第17話、全肯定の鳴き声は、女の子の前でしか聞けません



「私は、小さい頃彼女と一緒に暮らしていた。……だから、分かるの。そんな人じゃないって」


君……ご主人さまは。

キィエちゃんのその言葉を否定することも曖昧に濁すこともなく。

正直にそう言ってのけた。


今、このロエンティの国で、誰にも知られ、矢面に立たされているだろう人物の関係者であると。


それに、ぴくりと反応するキィエちゃん。

今君を捕らえれば、重要参考人としての価値がある、とでも思ったのかもしれない。


真実のところは分からないが、そんな自分に対しまるきり無頓着な君の代わりに、おれっちは背中の毛を逆立たせて警戒する。

それは、ある意味一触即発の雰囲気で。



「……つまり、ティカさんがここにいるのは、『海の魔女』の無実を晴らすためにって所なのかな?」


それを遮ったのは、重い空気を吹き散らすかのような軽い気性を振りまく、レンちゃんだった。

首を傾げる君よりも早く。

何か考えがあると見て、今にも襲い掛からんとしていたキィエちゃんが力を抜く。


おれっちは、お互いが思っていた以上に繋がっている感覚に、内心舌を巻いた。

何らかの形で敵対するようなことがあれば厄介かもしれない。

できればそんな事態にならないことを祈りつつ、こちらも一声にゃあと鳴く。



「……うん、そう」


はっと我に返った君の言葉は、どこまでも正直なものだった。

元々そんなつもりじゃなかったけど、知り合い以上の間柄なのだろう『海の魔女』が何だか疑われているから、黙ってはいられない、という彼女の心情を如実に表している。


「はは。そっか。……それなら私たちと一緒に参加しない? この依頼なんだけど」


相も変わらずさっぱりとした笑みを浮かべるレンちゃんの、その真意ははっきりしなかった。

ただ、なんとなく、君の『海の魔女』と知り合いであるという言葉を、キィエちゃんと違って、完全に鵜呑みにはしていないように思えた。


それが嘘でも本当でも別に構わないといった雰囲気。

実の所、一番厄介なのはキィエちゃんじゃなくてレンちゃんなのかも、なんておれっちが考えを改める中。

レンちゃんが取り出したのは、ギルドの依頼のために使われる羊皮紙だった。


おれっちは、君の手から素早く肩口に移動し、その中身を拝見する。

それには、こう書かれていた。



《 『海の魔女』捜索・捕縛・討伐依頼。

 参加資格・ギルド階位、『三』以上。女性の冒険者に限る。

 募集人員:制限、三十名。

 募集期限:『ピアドリーム』の月、十五日まで。

 報酬:一人につき、百D(ドロゥ)。


 報酬も含めた詳しい説明は同日。

 レヨンの港町出会いの酒場『藍』、宵の刻にて。  》




「……」


じいっと、真剣にそれを見つめる君。

それが妹ちゃんなら、無駄遣いしなければ一月は暮らせるらしいその報酬に注目しているのだろうけれど。

君はすぐに顔を上げ、無言の重圧をレンちゃん達へと与えていた。


『海の魔女』は君の知り合いかもしれなくて、当然その人となりも知っている。

故に、捕縛、討伐云々の理由が分からない。

そう思っている自分自身に、こんな依頼を一緒にどうかなんて、一体どういう了見なのか。


君はきっとそんな事を伝えたかったに違いない。

何も語らずにそこまで伝わるのは、それこそおれっちかヨースくらいのものだろうと。

傍から見ればいらぬ誤解を生みかねない君のその様に、内心気が気じゃないおれっちだったけど。



「……参加するしないじゃないんだ。この依頼に使われる船は、レヨンの港にとって久しぶりの航海になるし、この件が解決するまでは、それ以外の船も出ない。つまり、『海の魔女』に会うためには、その理由はどうあれこの依頼に参加する以外にはないのさ」


