第46話、海の魔女のお屋敷へみんなで訪問。普通にお茶会でも始まりそうで



今考えれば、あの白い三角頭の魔物が現れ、水しぶきが覆う時に一瞬見た白い影は、ウミネコなファイナちゃん自身のものだったのだろう。


本来なら、依頼に参加している人や、船員以外の人というか使い魔がいれば、誰何されそうなものだが。

それでも声がかかることがなかったのは、思えば彼女の素性を知っていたからこそ、自由にさせていたのかもしれなくて。



巨大な海洋生物たちによって作られた道が途切れ、浮かぶ小さな島が見えてきたのは、それからすぐのことだった。


島自体は、それほど大きいものではないが、その中心に立つ館は、城と言っても差し支えないくらいに大きなものだった。

どことなく、暖色系の色使いが、佇まいが、ステアさんと会った屋敷に似ているのも仕様なのだろう。


懐かしく感慨深げに目を細める君を見ていると、やはりここが君にとっての幼少時代を過ごした場所なのだと実感させられる。




「私たちは、船に残りますので。これからの陣頭指揮は、ウェルノさんにお願いします」

「私? そうね、了解したわ。それじゃお邪魔しましょうか」


それは、最初から決まっていたかのように。

先頭に立って皆を引き連れ、上陸を開始するウェルノさん。

その後に、それぞれがそれぞれの緊張感を持ちつつ続いてゆく。

女性ばかりが列をなす様は、見た目には悪くないが、独特の空気がある。


これから、討伐を行なう体なのだから殺伐するのはしょうがないだろうが。

何ていうかこう、様々な情念が……渦巻いている感覚があった。

それこそ、下手に心の匂いを嗅ごうとしたら、すぐさま馬鹿になってしまうくらいには。



そんな中、おれっちは君の腕に抱かれ、君がかつて幼少のみぎりを過ごしていたという場所を、つぶさに観察していた。

君はその間、レンちゃんやベリィちゃんに挟まれるようにして、楽しげに会話していたりする。


表情はさほど変わらないが、嬉しそうな君の姿を見ていると、この少ない期間で頑張ったんだなぁってしみじみ思う。

それこそ、おれっちと言う生を留め置く枷など、必要なくなってくるくらいに。



(まぁ、いらんと言われてもくっついてくけどなっ)


だからと言って、言い訳してその背中を見送るつもりは毛頭ない。

たとえ、この後君が人と触れ合うことを覚え、その果てにヨースと想いが通じ合ったとしても、邪魔して居座ってやる。



そんな風に、自分の世界に入り込んでいた時だった。

辿り着いたのは、城のごとき屋敷の入り口。


なるほど確かに、ここも君の家なのだろう。

君の……正確には現在妹ちゃんが暮らす屋敷によく似ている。


極めつけは、中心にでんと立つ炎のような緋色煉瓦の時計台。

そのてっぺんにある、十字架ならぬ三角架の存在。



【火(カムラル)】の根源を表すそれは、しかし海の魔女と暮らす家としては、いいのか悪いのか、と言った感じだ。

最も、海を司る【水(ウルガヴ)】と【火(カムラル)】は、一見真逆に見えても、反発し敵対し合っているわけでもないので、これはこれでありかもしれない。



と言うより、こっちにも根源を祭るものがあったとは。

改めて見ると驚きではあった。

まぁ、でなけりゃおれっちの妙技も発動しないわけだし、分かっていたことではあるのだが。



さて、それはともかくとして。

おれっちたちは一応討伐の名目でここに来ているわけだ。

そのつもりな人物が、ここにどれだけいるのかは甚だ疑問だが、それでも馬鹿正直にベルを鳴らして真正面からみんなで、と言うわけにもいかないだろう。


これだけの人数でぞろぞろやってきていれば、館の主も気づかないはずもなかろうが、それでも裏口勝手口等に別れて、お邪魔すべきだろう。

最早討伐隊のリーダーとしてこなれてきたウェルノさんも当然、似たようなことを考えていたに違いない。


故に頷きあって、その算段をしようとした、その瞬間。

がちゃりと開け放たれる玄関の扉。

観音開きのそれが、内から解放され、交わすようにそれぞれが間を取って離れようとする。


はたして、開かれた扉から現れたのは。

ついぞ見たばかりの空色のカールがかったもこもこの毛並み……ではなく。

同じ色のくせっ毛を持ち海色の瞳持つ、給仕服姿の少女だった。


お犬様のステアさん。

おそらく、その正体と言うか、本物。

瞬間、おれっちはその考えに確信を持って。



「……ようこそ、海の魔女の館へ。私は給仕長のステアと申すもの。歓迎会の準備は整っております。どうぞお入りください。会場の方に案内いたします」


その言葉に、ざわつき波紋が広がる。

それもそうだろう。

討伐しに来たと言うのに、歓待されるなどとは思っていなかっただろうから。



「歓迎会ですって。ドレスか何か、持ってくればよかったかしら」

「ちょ、ちょっと。何のんきなこと言ってるのさ! 罠かもしれないのにっ」


だが、それに対し緊張感の欠片もなく、本気でそう呟くウェルノさん。

そんな彼女に、さすがに食ってかかったのは、キィエちゃんだった。

お付きのベリィちゃんもクリム君も、ウェルノさんの余裕ぶりに唖然としている。



「まさか、今更それはないでしょう。この地に足がついた状況で罠に嵌めるくらいなら、海上で襲ったほうがよほど効果的よ。あれだけ魔物がいたのだし、海の魔女なのですからね」

「あ、あなた随分余裕なのね。……何か知ってるんじゃない?」


何だか、ひどく動揺しているように見えるも、ある意味聞きたかったことを聞いてくれるレンちゃん。


「ええ、これでも結構知識はある方なのよ。でも、理由を口にするより中に入って確かめてみたほうが早いんじゃないかしら」


対するウェルノさんは、どこまでも余裕を崩さない。

玄関口の段数の少ない階段に足をかけ、少しばかり煽る……挑発めいた表情を浮かべ、こちらを振り返ってみせて。


「それでも不安な子は、船へ戻ってもらって構わないわ。ごちそうを食べ損ねてもいいなら、ね」

「私が怖気づいてるとでも? ……っ、行くよ、キィエ、ジストナっ」

「……ええ」

「まぁ、お昼たべられないのはやだもんねぇ」


発せられるはベタな挑発、ベタな反応。

そのあまりにも紋切型な展開に、緑一点(おれっちはのぞく)で不機嫌であったクリム君の仏頂面にも、笑みが浮かぼうというもので。



「……討伐依頼って、何だったのかしらね」


そんな風にぼやきつつ、君と連れだって屋敷の扉をくぐるベリィちゃんの言葉が、深く染み渡っていく。


そう言えば、君の肩口にいるウミネコさんがそのご当人なんだっけ。

なんて思いながら……。



             (第47話につづく)






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