第33話、生きてここにいてもいいんだって思ってくれることが、にゃんにとっての望外のよろこび
その後、初めてのギルド登録、パーティ登録を滞りなくすませて。
おれっちたちは受付の向こう、面接の会場になっているらしい場所へと案内された。
そこは、多少のどんぱちがあっても大丈夫なようにか、思っていたよりも天井の広い部屋だった。
天井を囲む壁はくりぬかれており、硝子窓がはめ込まれていて。
照明の必要がないくらい明るい。
その陽を浴びる、真っ只中にあるのは、大きな大きな丸机だった。
その縁には椅子が並び、そのうちの一つに藍色の髪を側頭部に束ねた、前掛けつきの給仕服姿の、ウェルノさんや君に負けず劣らずの胸元の存在感……じゃなかった、気品を滲ませた女性がいる。
と言うよりおれっちは、君と妹ちゃんレベルで、ウェルノさんとその女性に同じ匂いを感じていた。
姉妹……まではいかず、従姉妹とかだろうか。
そう言えば、うちの直情馬鹿正直な従兄は何してるかな、なんてちょっと思った時。
「こんにちは。『海の魔女』討伐の参加登録に来たのだけど、面接の会場はこちらでいいのかしら」
発せられたウェルノさんの言葉は、何故か随分と素っ気ないと言うか、他人行儀なものだった。
うーん、勘違いってことはないと思うんだけどなぁ。
まぁ、おれっちの鼻も万能じゃないけどさ。
もしかして仲が悪かったりするのかなと、交互に二人を見ていると。
藍色髪の給仕服の彼女は、特に気にした様子もなく、ぺこりとお辞儀をして口を開いた。
「はい。ようこそおいでくださいました。私はこのギルドの長、兼宿の支配人をしております。アイラ・ローズと申します」
言葉面ほどにはへりくだった様子はなく、あくまでの接客としての丁寧さがそこには感じられた。
今は、個人的な時間ではなく、仕事の時間だから、ということだろうか。
それとも、おれっちが気づいてないと思っていて、他人のふりを続けているのか。
おれっちは猫なのをいいことに、すんすんと鼻を鳴らす。
おれっちの嗅覚は誤魔化せん、と言うのもあったけど。
いかにも関係者を思わせるウェルノさんに引けを取らぬほどの双丘が……て、んん?
まじまじ見比べてみると、何か違和感がある気がする。
それが気になって、目を剥ききょろきょろ、視線を彷徨わせていると。
さすがにあからさますぎたのか、ぺちっと額を優しく叩かれ、それにみゃうんと声をあげていると。
改めてアイラと名乗った女性の視線がおれっちに……正確には君へと移った。
「依頼登録の証はこちらに届いております。あなたさまがティカ様、そして使い魔のおしゃ様でよろしいですか?」
「……はい。よろしくお願いします」
頷き、同じように頭を下げる君。
それにアイラさんは笑みを一つ浮かべてみせる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。『海の魔女』討伐依頼は、定員に達するかどうかも不透明でしたので、参加していただけるのなら大歓迎です。そのための面接と銘打って会場を設けさせていただきましたが、男性が変装などをして混ざっていないかの確認のみですので、参加登録の方も滞りなく進められると思いますよ」
それは、もう既に確認しました、とでも言いたげな物言い。
思わず視線をクリム君の方へとやれば、後ろめたいのか、アイラさんから視線を外している。
そんな彼より、笑いを堪え切れなくなているベリィちゃんのほうが、問題のような気がしていたけど。
「……? 確認しなくていいのですか?」
微妙に期待感のようなものが、君に漂っていたのは気のせいじゃないんだろう。
かつて戦いに敗れ、捕虜になった(そう思っていたのは君ばかりだけど)のにも関わらず、腫れ物のように扱われていた君だったから、もしかしたら取り調べとか尋問とかに憧れ、とまではいかずとも、興味があったのかもしれない、なんて思うのは自虐的にもほどがあるだろうか。
危なっかしいったらありゃしないな、まったく。
「ええ。あくまで見た目で判断しているだけなんですよ。どちらにしても人数が足りないですし、討伐依頼に危険はつきものですから、それで魔女に攫われても自己責任ですしね」
見えない何かが、ぐさりぐさりとクリム君に刺さる、そんな幻視。
徐々に縮こまる彼を見て、さすがにちょっと不憫に思わなくもなかったが。
「あの、その。おしゃは……この子は平気でしょうか」
そう言えばやっぱり、自分の事を忘れていた。
不安気にそう聞く君に、そこでようやくアイラさんの視線がほんの僅かだけこちらに向く。
……ふむ。この様子だと、キィエちゃんや妹ちゃんと同じで、猫が苦手な人と見た。
その必要以上に警戒する感じが、否が応にもおれっちの狩猟本能を引き起こす。
無意識のまま身を乗り出すおれっち。
「あ、ああ。その子、男の子なのですね。……そう言えば、沈んだ商船の一つに、使い魔を持っていた魔法使いの方がいたんですけど、使い魔は無事でした。と言うより、その使い魔の知らせで沈没を知ったのですけど」
とは言え、絶対に大丈夫とはいえないだろう。
だが、話し振りからすると、小動物ならば紳士でも問題なさそうではある。
「みゃっ」
故におれっちは君を見上げ、絶対離れないよと前足を振り上げ、爪を少し出して君にしがみつく。
「……うん。おしゃは私が守るから」
そんな言葉と、背中から抱きしめられる感覚。
漢としては、こちらから口にしなければならない言葉だが、君のものであるおれっちとしては、それはとにかく嬉しい言葉だった。
君が生きている。
ここにいてもいいと思えることが。
おれっちにとって何より優先すべきことだったから……。
(第34話につづく)
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