけ熱心な信者さんなら、貞操概念は強いだろーから、十分処女の可能性も………。


ああ~、俺は、俺はどうすればいいんだ!


「あの~まだでしょうか?」


そうだタオルを渡すだけじゃないか!

何を考えているんだ俺は!

別にHなことをするわけじゃないんだ!

渡す時、目をつぶってればいいだけじゃないか。


俺はタオルをつかみ、バスルームの入り口に歩み寄る。


ごくり!


バスルームのドアの隙間から湯気が流れ出てくる。


で、でも、たまたま、なんかの拍子に目が開いちゃうってことはあるよな。

そ、そうだよ、あくまで事故、事故が起こることだってありえるわけで。


俺はそっと、ドアの隙間から中にタオルを差し入れる。


「あっ、手が届かないんで、もう少し中に入ってもらえますか」


や、やはり、俺を誘ってるのかーーー!!


「そ、それじゃ、ちょっとだけ中に入りますから」


俺は手で顔を覆い、バスルームに身体を乗り入れる。

もちろん、指の隙間が少し開いてることはいうまでもないだろう。


ごめんなさい!事故が起こるかもしれないけど、ごめんなさい!


「あれ?」


しかし、バスルームの中には、お姉さんの姿はなかった。

思わず、顔から手を下ろし、バスルーム中をマジマジと見る俺。


「本当にあなたって、報告どうり、どうしようもないスケベ男なんですね。水谷ツトムさん」


入り口の脇に隠れるように立っていたお姉さんが、俺に向かってそう言った。


「え、何で俺の名前を?」


次の瞬間、その芸術品というべき美脚から繰り出された強烈な踵落としが、俺の後頭部に直撃した。


「ヴァンダボーーー!!」


ナイスな悲鳴とともに、俺はバスルームの床にうつ伏せに倒れた。


「ふふふ、まさかこんなに易々と事が運ぶとは思いませんでしたわ」


お姉さんの甘く、それでいて氷のように冷たい声がバスルームの中に響き渡る。


「それじゃあ、さっそく心のこもった歓迎会の準備をしなくてはなりませんね」


そして、薄れ行く意識の中で、最後に聞こえてきたのは俺のよく知る人の名前だった。


「あの女………「マブシン」のアゼルのために」



「くそー、結局見失ったか」


「しかたないわ。アゼルさん、一度家に戻って、もう一度ツトムが立ち寄りそうなところをピックアップしましょう」


二人の愛のムチに耐えかねて、自宅から逃亡したツトムを追って、街中を探し回ったアゼルとサエコだが、結局のところ二人の苦労は徒労に終わった。財布と定期は部屋にあったから、街の外には出ていないのは確かなのだが、いくら小さな街とはいえ、二人で探すにはあまりにも広い。


「そうだな。家に帰ってシャワーでも浴びて、今後のことを考えるか」


朝から探し回っていたから、二人とも汗びっしょりだ。

人間界に来た時、学校の制服以外用意してこなかったアゼルだが、先日サエコに付き合ってもらい、夏用の服を多量に購入してきた(支払いはツトムが夏のイベントのために用意しておいた軍資金を流用したので、ひと悶着あったりしたわけだが)。


「それにしてもあの馬鹿者!明日からはヤツが逃げられないように何か手立てを考えないとな」


家路の途中、アゼルは爆発寸前の感情をなんとか押さえ込むかのように、そう呟いた。


「手立てって、運動の時間以外、部屋から出られないようにするとか?」


サエコの方は、子供の頃からの腐れ縁で、もう慣れっこ(ツトムは昔から夏休みの宿題を放り出して遊びほうけていた常習犯)ということもあって、さほど普段と変わらない様子だ。


