第12話 デュランダル
現王ジュリアスの問い掛けに全員が直人に注目する。直人はそっとモニカに耳打ちした。
「デュランダルって何?」
「…………えっ!」
まるで典型的なボケをかましたみたいな質問をする直人に、問い掛けられたモニカもギャグ顔になる。小さい声で聞いたつもりだが、静まり返った王の間は意外と声が響いてしまう。
「なんと、デュランダルを知らぬとな」
「えっと!ナオトは遠い遠い国から来たんです!ですから、この国の文化や歴史を知らなくて!」
モニカが慌ててフォローする。記憶喪失設定から異国人設定に変わってしまった。ああ、俺が『前の国』の話を出したからか。
「どこの国のから来たのだ?」
「あ~、日本という国です」
「ニホン?聞いたことないな。どのような国なのだ?」
意外と国王ジュリアスは直人の出身地に食い付いてきた。話が脱線しそうになったので、王の隣にいた者が咳払いをしてそれを諌める。
「デュランダルは我が国の宝剣だ。かつて魔王を討ち倒し、その輝きで魔物を退ける事のできる聖なる剣だ」
つまり、伝説の剣!本当に王道ファンタジーだなぁ。
「だが、半年前に聖剣はその輝きを失った。聖剣の秘石が崩落してしまったのだ」
「秘石が……崩落?」
直人は眉をひそめた。秘石の材質は分からないが、あの石は何百年と人が手入れしていないのに風化することもなく、存在している。つまり、自然の法則には影響されないものなのだ。それが崩れたとなれば、何か別の力が働いたのかもしれない。
「国家を揺るがす大事件だった。すぐに大聖堂が祈祷を行ったが復元せず、その影響で『勇者』への加護もなくなってしまったのだ」
「えっ?『勇者』はいないはずでは?」
直人は前にそう聞いた。モニカはばつが悪そうに小声で補足する。
「聖剣の損失と共に『勇者』も廃業になってしまったのです。なので、今はいません」
「勇者廃業しちゃったの!なんか可哀想っ!」
「仕方あるまい。デュランダルあってこその勇者だ。断腸の思いだったが廃業とした。その後、ある魔術師の提案で魔術による秘石の修復を試みたが、石の形を完全に戻しても聖剣は蘇らなかった」
物理的に壊れただけでなく、コードそのものも壊れたしまったのだ。つまり、この世界の人々では直せず、行き詰まってしまったのだ。
「そなたは秘石を直しているそうだな。もう一度問うが、聖剣デュランダルを直してもらえるか?」
聖剣とその事情を把握した上で今一度申し出をされた。直人はしばし考えて答える。
「ええっと、どうでしょう。わかりません」
曖昧な返事をする直人に声を荒げたのは、王ではなく左翼側にいた聖職者のほうだった。
「やはり!秘石を直せるというのは虚言であったのだな!」
「え?いや……」
「王よ!この男は秘石を直せると民衆を騙し、金銭を巻き上げている詐欺師です!すぐに司法官に引き渡すべきです!」
司法官が何かは分からないが、裁きを下す所だとは容易に想像できる。言い方を改めようとしたら、モニカの方が先に反論した。
「お待ちください!大司教様!ナオトが秘石を直しているのは事実です!
「そんなもの!祈祷で直っていたのかも知れぬではないか!」
「いいえ!違います!直人が秘石の文字を理解し、計算や組み換えをした上で、私が魔術をかけて修復していました!」
直人の濡れ衣を晴らそうと必死に訴えたモニカだったが、彼女自身タブーを犯していた事を暴露してしまった。
「秘石に魔術をかけただと!おぬしは神の力に泥を塗ったのかぁ!」
「あっ……いっ、いえ」
「よさぬか、大司教!ここは尋問する場ではない。下がれ」
その場に緊張が走る。直人は軽い発言をしてしまった事を悔やんだ。下手な事を言えば自分だけではなく、モニカの立場も危うくなるのだ。王の側にいた者が何かを耳打ちし、ジュリアスはもう一度直人に話を振る。
「分からないと言ったが、それは直せないということか?」
「失礼しました。言い方を変えます。『直せない』と言っているのではなく、『確実に直せるとは保証できない』と言っているのです」
「どういうことだ?」
ジュリアスは真剣に直人の話を聞こうとしている。
「確認しますが、デュランダルと同じような聖剣は『この世界』に存在にしますか?」
「いいや、唯一無二の剣である」
「ならば、そのコードも『唯一』のものです。俺が直してきた
ですから、デュランダルのプログラムコードが俺に理解し、直せるかどうかは半々と言ったところです」
皆、直人の言葉の意味を正確には理解できていなかった。それはジュリアス王も同様である。だが、ジュリアスは直人の言葉を信じてみる事にした。
「それでもそなたは秘石を読み解ける。ならば、デュランダルの秘石を直してもらいたい!聖剣を取り戻してくれないか」
王は直人にデュランダルの秘石の修復を依頼したが、この下知に大司教マクティアノスは再び怒鳴り声を上げた。
「お待ちください!王よ!これ以上秘石を冒涜すれば、聖剣はその形すらも失ってしまうかも知れないのですぞ!」
「だが、そなたらの祈祷も何ら成果を出していない。眉唾物でも余はこの男に託してみたい」
大司教は怒りを押さえ込む。秘石の修復は聖職者達の特権であり、管轄であった。だが、この半年間その奇跡の技が全く機能せず、国民からは抗議され、その権威が揺らいできていた。そこに、秘石を直せるという人物が現れのだ。焦燥を隠せず、直人を嘘つきだと決めつけるのは当然の反発であった。
直人は聖剣デュランダルの秘石室に案内された。本当に古代文明の遺跡のような場所で、この秘石は王の権限でなければ開かないそうだ。自動で石板がスライドし地下に下りる。そこには長方形の部屋と真ん中に台が置かれていた。横たわるのは柄も装飾も鉛色になっている大剣だ。これがデュランダルなのだろう。
奥の壁には聖剣のプログラムコード。所々皹が入っているが、文字には一つも亀裂は入っていない。魔術師が修復したといっていたが、細部まできちんと直したのだろう。ざっと見渡したが、終わりの部分の破損がひどかった。
「どうだ?直せそうか」
はっきり言えば下りたかった。こんな博打みたいな仕事は受けるべきじゃない。だが、出来ないと言ったら、自分もモニカもただでは済まないだろう。直人はキリキリする胃を押さえて答えた。
「お引き受けしましょう」
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