第40話 ずっと一緒に……

 事務所の前に馬の蹄音あしおとが止まる。モニカは2階から下りると玄関に直人がいた。


「おかえりなさい、ナオト」


「ただいま」


 今日はいつもより早く帰ってきた。この頃は夜遅くに帰宅して、夕食を一緒に取る時間もなかった。


「ナオト、騎士の方から調整して欲しいスキルのリストを預かってます」


「分かった。見ておくよ」


 書類を渡して横を通り過ぎる時、直人の体からいい匂いがした。今日もまた、リナの所でお風呂に入ってきたのだろう。直人は綺麗好きだ。出会った頃にお風呂がない事も石鹸が高価な事にも驚いていた。


 今でも水で体を洗うのに満足していないようだった。リナの家には温泉があり常にお湯が張ってあると聞く。高給取りのリナの事だから石鹸だって潤沢にあるのだろう。


 モニカの胸がチクリと痛む。


 連日、直人はコードの予測や勇者達の秘石の強化に奔走している。リナやケイスや他の者達も秘石の改変に向けて準備しているのに、自分はなんら役に立っていない。

 自分が直人の隣に相応しくない事は前から感じていた。リナの方が直人のプログラミングの知識に理解があり、話も合うようだった。

 直人にはリナのような聡明な人が支えた方がいいに決まっている。





 

 

 仕事部屋でリストを見ながら、コードを書いている直人にモニカは打ち明ける。


「あの、ナオト……その、えっと……」


「どうしたの?」


 視線をモニカに移した直人。前髪に隠れて表情がよく見えなかった。


「私は……竜の巣窟に、行かない方がいいと思って……」


「どうして?」


「……私は何もお役に立てないですし、行っても邪魔になるだけですから、ここに残ります」


 数秒、沈黙が訪れる。

 直人はモニカの言葉に戸惑った。当然、一緒に来ると思っていたからだ。


「ん~、でもな。モニカがいないと不安だし……」


「不安?リナさんやケイスも一緒ですし、騎士方々もいらっしゃいます。不安な事はないでしょう」


「そうだけどさ、今まで俺を支えてくれたのはモニカだろ。なら、一緒に来てくれた方がいいなって……。


俺の相棒はモニカなんだから」


 直人の言葉にモニカは胸打たれる。嬉しくて泣きそうになるのを堪えて俯いていると、直人はモニカが恐怖で震えているのかと、勘違いをしてしまう。


「ああ!もしかして怖かったりする?飛竜と戦うし、恐ろしいよな……本当にダメそうなら……」

「いいえ、大丈夫です」


 モニカは直人の言葉を遮った。自分は何をいじけていたのだろう。直人は自分を必要としてくれているのに……バカだな。


「ナオトが一緒なら大丈夫です」


 相応しくなくても、図々しくても、直人の隣にいたい。誰にも譲りたくない。一緒にいたい。


 モニカの穏やかな笑顔にほっとする直人。その夜はすぐに就寝せずにモニカと話をした。ベッドに並んで座り、直人の世界の事をいろいろ語って聞かせた。


 この世界とは違う発展の仕方をした社会の事を……。


 話していると、やはり直人にも郷愁が芽生えた。嫌な思い出しかなかったけれど、2度と戻れないのは惜しく思うのだろう。


「ナオトは……元の世界に戻りたいですか?」


 モニカに問われて直人は返事に詰まる。元の世界のほうが便利だし、暮らしやすいだろう。けど、皆に必要とされている今の立場と人間関係はこちらの方がいい。それに、自分が居なくなって悲しむ人なんかいないんだ。未練なんかない。


 そう結論付けようとして、思い留まる。『彼』だけは自分を探しているかもしれない。


 それは直人の兄・秀信ひでのぶだ。直人に無関心な両親と違い、いつも直人を気にかけてくれる人だった。『自分と比べる必要はない。やりたい事を頑張ればいい』と直人を励ましてくれた。

 性格まで完璧な兄の事を直人は妬み、あまり話さなくなった。時折、メッセージや電話をくれても素っ気ない態度を取っていた。


「もし、このまま戻れないなら、兄さんだけにはお別れを言いたかったかな。俺、いつも心配ばかりかけてた……」


 もっとちゃんと話しておけば良かった。意固地になって、兄の優しさを無視していた事を後悔する。


「会いたいですか……」


「そうだな。会いたいし、二度と会えないのはつらいけど……。

でもさ、叶う事なら俺は、ずっとここにいたいなって思うよ」


 モニカは直人の顔を見て、寂しさや辛さがない事が見てとれた。


「皆の事は好きだし、秘石師の仕事は楽しいしさ、こっちの方が居心地がいい」


 モニカは嬉しくなって直人の肩に頭を乗せて、手を握った。


「なら、ずっとここにいてください。私と、一緒に……ずっと……」


 直人は視線をモニカに落とす。桃色の瞳と見つめ合い、吸い寄せられるようにモニカとキスをした。

 唇を何度か重ねて、はむように動かして、舌と舌が触れ合った。混ざり合う唾液の音が恥ずかしかったが、止められなかった。

 しばらくして口を離すと、惚けた顔のモニカが目に焼き付く。


 どどどどどっどうしようっ!キスしちゃった!このまま押し倒してもいいのかな?

 いやいや、付き合ってもいない女の子とふしだらな……!

 待て待て!そんなガキくさい事考えてるから、お前は今まで童貞だったんだろうっ!


 大人になれ~!男になれ~!


 直人は生唾を飲み込んでモニカの肩を掴もうとしたら……


「あっ!あの!私!もう休みますね!」


「えっ!ああ、うん!おやすみっ!」


 モニカはベッドから下りて部屋を出ていってしまう。直人は硬直した状態のままベッドに崩れた。


 あれ、拒否された……?うそ……。もしかして、髭が当たってたとか?


 指で顎を撫でると、じょりじょりとした手触りがあった。やらかした。こういうので幻滅する女性もいるんだっけ。脱毛とかしとけば良かったかな。女性とそういう事なんて一生ないと思ってたから、……不覚……。






 部屋に戻ったモニカは、ドアを閉めるとその場にへたり込んだ。数秒前の事が頭を占め、心臓が鳴り止まない。触れた唇や舌の感触も、吐息も、直人の体温も。初めての事ばかりで上がってしまい、逃亡してしまった。


 ああ!どうしましょう!恥ずかしくて逃げてしましましたぁ!ナオトに変に思われてないでしょうか?


 その日はベッドに入っても、なかなか寝付けなかった二人。翌日も目を合わせる度にお互い顔を赤らめていた。










……………………………………………………

直人は知的で時々カッコイイのに、恋愛に関しては中学生レベルですね。

あと、10話+2話で終わります!

駆け抜けて参りましょう!

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