「生ぬるい!そうだな、首の動脈に超小型爆弾を埋め込んで、この家から100メートル離れたら、爆発するとか」


「え、ちょ、ちょっと、それはやりすぎじゃ……」


さすがにアゼルの言葉に少しばかりたじろぐサエコ。

どこかの映画に出てくる冷酷非情な刑務所長じゃあるまいし。

そのへんは、いくら熱血体育会系女子高生とはいえ、普通の女の子なのだ。


だが、アゼルは涼しい顔で、


「いや、この程度の処置は甘い。ホントなら両足をコンクリートで固めて背中の皮をイスに縫い合わせてもいいくらいだ」


と、およそ堅気の人間には思いつかないような デンジャラスで猟奇趣味満点なアイデアを披露した。


「………ま、まあ、手足を縛るくらいで勘弁してあげましょう」


さすがは魔界から来た女の子。

島村サエコは、改めて魔界から来たこの少女の中に巣くう闇の本性を垣間見た気がした。


「ん?島村サエコ、ツトムの家の前に誰かいるぞ」


水谷家の近くまで来た時、突然アゼルがそう言った。

サエコが前方を凝視すると、そこには水谷家の門前で立ちつくす、ツトムとサエコのクラスメートの安藤ヒデアキの姿が目に入った。


「ホントだ。あれヒデアキじゃない。ツトムに用でもあるのかしら?」


安藤ヒデアキ。

水谷ツトムの悪友で、サエコに言わせれば、「ツトムをオタク人生に堕落させた元凶」と言われている男だ。

当然のことながら普段からサエコはヒデアキにいい印象を持ってはいない。


「全部アイツが悪いのよ!アイツと中学で知り合わなければ、ツトムはここまで駄目人間にはならなかったわ!」


しかも今日のヒデアキの格好ときたら………やたら派手で悪趣味なアニメ柄のアロハに下は短パンにサンダル、そのうえ頭にはサイケなチューリップ帽!


キモーーー!!


サエコの両親はあまり娘の服装などには、口やましくはないが、それでも普段から高校生らしい節度を持った服を着るように言われている。そのため、余計に60年代のヒーピーと現代のオタクが融合したような格好のヒデアキには我慢できない。


「ったく、今日は厄日だわ」


どうせまた、ツトムを良からぬ催しに誘いに来たに違いない。

サエコは、少し意地悪い口調で、


「ヒデアキ、残念だったわね。ツトムなら留守よ」


と、ヒデアキに近づきながら、声をかけた。

サエコの声に反応してこちらを向くヒデアキ。


「!」


ヒデアキと目が合った瞬間、サエコの背筋に悪寒が走った。


何か様子が変だ。


ヒデアキの目は虚ろで、まるで生気が感じられない。

こいつが変なのは今に始まったことじゃないけど、さすがに今日のヒデアキは異常すぎる。

もしかして身体の具合が悪いとか?


「どうしたのよ?あんた、また拾い食いでも……」


と、サエコが(ほんの少し)心配そうにたずねた。


「うがーーーーー!!」


その途端、安藤ヒデアキはうなり声を上げながら、その場で、いきなり服を脱ぎ出した。


「きゃーーーーー!!」


ヒデアキのご乱心に顔を手で覆い、悲鳴を上げるサエコ。


「おい、貴様、こんな往来で何を考えているんだ!」


サエコを押しのけて、アゼルはヒデアキの暴挙を止めにかかる。


だが、アゼルの手を振り払い、ヒデアキは服を脱ぎ続ける。


「こいつ、何て馬鹿力なんだ!」


そして、とうとうパンツ一丁になるヒデアキ。


「く、しかたない!」


アゼルが、手刀でヒデアキを気絶させようとした瞬間、先にサエコの電光石火の手拳が炸裂した。


「ばかー!あほー!死ねー!変態ー!」


ドカ!バキ!グキ!ベキ!


目をつぶったまま、ヒデアキの顔面を連打するサエコ。

あまりの早業にアゼルもただ唖然と見ているだけであった


「ひぎ~~~~~~」


断末魔の悲鳴ととみに、ヒデアキは路上に仰向けに倒れこんだ。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


肩で大きく息をするサエコ。

まだ興奮覚め止まぬようだ。


「お、おい、島村サエコ、大丈夫か?」


ようやく我に返ったアゼルが、恐る恐る声をかけてきた。


「この馬鹿、前からイカレてるとは思ってたけど、ついに本性を現したわね。この犯罪者!警察に突き出してやるから!」


「……ん?これは!」


倒れたヒデアキを介抱しようとして、近づいた時、その異様な光景がアゼルの目に映った。


「どうしたの?アゼルさん」


アゼルの声に、硬く閉じていた眼を開くサエコ。


「うわ!何なのよ、これ?」


ヒデアキの身体に、そう、それはまるでミミズ腫れのように得体の知れない文字のような図形が浮かび上がってくる。


「ふーむ、そうか、なるほどこの男はメッセンジャーというわけか」


「アゼルさん?」


その文字のようなものを一通り眺めると、アゼルは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。


「あいかわらず、天界の連中は趣味が悪い」


「この変なもの文字?読めるの?」


「ああ、人間の中にはこれを聖痕とか呼ぶ者もいるが、これは天界の天使どもが使う文字だ。ふーむ、どうやらツトムのやつ、敵の手に落ちたようだ」


天界の天使が使う文字?


