第4話、きっとそれは、日向から星月夜まで好き勝手お散歩できるように
腰が引け今にも逃げだしそうだった赤仮面赤マントは。
おれっちがごしゅじんさまに捕まっちゃって大人しくなったのが分かったらしいい。
すぐさま何事もなかった体を装ってこちらに向き直り、改めて口を開いた。
「君に与えられし選択は二つだ。一つはヨースの恩恵を賜り、ここへ居続けるか。一つは、一切のしがらみを捨てヨースを追いかけるか。……もう、その様子だと答えは出ているようだけどね」
それは、選択などと言ってはいても、結局は決められた答えを促すものだった。
冷静になって考えてみると、わざわざこんなことを言いに来た赤仮面は、悪い子じゃないのかもしれないな、という気はした。
君がおれっちの怒りの発露を止めようとした意味がよく分かる。
彼女……そう、彼女だ。
いくら姿隠そうとも、ペンキの匂いがきつくともおれっちの鼻はごまかせない。
世の女性の存在を感じるためにあるおれっちの五感を持ってすれば、そんな赤仮面赤マントなどないにも等しい。
(……あれ?)
そんなことを考え感じたのは、身に覚えのない既視感だった。
その素顔を露わにして拝んだわけでもないのに。
おれっちは彼女のことを知っている。
いったいどこの誰だろう?
なぜ今まで忘れていていきなり思い出したのか。
そもそもどうして彼女は正体を隠しているのか。
おれっちの中で様々な疑問はつきなかったけれど。
「追いかけなきゃ。ずっと待ってもらっていた答えを出さなくちゃ……」
君にしては珍しい、長文での決意表明。
その、保留にしていた答えをおれっちは知っている。
死が分かつまで、ともに生きること。
それこそが、地下へこもる君の元へやってきたヨースの最初の言葉。
お互いが両想いであると知った瞬間。
だけど君は、それに対してはいともいいえとも答えなかった。
いや、答えられなかったといったほうがいいのかもしれない。
ヨースのことが嫌いなわけじゃない。
むしろ、ヨースがそうであったように、出会ったその時から惹かれていたはずで。
だからこそ簡単には答えが出せなかったんだ。
こんな自分が幸せになってもいいのかと。
君はそのことでずっと悩んでいた。
そんな君が今、前に進もうとしている。
きっかけがどうであれ、そのことに関しては感謝すべきなのだろう。
仮面のせいでその表情は分からなかったけれど。
赤仮面も、意気込む君に対し安堵しているというか、大きく頷いているのが何だか印象的で。
彼女がもし、おれっちの知りうる人物であるのならば。
ひょっとしてこれは、こんなところに引きこもっている君を立ち上がらせるための狂言ではないのだろうか、という気もしたけれど。
おれっちが、そんなことを考えていたのが分かったのだろうか。
無粋なことは口にしてくれるなよ、とばかりにおれっちに視線を向ける赤仮面。
それにただ頷くのがしゃくだったおれっちは、ふらりと近づいた一瞬の隙をついて猫拳(パンチ)。
「ひゃぁぅっ!」
当然君にしっかと抱きしめられていたおれっちのその前足が届くはずがなかったのだが。
ちょっとこっちがひくぐらいの勢いで驚いてみせる赤仮面。
どこか、君に似てる気がしなくもない女の子の声だ。
しかも、この反応はよく憶えている。
むしろその反応が楽しくて敢えてちょっかいをかけていた節さえあった。
やはり彼女は、君にとって一番身近な少女だったらしい。
姉である君には、そんな気配まったくないのに。
姉妹でも違うんだなぁってしみじみ思っていたっけ。
となると、ますますわけの分からなくなる、彼女が正体を隠している意味。
一度袂を分かった形になったとはいえ、君にとってみればもはや唯一の肉親。
加えて今現在おれっちとヨースを除けば、殆んど唯一といってもいい、積極的に君に接してくる人物でもある。
君自身だって、その仮面の向こうが誰なのかなんてとっくに気付いているはずで。いい加減その正体を暴いてやろうかと更に身を乗り出そうとしたおれっちだったけれど。
何故だかそれは君の手で、やさしく頭を撫でるという行為により止められた。
もしかしたら、本人にしてみればいじめちゃ駄目って叩いたのかもしれないが。
「……こ、こほん。君の強い意志を、しかと受け取ったよ。ならば私はこれを君に贈るとしよう。ヨースからの預かりものだ」
赤仮面は何とか気を取り直し、懐からぼぅと光を放つ本を取り出す。
いや、それは本というには大きすぎ、薄い気もした。
日記帳か何かだろうか。
ただし、どうも見てもただの日記帳ではありえない。
本質が魔力の塊であるおれっちには分かる。
それは、かなりの魔力を秘めたマジックアイテムのようだった。
洩れ出るそれは『光(セザール)』の魔力。
なるほど、ヨースからというだけあって、確かに彼の魔力を感じる。
君にも、それが分かったんだろう。
殆んどひったくるような勢いでその本を受け取り、すぐにページをめくる。
おれっちは、そんな君の邪魔にならないようにその腕から肩口へと這い登って。
一緒になってその魔法の品を眺める。
するとそこには、日記とは思えぬ『星になるまで』という表題。
確かに、ヨースの筆跡ではあるのだが。
いまいち意味を図りかねていたのは、君も同じだったんだろう。
首を傾げながら次のページをめくってみるも。
そこには何も書かれてはいなくて……。
(第5話につづく)
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