第10話 感謝

 何も言われずに馬車に乗せられ、何処かへ向かう。途中で銀の筒をモニカに渡された。この世界の水筒であり、中にはハーブティーが入れてあった。


「私、ナオトに謝らなければならない事があります。

最初に秘石を直してもらう時に、『優先順位』を決めてくれと言われましたが、私……私情を優先してしまいました」


「どういう事だ?」


「マルク村は、私の故郷なんです。だから、あの村の防壁シールドを真っ先に直して欲しかったんです」


 予想はしていたし、そうだったとしてもモニカを責められる者がいるだろうか。廃村となった自分の故郷を取り戻せるのなら、他の何をおいてもそれを優先するだろう。


「村には、両親が住んでいました。二人は無事でしたが、隣の家に住んでいたサルナンの老夫婦は逃げ遅れて亡くなりました。小さい頃から可愛がってくれた人達で……倒壊した家の瓦礫に潰されてしまったそうです」


 モニカは涙を流す。悲しみを必死に抑えて話を続ける。


防壁シールドが戻らなければ、村に住み続けることはできない。みんな、帰る家を失って、悔しい思いをしていました。

私の両親は同じ職業をしている叔母夫婦の所に身を寄せましたが、伝を辿っても未だに住みかと職に溢れてしまう者もいたそうなんです……」


 馬車に揺られながら目的地に着いた。2週間ぶりに見た村の様子は変わっていた。破壊されもぬけの殻だった村に、今は人々の喧騒が聞こえてくる。瓦礫を運び出したり、柱を建て直したり、盛り上がった地形も埋めたりする人で忙しなかった。


「人が戻ってる……」


「はい!防壁シールドの復旧が確認できたので、みんな帰郷できました!国も復興に手を貸してくれて、壊れた建物も再建中です」


 モニカの声は明るく、賑わう村の姿に心踊らせていた。


「直人が防壁シールドを直してくれたから、みんなこの村に戻ってくる事ができました。まだ、元通りなるのには時間がかかりますが、それでもみんな帰れってこられた事に感謝しています」


 モニカは直人に振り向き、心から笑みを浮かべる。


「この村を取り戻してくれたのはナオトです!あなたのお陰で私の故郷は復興することができたんです!

あなたのした事は、本当に素晴らしい事なんですよ!」

「…………でも、そんなの、俺に知識があったからで、俺じゃなくだって……他の奴だって……」

「違います!私はナオトの側でずっと見てきました。あなたが頭を抱えながら、何度も試して、秘石を直していたところを!」

「……けど……」

「私は……!」


 モニカが直人の両腕を掴む。直人は俯いていた視線をモニカに移した。


「私はあなたに感謝しているんです!他の誰でもない『ナオト』に、感謝しているんですっ!」


 桃色の瞳が必死に訴えてくる。なんでそこまでして、自分に感謝しているのか、分からない。


「……ああ、……うん」


 モニカの真剣な感謝の言葉を受けても直人の返答は素っ気ないものだった。それは、直人が無感動な男だからじゃない。感謝される事に慣れていないのだ。称賛も感謝もされてこなかった直人は心からの『ありがとう』に戸惑っている。


『こんなの誰でもできる』

『お前の代わりなんていくらでもいる』


 そう俺を詰っていたのは誰だったっけ?ああ、俺を辞職に追い込んだクソ上司だ。




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