サエコには何が何だか、まったく理解できないが、とにかくヒデアキの身体に浮かび上がっているものが天使たちが使う文字で、アゼルにはそれが読めることだけは理解できた。


「天界の天使たちって、あの背中に羽の生えた天使のこと?」


「まあ、そうだ。とはいえ、人間界にいる時は、普通の人間と同じ姿をしているから、お前たち人間が、やつらに気づくことはないがな」


まあ、目の前に魔族の女の子がいるくらいだから、天界の天使がいたって不思議はないか。

島村サエコという女の子は、変なところでポジィテブな性格の持ち主であった。


「それで何て書いてあるの?」


「「水谷ツトムは我々が預かっている。返して欲しければ、丘の上にある「愛の館」まで迎えに来られたし。あなたの良き隣人エリザベス・マクリーン」ふん!何が良き隣人だ。聞いて呆れるわ!」


確かに拐って、人質にするなんて、良き隣人のすることとは思えない所業だ。


「そのエリザベス・マクリーンって、知ってる人?」


「ああ、話すと長くなるのだが、まあ、やつとは昔からの因縁浅からぬ仲だ」


アゼルの口調から、かなり険悪な関係だということが想像できる。


「でも、何で天界の天使がツトムを?」


「私を誘いだす餌だ。大方甘い言葉に引っ掛かって拉致されたのだろう。それより、島村サエコ、丘の上の「愛の館」とは何のことだ?」


丘の上の「愛の館」って、そんなメルヘンチックな建物この辺にあったかしら?


「う~~~ん……はっ、ま、まさか!」


サエコの脳裏に強烈な一つのイメージが浮かび上がる。


「何だ知っているのか。ん、何を赤くなってるんだ?」


下を向き、恥ずかしそうにモジモジするサエコ。

普段の勇ましい姿からは、想像するのは難しいが、これでこの少女、かなり乙女ちっくなところがあるのだ。


「ええ、まあ、多分あそこのことなんだろうけど……でも「愛の館」なんて。きゃーー!いやーー!はずかしー!」


バン!バン!バン!バン!バン!


おもいっきり、地面を叩き続けるサエコ。


「きゃーー!!不潔よ!不潔よー!ツトム、あんなとこで何やってるのよー!」


一体どうしてしまったのだ、この女は?

危ないクスリでもやっているのか?

この世界ではイレギュラーな存在であるアゼルのほうが圧倒されるほど、サエコの行動はブッ飛んでいた。


「おい、島村サエコ、いいかげん説明せんか!話が進まないだろうが」


アゼルはサエコの肩に手をかけながら、なるべく刺激しないように慎重に話しかけた。


「え?ああ、ごめんなさい。ちょっと恥ずかしいこと想像しちゃって」


顔を真っ赤にして、ゆっくりと立ち上るサエコ。


「えーと、それじゃあ、恥ずかしいからアゼルさん、耳を貸してくれる」


辺りの様子を気にしながら、サエコは、そっとアゼルに耳打ちした。


「!」


その途端、アゼルの表情が見る見る険しくなった。


「ふ、ふ、ふ、ふふふふふ……水谷ツトム、我々から逃れて、女とそんな如何わしいところにしけこむなど、本当に一度死んで生まれ変わらなければならないようだな!いや、この男には死すら生ぬるい!生皮はいで樽の中で塩漬けにしてやる!」


サエコの目前で、瞬時に魔界武装親衛隊の姿に変身するアゼル。


「首を洗って待っているがいい水谷ツトム!ついでに天界の淫乱天使のヤツも翼をもいで、焼き鳥にしてくれるわ!」


召還のポーズを取り、アゼルは大きな声で使い魔の召喚の呪文を詠唱した。


「出でよ!我が第三の下僕、クライス!」


凄まじい閃光とともに独軍四輪偵察装甲車と同じ外見の、魔界軍武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナー第三の使い魔「瞬速のクラウス」がその姿を現わした。


「いくぞ、クラウス!敵は「不純異性交遊専用連れ込み宿」にあり!」


車長席に飛び乗るアゼル。


「待って!アタシも一緒に行くわ!」


サエコも四輪偵察装甲車に乗り込もうとする。


「いや、私一人の方がいい。それより、その男を家で介抱してやれ」


「えー、何であたしがこいつの面倒なんか診なくちゃならないのよ!」


「貴様がぶちのめしたんだろうが!」


そう言われると返す言葉がない。

確かにこのまま放置しておいたら、通りかかった人に警察に通報されかねない有様だ。

そんなことをサエコが考えている隙に、アゼルは四輪偵察装甲車を発進させた。



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