第37話、ふところに留まらないマスコットの、やっぱり考えすぎ?
城に行き、城のものに聞けば何か分かるかもしれない。
ただし、その事は当然彼らも聞いているはずだろう。
その旨を聞き出すようにと一声鳴くが、君は考え事をしているのか伝わらず、背を撫でられるばかりで。
さてどうするかと思っていると、そこで口を開いたのはベリィちゃんだった。
「お城ならあたし、通行許可証を持っているから、案内できるけど」
「お、おお。そうですか。それなら話は早いですな」
「……」
少し、妙なやり取り。
ベリィちゃんのそれは、君に問うたもののはずなのに、主人がどこか安堵したように言葉を返している。
一体何に怯え、安堵したのか。
思わず鼻を鳴らすと、きゅっとおっぽを捕まれる。
落ち着け、とばかりに動きを封じられる中。
君はそんな二人のやり取りに大きく頷いた。
「それじゃあ……お城へ行こうと思います」
「おねがい、おねえちゃんっ」
「見つかりましたら、是非また我が家にお立ち寄りくださいね。お待ちしてますから」
話が聞けるかどうかは別として、やはりまず城へ行くべきなのだろう。
君の言葉に、おれっちも異論はなく。
ラウネちゃんと奥さんのそんな励ましの言葉を受けて。
「それじゃ、行きましょうか」
「……うん」
最早、完全にベリィちゃんに引率される形で。
おれっちたちはレヨンの港町と繋がってお隣さんにあるという、ロエンティ城へと向かうのだった……。
※ ※ ※
時刻はちょうどおやつ時。今度はベリィちゃんと一緒に、出店を冷やかしながらあれよあれよと言う間に辿り着いたのは、街の中では海から一番遠い場所。
そこから坂になって長く均された石の道を歩くと、城としてはかなり大きい部類に入るだろう、僅かに緑色がかった白の壁が目立つ建物が見えてきた。
薄桃色の尖塔がいくつも立ち並び、ここにやって来るだけで観光になるだろうな、なんて威容を放っている。
しかし、ベリィちゃんはその光景には慣れきってしまっているらしく、圧倒され立ち止まりかけるおれっちたちを脇目に、これまたおれっち百匹ぶんなんてもんじゃない大きさの、かまぼこ型の扉の前に立つ兵士らしき人たちに何やら話しかけている。
と言うか、四人ほどいたがそれぞれが上のものに対する敬礼をしている感じだった。やっぱりベリィちゃんって偉い人なんだなぁと再確認していると、兵士のうちの一人が、駆け足で扉を開け、その向こうに消えてゆく。
そして、すぐに安心させるような笑顔のベリィちゃんが戻ってきた。
「やっぱり城にいるみたい。お礼を受け取れなかったのは、隣国……イレイズ国のお偉いさんがいたことが原因のようね」
「ええと……」
当然のごとく首を傾げる君に、ベリィちゃんはいやな顔をするどころか、一層楽しげに事の次第を説明してくれた。
何でも、レンちゃんたち三人組の中には、全員かどうかは定かではないが、いわゆる王族の子がいて、お忍びの冒険旅行中だったのだと言う。
ただ、お忍びというのは暗黙の了解で、ロエンティ王国にも連絡が行っていたそうで。
まず彼女たちは、宿ではなくロエンティの城に滞在する予定だったらしい。
そして、隣国とは言え王族のものが、お礼の品を他国の貴族にもらったりしてはいけないのだと言う。
だから、ギルドにも来なかったし、お礼を受けに、ラウネちゃんの家に遊びに行くことすらできなかった。
世話好きお節介焼きの本領を発揮したのか、そこまでノリノリで解説をしてくれるベリィちゃん。
まぁ、それは……言われて納得できなくはないなとは思う。
ただなんとなく、おれっちにはもっと深い理由があるんじゃないかな、という気はしていた。
ロエンティ国とイレイズ国。
隣国でありながらか、あるからこそか。
おそらく、見かけほど仲良くはなくて。
隣国のスパイとして、一時拘束された。
あるいは、交渉の材料として捕まってしまった。
……なんて、益体もないこと甚だしい考えが、一瞬頭に浮かんだが。
そんな妄想めいたものから引き戻されたのは、何やらお使いにいっていた兵士が戻ってきたことによってだった。
その兵士は、戻ってくるや否やすぐさま大きな大きな扉を開け放つ。
「我らのロエンティ城へ、ようこそ、お二人さん」
そして、ベリィちゃんは微笑みつつそんな口上を述べ、それこそ姫をエスコートする騎士のごとく、君を城の中へと招き入れて……。
入った城の中も、これまた大きく広かった。
特徴的なのは、地面にずっと続く絨毯に高い高い天井。
そこかしこに風の通る孔が窓があり、城内であるのにも関わらず、木々花々が咲き誇り、水辺まである。
とことん戦うためには向いていない城だと、おれっちが思ったのはそんなことで。さっきの益体もない妄想が、萎んでいくような感覚。
案内されるまま、それなりに注目される中、やってきたのは四角く高い壁に囲まれた広めの部屋だった。
部屋の中ほどに高価そうな絨毯が敷いてあるのみで、机、椅子のようなものはなく、余計に広く感じる。
まるで、多少のドンパチはよろしくてよ、といった雰囲気。
そこには、四人の先客がいた。
どこか、しなやかな獣のごとき気配を持つキィエちゃん。
気さくなでおしゃれなお姉さんといった風のレンちゃん。
幼さと無邪気さが一体化しているジストナちゃん。
そして、その三人と何やら会話していた、クリム君。
彼は、おれっちたちがやってきたことに気付くと、女性らしさ全開で振り返り、いい意味で愛想のいい笑みを向けてくる。
「さっきぶりですわね、ティカさん。パーティを組みたいという方々の名前を聞いてもしやと思ったのですが、やはりイレイズ国の大使の方々でしたの。わたくしたちも城に帰還したばかりで、色々と行き違いがあったみたいですわね」
「はは。そんな、仰々しいものじゃないですって。お忍びの冒険兼観光に来ただけだし……って、それでもこうなったらちゃんと挨拶しておかなっくっちゃね。私はイレイズ王国第四王女のレン・ライル・イレイズ。この子たちは護衛兼お付のお世話役ってところかな。黙っててごめんね。ほら、こう言うのは身分を隠すってのがお約束でしょ」
「やほ、ティカちゃんおしゃくん、一日ぶりー」
「……」
朗らか、和やかな雰囲気は変わらず、あっさりと素性をばらすレンちゃんに、にこにこと楽しげなジストナちゃん。
キィエちゃんは何も言わなかったけど、二人に倣うように頭を下げている。
どうやら、まだ何かしらこちらを……正確には君のことを警戒しているらしい。
さて、そんな彼女たちに対し、君はどんな言葉を口にするだろうか。
山狩りのごとく押し寄せてきた冒険者たちとの関連は?
隣国の姫が何をしにここに来て、海の魔女討伐の依頼を受けようと思ったのか。
聞かねばならないことは、多くあっただろう。
だが、君はそれらの全てを捨て置いて。
「ラウネさんが、お礼をしたいって……会ってあげてください」
口にしたのは、その事だった。
一瞬、訪れるは静寂。
続いて、何故か弛緩したような、戸惑っているかのような空気が広がって……。
(第38話につづく)
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