第51話、きみの星になっても、ついのすみかに抱かれるために猫に戻ろう
ズキズキと全身を、頭を襲った痛みの原因。
それは、君がおれっちに隠し事をしていると言う衝撃によるものだと思っていたけど。
それは半分正しくて、半分は間違っていたらしい。
その痛みは、おしゃがヨース・オカリーと等号で結ばれることを思い出そうとして、記憶の封印に抗っていたものだった。
おれっちは、おれっち自身で、ヨースであることを封じたのだ。
それを知っていたのは、おれっちと妹ちゃんだけ。
君は、おれっちが君を庇い続けていたことへの罰として、おれっちが人間……人型に戻れなくなり、その記憶を忘れたのだ認識していることだろう。
隠し事をし、騙していたのはおれっちの方なのだ。
ズキズキと傷んだのは。まさしく罪悪感故で。
それは、妹ちゃんとたくさん考えた上での、仕込み。
全く、なんてひどいにゃんこなのだろう。
自身に絶望し、膝を抱え込んだままあの格子のない牢屋に座ったままの君を立ち上がらせるためとはいえ。
本当に酷いと自分自身で思わずにはいられない。
でも、戻ったからには、会いに行かなくては。
大いなる光の勇者として名付けられたからには、おれっちには魔王と相対する義務と意味があるのだから。
イレイズ国への移動と侵入で約一日かかってしまったが。
勇者と成った……人に戻ったおれっちにとって、囚われし姫君を助け出すことなど造作もないことであった。
むしろ、その足で魔王の元へ向かうくらいには、いっそ余裕があったことだろう。問題なのは、新たにこの大いなる光の勇者を愛する者たちを増やしてしまった、と言うところか。
……いや、うん。ご主人さまに怒られるからその経過は割愛させてくれ給えよ。
すまないね。
この世に数多またたく星たちよ。
おれっちが、さびしんぼうの月であるならば。
我が愛すべき太陽と言う名の絶対無二の星はたった一つだけ。
その桃源郷に抱かれ、いつの日か穏やかに息絶える場所は一つしかないのだ。
その思いは、願いは、他の星では叶えられない。
願いを叶えられるのは、君だから。
君だけにしか、ティカだけにしか叶えられない奇跡なのだから。
数多瞬く星(カワイコちゃんたち)を振り切って。
四天王やら右腕やらを振り切って。
……いや、二人しかいなかったけど。
ファイナちゃんもステアさんも素直に通してくれたけれども。
辿り着くは夜闇の帳下りる魔王城。
焼け焦げただれ、天井のなくなった玄関であった場所に、君は立っている。
その長い艶やかな睫毛の映える瞼を閉じ、全身から恒星のごとき温かきオレンジの魔力を迸らせ、そこに佇んでいる。
おそらく、ここであの幻の炎で作られた魔物たちを操っているのだろう。
―――【フレア・ミラージュ】。
君の、カムラルの一族の得意魔法の一つ。
触れても熱くない、だけど触ろうと思えば触れる、容量制限のない幻を作り出す魔法。
人を傷つけてきた事をずっと後悔し、生きることすら見失いかけていた君の、精一杯の前進。
これだけでも、ろくでなしぬこになった甲斐もあろうと言うもので。
「おれっちは大いなる光の勇者、ヨース・オカリーっ!」
「……っ!」
朗々と声を上げれば。
飛び上がりその翼で飛んで行ってしまいそうな勢いで言葉失い、こちらを見つめてくる愛し君。
このなんとも言えぬ嗜虐心、病みつきになるな。
矢張り魔王は、自分の心に住んでいるのかも知れぬ……なんつって。
「魔王ティカよ! その命を頂戴するっ!!」
その命を、そのすべてを。
覚悟せよ!
とばかりに駆け出し肉薄。
手に持った光輝く剣を勢いよく振りかぶって……。
どこへともなく投げ捨てると、おれっちは君を思い切り抱きしめた。
いつもとは真逆の、こちらから包み込むように……。
「お、おしゃっ。……じゃなかった、ヨース……も、戻ったの?」
それから。
永遠ともつかぬ間、もふもふして。
このまま行きつく所まで、果てるまで行こうぞ魔王、なんて意気込んだところで。遠慮がちな君の、そんな声がかかる。
おれっちは、それになけなしの理性を取り戻し、応えるために言葉を紡ぐ。
「ああ、ティカのおかげさ。ティカが頑張って星を集めたから、戻れたんだ」
「よ、ヨースっ。よかった……」
今までで一番、感情を露わにする君。
その顔をくしゃくしゃにして涙こぼす君は、それでも違わずきれいで美しく、愛おしくて。
零距離な桃源郷が、ああ、矢張りここが最期の地であると実感させられる。
大いなる光の勇者は、決して魔王には勝てない。
せめてこうやって離さないから。
世界の平和は、みんなでよろしくやってくれ。
……なんて考えてしまうくらい、幸せだからいけなかったのだろうか。
泣きやみそうにない、君の紅髄玉(カーネリアン)に染まる瞳から零れ落ちる一滴。
調子に乗って、くちびるで受け止めようと思ったのが、やっかみの神の嫉妬心を煽ったのだろうか。
カッ!
……と。
再び辺りが、真っ白に眩しくなって……。
気づけばそこには。
君に抱かれた、全身真っさらな一張羅だけど、四本の足には黒い靴下を履き、尻尾の先だけ茶色い、世にも珍しい三色の紳士な猫がそこにいて。
『にゃっ、な、なんでもどっ……』
「あぁ、またふわふわに……なっちゃった」
こんな事聞いてないぞっ!
おれっちたちは慌てふためき。
目に入った明滅するおれっちの日記帳を慌てて開く。
すると、何故かページが更新されていて。
《 ―――星になるまで、第二幕。
ジムキーンの世界を安定させた後、次の世界へ行く……獲得星数、10。
星になるまで、残り獲得星数、100。 》
なんて書かれていたから。
「そう簡単に、上手くはいかないってこと、か。仕方ない。んじゃ、次の星目指して、頑張ろうかね?」
「うん。……頑張ろうね、おしゃ」
この桃源郷でいつか果てる時まで。
星を目指す旅は続く。
いつの日か、誰にも願われる星になるまで。
おれっちたちの、旅は続いてゆく……。
(おわり?)
きみの星になるまで、毎日がアニバーサリー~ぎりぎり三毛猫♂は、桃源郷(ついのすみか)で微睡みたい~ 陽夏忠勝 @hinathutadakatu
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