君の剣幕(本人には全くその自覚がないのがミソ)に、驚いているというかおろおろしている風だったレンちゃんを脇目に。

おそらく、無自覚に周りを威圧してしまう君と、同じタイプなのだろう。

キィエちゃんが、そこはかとなくトゲのある言い方でそうまくしたてた。


「まぁ、空をとべればあんまりかんけーないけど」

「そこ、揚げ足取らない」

「このいらいに参加する以外にない、キリっ。……ぷぷっ、きーちゃんかっこいい」

「ば、馬鹿にしてぇ~っ」


冗談、あるいは本気か。

はばたく仕草をして見せた後、キィエちゃんの真似をしてからかうジストナちゃんに、いがいがと暴れだすキィエちゃん。


ついさっきまでのあからさまな緊張感はもうそこにはなく。

おいかけっこのじゃれないを始める二人に、やれやれと柔らかく苦笑しているレンちゃん。


その、霧散した緊張感に。

君は肩透かしをくったみたいにぽかんとしているのが分かって。



「……っ?」


おれっちが、君の背中から微弱な魔力を感じ取ったのはその瞬間だった。

すかさずおれっちは、その矮小な肉体を生かし、するりと君の道具袋の中に入り込んだ。


すると案の定、再び明滅を始めていたヨースの本。

袋の中の薄暗がりの中、巧みに前足を使いページを開くと。


やはり更新されている。

新たなヨース自筆の文字が増えていた。

その、主に新しく増えた部分を示すとこんな感じだ。



《 『海の魔女』討伐に参加する→獲得星数、未定……否、参加しなくては男ではない参加しない→拗ねたヨースに二度と会えないでしょう…… 》



(これは……)


先程までの機械的な文章はどこへやら。

私情のたっぷり入ったそれ。

だがしかし、まさしく同じ人を愛するものとしての同調というか、心の双子にも等しい感覚を、ヨースに覚える。


おれっちとしては、今ここに記された彼の心情が手に取るように分かってしまった。

全く、一体どこでおれっちたちの会話を聞いているのやら。


おれっちは一つ笑みを零し、袋の中から出て。

再び君の肩の上に戻ると、思い切り心の丈を叫んだ。



「みゃお、みゃお、みゃお~んっ!」


肯定、賛成、絶賛支持。

参加、参加、絶対参加。

直訳すれば、そんなところだろうか。

当然、君には予めその意味は伝えてある。

ちなみに否定は『ふかーっ』だ。


「わわ、何、どうしたの?」


だが、君より先に驚きの反応を見せたのはレンちゃんだった。

まぁ、それも仕方ないのだろう。

まさしく、君の一部、付属品のように気配を消しつつ、相手の話をちゃっかり耳にし黙考するのも、おれっちにとってみればお手の物だったからだ。



「……その依頼に参加します、って言ってます」


ちょっぴりトーンの下がった、腕に抱かれていたのならまたしてもきゅっと締められていたであろう君の呟き。


理由は単純。

女性限定の依頼。

ヨースならば、女装してでも食いつかないはずはないと。

自筆のそれを見なくとも君は気付いたからだ。


そして、是が非でも参加したいのはおれっちも同じだ。

そんな邪魔もの一人いない楽園を、おれっちが見逃すはずがないだろう?


その依頼は女性限定とのことだが、おれっちは愛玩動物の紳士であるからして、除外の対象には入っていないはず。

そこには、そんな楽観的な思考も確かにあったわけだが。


「ティカさん、猫ちゃんの言葉分かるんだ」

「うん」


心なしか、羨望の感じられるレンちゃんの言葉に、自信満々な君の一言。

そんな所だけ大きくなる態度とか、実に微笑ましい。



「そっか。それじゃあよろしくね」


それが、レンちゃんにも伝わったらしい。

曇りのないその笑顔は、君のそれにも負けていなかっただろう……。



             (第18話につづく)






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