第9話

 【烏】部隊の士官は空理果くりか茉魚まな紅緒べにをの前を通過し、黒慧くろえの方に歩み寄る。

北崎黒慧きたざきくろえ、長官がお呼びだ」

「父う、長官が?」

父上、と言いそうになったのを慌てて訂正する黒慧。しかし、ここにいる全員が北崎翔玄きたざきしょうげんと黒慧の関係は知っている。それでも、生真面目な黒慧は公私をしっかりと区別したいようだった。

「お話があるそうだ。とにかく、同行してもらおう。それ以外の者は速やかに宿舎に戻るように」

件の士官からは、速やかに行動せよ、という空気が出ている。黒慧は突然の召還に戸惑いながらも、三人に一瞥いちべつし、士官の後ろについて歩き出す。残された三人は只々その後ろ姿を見送った。その姿が見えなくなったところで、紅緒が口を開く。

「初めて見た……烏部隊」

「あれ、そうなの?」

空理果が素っ頓狂な声を出す。

「そりゃ、お前らといつも一緒にいるわけじゃねえからな」

呆れたように紅緒が言った。空理果が壊した機体を修理することが多いので、必然的に関わる時間は多くなる。それでも空理果や茉魚と比べると、その時間は短かった。

「私たちも二、三回くらいしか見たことがないし……」

茉魚の視線は廊下の先の薄闇に向けられていた。こんな時間に急な呼び出しの理由が気になっていた。それは紅緒も同じで、特務機関である烏部隊の登場は、軍に所属する者ならば、その背後に何等かの特殊事項が存在すると思わずにはいられない事態だ。

「黒慧ん家お金持ちだからねー、すごいよね」

空理果の根本的に何かが間違っている感想に、紅緒は肩を落とし、茉魚はきょとんとした後、くすくすと笑いだした。

「え、今私何か変なこと言った?」

笑う茉魚を空理果は不思議そうに見る。

「ううん、そんなことないよ。確かに黒慧さんの家はお金持ちだからね」

 そのまま三人で歩き出した。途中で紅緒と別れ、それぞれの宿舎に戻る。黒慧は食事の時間になっても、消灯の時間になっても戻ってこなかった。

 

 電気が消えた部屋で、空理果は寝返りをうつ。視線の先には黒慧のベッドがある。宿舎の部屋は班ごとに割り振られるため、三人で一室を使う。二段ベッドが一つと収納付ベッドが一つ向かい合わせになっている。最初にこの部屋に三人で入った時、どこを使うかで揉めたことを思い出した。空理果は収納付のベッドが使いたかったが、班長の管理する物品が多いとかで、結局黒慧が使うことになった。茉魚が二段ベッドの下で良い、と言ってくれたのがせめてもの救いだった。二段ベッドの上段は、天井との距離の近さが、それまで布団で寝ていた空理果には新鮮に思えた。ふと、実家と家族のことが思い出される。もう家を出て三年になるが、手紙で時々やり取りをしているので、そこまで寂しさはない。ただ、帰りたいという郷愁に駆られることはあった。故郷の風景を思い出しながら、空理果は眠りに落ちていった。


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