第2話、世を忍ぶ仮の姿でお節介ふたり、あらわる



まだ鍵のついていた頃のこの地下牢に捕らえられて。

待っていた君の元にやってきたのは、罰を下す執行人ではなく。

鍵を開け君に自由を与えようとする一人の人間族の少年だった。



ヨース・オカリー。

魔王軍を解体させるのに、一役買った人物の一人で。

戦場の最中でありながら君に恋をし、愛を覚えた人物。

同時に、君に家族を奪われ、世界の誰よりも君を恨み、怒りを覚えていたであろう人物でもある。


彼の手にかかって命尽きるのならば。

納得はできるし心残りもない。

君はきっと、その鍵が開け放たれるまでそう思っていたに違いなくて。



それなのに君は。

そのまま何のお咎めもなく赦されてしまった。


生きろ、と。

死ぬよりも辛い枷を嵌められて。



枷は二つ。

一つは、首に巻かれた白い『チョーカー』。

君が自分で命を絶たないように、監視するもの。


そしてもう一つは、おれっち自身だ。

人に馴れ過ぎ、野生に帰れず、一人では生きられない小さな子猫。


君は、そんなおれっちの世話をすることを命ぜられた。

と言っても、強制じゃない。

嫌ならその猫がのたれ死ぬだけだという脅迫めいたものだった。

それは裏を返せば、そうまでして君に生きてもらいたかったという不器用な気持ちの表れだったのだろう。


ただ、それにあたって幸いだったのは。

君が大の猫好きで、おれっちたちが初対面じゃなかったことだろう。



気付けばこんなことまで話し合える間柄になって。

だけど君はおれっちと出会ったばかりの頃のように、笑顔を見せてくれることが少なくなってしまっていた。

おれっちの執拗な言葉攻めに照れるようになっても、あの嬉しくって泣きたくなる、蕩ける笑顔を見せてくれることはない。


それはきっと、誰に赦されようとも、何より君自身が納得いってなかったからなのだろう。

だから君は今日も、この地下牢へと帰ってくる。

いつ来るかも分からない……自分を赦せるその日まで。



「……」


と。いつもならば地下牢の入り口のところでおれっちを下ろし、お休みの挨拶をして君と別れる所だったのだが。

君はいつもと違い、何かに迷う仕草を見せて立ち止まった。

そして、そのままじぃっとおれっちの方を見つめてくる。

その思わず全身の毛が逆立つほどの綺麗な顔の半分以上を隠す、だけど負けないくらい綺麗で長い君の髪。


君の魂……『火(カムラル)』を顕す赤、茶、金の三色をまぶしたそれは、つやつやで肉球触りも抜群であり。

それを掻き分けた向こうに光るは、紅髄玉の虹彩を潜ませる大きく澄んだ黒い瞳。


見ただけでちょっと泣きたくなるくらいに儚い美しさを湛えている。

語る言葉以上に、おれっちに何かを訴えようとしている。



『どうかしたのか、ティカ? あ、さては一人で寝るのが寂しいんだ。だったら今日は一緒に寝るかい?』


だからおれっちは、先手を打つ形でそう言った。

おれっちの目に映る世界すべての可愛い女の子たちに警戒心を抱かせずに近づくためには、口をきかない方が都合がいいのだけど。

君は言葉を話せて読み書き魔法までお手の物な猫だってことを誰より知っていた。


だからこそおれっちは遠慮をしない。

ただただ正直に思いの丈をぶつけるのだ。



「……」


すると君は僅かに小首をかしげ、ふるふると否定の意を示すがごとく首を振ってみせた。


『……すいません。なんて言うか調子に乗りました』


何気ない拒絶に衝撃を受け、素直にしょげ返っていると、一層強く首を振るごしゅじんさま。


これはあれだ、母性本能をくすぐるこの身姿で可愛い女の子たちともふもふするぜ、なんて下心がついにばれてしまったのかもしれない。

まぁ、それは言い訳の仕様もない事実であるからどうしようもないのだけど。

それでもどう言い訳したものかとうんうん考えていると。



「……お客さん」


そんな思考を吹き飛ばすみたいに、おれっちだけに聞こえる小さな声で君は呟く。



『お客さん? 誰かと待ち合わせでもしてたの?』

「うん。……おしゃも一緒にって」


こんな、誰も好き好んで寄り付かないような辺鄙な場所にお客さんが来るってのも驚きなのに、そのお客さんはちょっと喋るだけの猫にも用事があるらしい。


でも何より驚きなのは、人と会う約束を君がしていたことだった。

しかも、君の様子を見るにあまり会いたくなさそうで。

数は少ないけどごくごく親しい間柄ならともかく、君が苦手な人と約束を交わせるなんて。


こう言ったら失礼かもしれないけど、結構驚きだった。

初めて会った時にはこんな無害も甚だしいおれっちにですら警戒してほとんど口を利いてくれなかったくらいなのだ。

こうして平和にのんびり過ごすようになって、君もこの場所での生活に慣れてきた兆候かなと、ちょっと嬉しくなって。



『おれっちも? 誰だろ? おれっちの知ってる人?』

「…………分からない」


随分と悩んだ後、首を振るのを見るに、少なくとも一緒にいる時に会ったことのある人じゃないんだろう、なんて予測を立てていたわけだけど。




「やぁ、夜分遅くにすまないね。何分、私は夜にしか生きられないものでね」


君のねぐらの、ほとんどを占めるベッド。

そこに無駄に優雅な仕草で腰掛けている、全身が血のように赤い怪人がいた。

頭にかぶるシルクハットも、その背中に生えるマントも、そしてそれほど大きくもない顔を覆う仮面も、みんな赤かった。

なるほど、こんな格好されちゃあ、会ったことがあるかどうかなんて分かるわけがないのは道理だ。

おそらくは、そのマントにも帽子にも仮面にも、正体を気付かせにくくさせる魔法がかかっている。

まぁそれ以前に、塗ったばかりなのか、赤色塗料(ペンキ)の匂いがきつくて、それどころじゃないのだが。


ただ、その佇まいと語り口調でなんとなく予測はできる。

この『ユーライジア』において夜にしか現れない怪人と言えば、街でも話題になっている、『夜を駆けるもの』のことだろう。

神出鬼没正体不明の何でも屋で、いろいろとよろしくない噂も耳にする人物だ。

それこそ君が言っていたように、魔精霊の密売やら何やらに一枚噛んでいる、なんて話もある。


そう考えればおれっちに用って、ちょっと警戒してしかるべきなんだろうけど。

こうして面と向かってみると、あまりそう言う気にはなれなかった。


それは、いかにも今塗りたくったばっかりですっていう赤ペンキの匂いや。

何故かおれっちに対して腰が引けてそうなその気配にあったからで……。



             (第3話につづく)






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