第29話、猫が天使にもなれるのなら、きっと君の一番にもなれる




ウェルノさんは。

幼子でも見守るかのごとく、慈愛に満ちた表情を浮かべ頷いてみせて。



「ロエンティ王国の、という意味ではそうね。レヨンは、ロエンティの玄関口だから。……ああ、港町に何か用でも?」


そのまま、言外に現在航行不可の港に何用があって来たのかと。

そう問うているような気がした。


その優しげな雰囲気の割に、ゾクゾクするのは何故だろう?

なんて首を傾げていると、青いつり目の女の子、ベリィちゃんがちらちらと、おれっちの事を伺っているのが分かる。

(と言うか、クリム君もおれっちの事を注視しているように見えたが、極力視界に入れないようにしていた)

大方、おれっちの魅力にやられてもふもふしたいのだろう、なんてのんきに思っていたけど。



「あの……その、海の魔女さんに会いに。……ええと、ギルドの依頼を受けに行くんです」

「依頼、と言うと討伐依頼ね?」

「いえ、参加はしますが……その、会って話をしたくて」


全くもって嘘も飾りもない君の言葉。

それが、想定していた答えてと違っていたのか、正直な君に呆れているのか。


一瞬の降りる沈黙の間。

このまま放っておくと、私は海の魔女と家族同然の付き合いなんです、とかどこまでも正直に言い出しそうで。

そろそろ止めておくべきか、なんて思っていると。


「あらまぁ、それは奇遇ねぇ。私たちも実は、その依頼を受け、参加するつもりなのよ。私たちも討伐と言うよりは、何故船を沈め、男性を浚ってゆくのか、その訳を知りたいと思って」


ウェルノさんが口を開いてから、口を挟まない所を見ていると、赤と青の二人は薄緑の彼女に仕えているというか、目上の人であるということはほぼ間違いなさそうだった。

君に負けず劣らずで、旅人冒険者として似合わないその立ち振る舞い。

討伐が、本目的でないという言葉からも、ある程度やんごとなき位の人物かと予測できる。

ユーライジアで言うなら、『木(ピアドリーム)』の教会の司祭、代表といった感じ。

常に余裕たっぷりで、決して媚び諂わない、上のものであることを自分でよく理解しているようだ。


目的が同じであることに、驚きつつも嬉しそうにしている様に、不快で不安なものは感じられない。

かといってそれまであった警戒が消えたわけじゃなかったが。

あくまでおれっちの感覚では、彼女たちは悪い人ではなさそうな気はした。

思いも寄らぬ友好的な態度に君は動揺し、慌てていたけど。


「それでは、町までご一緒しますか? わたくしたち、いい宿を知っているんですの」


話が纏まった、とばかりに可愛らしく手なんか合わせつつ、クリム君が言う。

思わず顔を背けて谷底へと潜り込んでみたくなったが、君はそんなおれっちのことなどお構いなしに、こくこく頷いている。


「あの、聞こうと思ってて……お願いします」


しかも何だか嬉しそうだった。

人の好意を素直に受け取れるようになったと考えれば、それはいいことなんだろうけど。


「それじゃあってわけでもないんだけどさ、その子さっき思いっきり蹴られてたみたいだけど、大丈夫なの? 治療してあげてもいいけど」


うっと、思わず声を出しそうになってしまうおれっち。

ベリィちゃんがおれっちの事を気にしてたのは、どうやらそんな理由もあったらしい。


「信じられませんわ。こんな可愛い子を、いきなり足蹴にするなんて。一体どんな思考をしてらっしゃるのでしょう、最近の殿方は」


それに続くように、ぷりぷりと怒ってみせるクリム君。

その仕草に、本当にふりをしているだけなのか、ちょっと自信なくなってくる。


「あっ、おしゃ、治療……」


なんて事を考えていると、はっとなってぶつぶつ言い出す君。

途端、その場に満ちる【火(カムラル)】の魔力。


「……っ」


こっちの常識が、まだはっきりしてるわけじゃなかったけれど。

【火(カムラル)】の魔法と言えば攻撃、という感覚が強いのだろう。

それまで和やかだった雰囲気が、緊迫したものへと変容してゆく。

それに気づかぬのは、クリム君の言葉で周りが見えなくなってる君ばかりで。


「我は眷族、我が魂……【火(カムラル)】よ、その力もて癒しを与え給え……【ヒートリン・カムラル】」


それでも詠唱破棄とか、無詠唱とか、出鱈目なことをしない程度に理性はあったらしい。

しっかりお手本通りに文言を唱えた後、『おこた』の中にいるみたいな、じんわりとした暖かさが伝わってくる。


実の所、おれっちのダメージはあの瞬間【光(セザール)】の衣を纏ったせいで、たいしたことはなかったと言うか、暴走しかけた君の【闇(エクゼリオ)】の力の方がよっぽどおれっちに倦怠感を与えていたのだが。

君もそれを自覚はしていただろうし、言わぬが花というやつである。


「みゃみゃっ」

「あっ」


僅かな時間でぽかぽかになり疲れも取れ、熱さでむずむずしてきたおれっちは、たまらず君の腕の中からするりと抜け出す。

それは、君の手の力を緩めていたから、というのもあっただろう。

立ち止まりしゃがみ込んで捕まえようとする君に、もう大丈夫だよとばかりに尻尾をはたはたと振り回し、健康体であることを訴えかける。



「へぇ。【火(カムラル)】の魔法で回復だなんて初めて見たわ。凄いのね、ティカって」

「驚きましたわ。【火(カムラル)】は攻撃魔法専用、だなんて思い込んでいたせいですかね」


純粋に、感嘆の声を上げる赤青二人組。

それで察するに、この世界では驚きはするものの、全く持ってありえないものではなかったことに、ちょっと安堵する。


「この子は……ただの猫じゃないのね? 火を怖がらないし、あなたの使い魔?」「……この子はおしゃ。私の一番……大切な子です」


逆に魔法よりもおれっちに興味を持ったらしいウェルノさんが、好奇心一杯の表情でそう聞いてくる。

それにすぐさま反応し答えた君であったが、一番の所で何故か言葉を濁した。


あれ? おれっちって君の使い魔じゃなかったんだっけか。

そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、あれ?

ヨースに言われて従属魔精霊の契約したんじゃなかったっけ?

何でその辺り、曖昧なんだろう?


そう思うと、身体をちくりと刺す、得体の知れない何か。

思わず顔を上げると、何故か君はその顔を赤くしている。

元々青に近いような白さの君だから、表情が乏しくとも、それは丸分かりで。


すっと、なんだか分からないもやもやが、身を潜める感覚。



「みゃうん?」


そんな本気な反応をされると、どうしていいか分からなくなるじゃないか。

一番はヨースだろう?

そんな言葉にしたくない、してはいけないものの代わりに。

小首を傾げて声をあげると。


それに君より早く反応したのは、ベリィちゃんだった。



             (第30話につづく)






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