第13話 宮廷魔術師
重大な案件を任されたが、最初にやることはいつもと変わらない。秘石の写生だ。モニカと共に範囲を分担してコードを書き写していく。
「しかし、秘石を修復しておいてくれて助かったぜ。お陰で写しができるからな」
「そうですね。秘石に魔術をかけるなんて禁忌のはずですのに、それを実行した方がいらっしゃったとは……」
モニカも最初は『秘石の書き換え』を拒んだ。この世界の人からすれば、神なる力への冒涜になるからだ。
「そうだな。これを直そうとした魔術師は定石に囚われず、的確な判断ができる人なんだな」
「そうなのですか?」
「だって、壊れた物を直そうとするのは当たり前の事だし、それで直らなくとも、別の要因を導き出せるだろ。そうやって、『可能性』を見つけようとした人が『ここ』にはいたって事だ」
直人は会ったこともない魔術師をそう評価した。作業を続けていると、後ろから二人に声をかける者がいる。
「ちょっと、宜しいかしら」
振り返った直人は目の前の女性に度肝を抜かれた。絶世の美女だったからだ。
「わたくしはこの度、デュランダル復活の任を給りました。宮廷魔術師第一博士のリナ・ロックウェルと申します」
胸に手を当てて自己紹介する女性は金色のロングヘアーに
自らを『宮廷魔術師』と名乗り、モニカと似たような格好をしている。ただし『市井魔術師』の服装と違い、帽子や上着の色が白く綺麗な模様が入っていた。
「あっ、はい……どうも」
美女への免疫がない直人は頬を赤らめてキョドってしまう。いや、老若男女問わず惚けてしまうって、これは!
「秘石の修復において『宮廷魔術師』としてお役に立てればと思います。『市井魔術師』の者よりは助力になるかと……」
リナはモニカに目を遣る。市井魔術師は引っ込んでろと圧力をかけているようだった。畏縮するモニカを見て直人は切り返す。
「いや、モニカは俺の助手をしてくれている子です。『市井魔術師』とかは関係ないです」
「ナオト。分かっているとは思いますが、これは国の威信を取り戻す重大な王命なのです。より高い知識と魔術が必要になってきます。失礼ながら、町の魔術師が出る幕ではありません!」
リナがはっきりとモニカを排除しようとしたので、頭にきた直人は己の方針をはっきりと告げる。
「貴女がどれほど高名な魔術師かは知りませんが、俺は『
「なっ……!」
率直な態度の直人にリナは言葉を無くし、唇を噛んでわなわなと震えだした。そして、反論はせずに踵を返して階段を上がっていく。
「ナオト!あんな言い方しなくても!」
「俺、職業で人を判断する人、嫌いなんだ」
宮廷魔術師を追い返しまった事にモニカは懸念を抱くが、直人は特に気にしていなかった。
秘石を写し終えると、直人達は王立図書館へ向かった。この国の重要な文献や書物を集めた場所で、聖剣の歴史を知りたいならここで調べるのは一番正確だった。
だが、二人は図書館への入室を許可されなかった。
「どうして中へ入れてくれないんですか!デュランダルの伝承が分からないと秘石の解読が出来ないんですよ」
直人は扉の前で司書長の女性に抗議する。きっちり纏められたブルネットの髪に眼鏡。いかにも堅物そうな女性は眼鏡の奥の鋭い眼光をこちらに向ける。
「ここに保管してある書物は高位の者にしか閲覧を許可されておりません。市井の者には開かれていないのでご了承下さい」
「でも!俺達は王命で秘石の修復を行っているんですよ!どうしてもデュランダルの文献が必要なんです」
机を叩いて声を荒げる直人を司書長は表情を乱すことなく反論する。
「失礼ながら、デュランダル復活には『宮廷魔術師』が任命されているはずです。そのお方とご同行であれば中に案内できます」
「えっ…………ああっ!」
直人の顔色はみるみる青ざめていく。『宮廷魔術師』。あの金髪美女の事だ。
取りつく島もなく追い返された直人達。重い足取りで宮廷魔術師の元へ向かう。
「はぁ~、しくじったな……」
「謝って許してくれるでしょうか?」
「頭下げてでも許してもらわないとな。俺がやらかした事だしな……はぁ~」
凝った装飾の扉の前で名前と用件を告げる直人。すぐに部屋の主が入室を許可してくれたが、
「昨日、わたくしにあれだけの啖呵を切ったのに、次の日には協力を求めてくるなんて。あなたの顔の皮はどれ程分厚いのかしら?」
厚顔無恥と言いたいのだろう。そんな四字熟語がこの世界にあるのか知らないが、恥知らずなのは確かだ。
「昨日の非礼はお詫びします。是非とも『宮廷魔術師』様のお力を貸してください!お願いします!」
直人は謝罪をしながら膝をついて頭を下げた。土下座なんて生まれて初めてした。
「何をしているのかしら?」
「え?土下座ですけど……」
「ドゲザというのが何かは知りませんが、そんな事でわたくしへの謝意を示しているかしら!馬鹿しないで下さい」
人生初土下座を軽くあしらわれた直人。よく考えれば土下座が謝罪パフォーマンスなのは、日本の文化だけだろう。直人は立ち上がってモニカに耳打ちする。
「相手に謝罪する時って何するんだ?」
「えっと、……」
モニカは直人の耳でひそひそ話をする。直人は少し苦い顔をしながらも、リナの元へ歩いていき、モニカに教えて貰った事を実行する。
「リナ・ロックウェル殿。本当に申し訳ない事をした。どうか、許してほしい」
直人はリナの足下で片膝をつき頭を下げる。ってこれ、男性が女性にプロポーズをする時の格好じゃないか!恥ずかしい。顔から火が出そうになったが、リナの許しを得られるまでは我慢した。
リナは跪く直人をしばし眺めた後、左手を彼の目の前に持ってきた。
「わたくしの指輪にキスをしなさい」
直人は訳が分からずリナを見上げたが、凄む目が恐くて彼女が薬指につけているエメラルド色の宝石にキスをした。モニカが後ろで慌てていたが、直人の周囲が緑色に光っただけだった。
「あなたのお気持ちはわかりました。では、早速王立図書館へ向かいましょう」
なんとかリナの溜飲を下げて協力して貰えた事に安堵する直人。モニカが近付いて小声で話しかける。
「ナオト、あそこまでしまくても……」
「え?何のこと?」
「魔術石にキスをするのは、絶対服従の証なんです。今後何があっても逆らわないっていう魔術儀式」
「ええ!じゃあ、俺!あの人には服従しなきゃいけないの?嘘だろっ!」
青ざめた顔でドアの向こうにいるリナの様子を見る直人。どうやら腹の虫を治めたわけではなく、何かしらの報復するつもりなのではないかと不安が募る。
「何をしているんですの!ついてきなさい!」
リナに催促されて直人とモニカは王立図書館へ向かう。
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